2026年11月8日日曜日

芸術の秋

朝、パスタスープ、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、紅茶。

妻と東京へ行く。妻のお習字の先生の作品が日展に出ている。私の分までチケットをくださったので、見に行くことにしたのだ。

常磐線で北千住まで出て、東京メトロ千代田線に乗り換え、乃木坂駅で下車。日展会場の国立新美術館は出口に直結している。まあまあの数の人がそちらに向かう。

入り口に行列ができていたので、ちょっとたじろぐが、それは企画展の客だった。先日、テレビの美術番組でやっていた、ダ・ビンチの絵がポスターになっていたな。

おっ、少女漫画の特別展もやってる。萩尾望都、山岸涼子、大和和紀というラインナップ。萩尾望都、山岸涼子は、けっこう読んだよ。

日展を観るのは初めて。小津安二郎の『晩春』だったか、原節子が日展を観に行くシーンがあったのを思い出す。

まずは先生の書とご対面。書、絵画のコーナーを見て回る。素人目でもすごいなあと思う作品が、それこそ山のように展示されている。その、膨大な数に圧倒されたよ。世の中には上手い人がゴマンといるんだな。

そろそろお昼。乃木坂を後にする。

再び東京メトロ千代田線に乗り、湯島で下りる。天神下から湯島天神。まずは天神様にお参りして、次男の大学受験の時の合格祈願のお札をお返しする。ずいぶん遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。

湯島天神は、七五三の親子連れで賑わっておりました。

そろそろお昼にしよう。妻の提案で、天神前の「茶房松緒」に決める。30分待って入店。数量限定の昼膳。1300円ちょっと。


御飯、吸い物、お造り、茶碗蒸し、揚げ物、オクラ、ひじきと体によさそうなものが並ぶ。

主菜は揚げ物。チーズかつ。それに鴨のロースト、卵焼きが添えてある。


店内はご婦人方が多かったな。アフタヌーンティー膳が売りみたい。飲みの人も多かった。旨かったよ。

古本屋をひやかして、そろそろ帰りましょう。湯島から我孫子行に乗る。千代田線の常磐線乗り入れの電車。北千住以降は常磐線各駅停車となる。綾瀬、亀有、金町は、この電車に乗らないと止まらない。日曜の午後、「東京のこっち側」の風景を見ながら、電車に揺られる。いいねえ。

我孫子駅のホームには、かの山下清画伯ゆかりの立ち食い蕎麦屋があった。


若き日の山下清は、この前身の弁当屋で5年間、働いたという。


名物は唐揚げ蕎麦、490円。食べたかったが、昼も食ったし、おやつの大福もあったので、断念。いつか途中下車して食べよう。

16時頃、帰宅。息子たちと大福を食べる。

常会のゴミ集積場の掃除。当番だったのを忘れていた。

妻と夕方ビール。

夕食は塩出汁鍋で燗酒。食後にティーチャーズ。

充実したお休みでした。

2026年11月7日土曜日

今日の日記

朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、スクランブルエッグ、納豆、海苔。

妻は仕事。

私は、朝イチでO医院。血圧の薬を出してもらう。動物病院に回って、豆ちゃんの蚤の薬を買ってくる。

よく晴れて、いい天気。布団を干すつもりだったが、天気予報で風が強くなるというので断念していた。朝のうちはそれほどでもなかったが、予報通り、次第に風が強くなる。

マーラー『大地の歌』を聴きながら、CDをSDカードに書き込む。『林家正蔵昭和日記』、1959年8月を読む。

昼は次男が作ったスパゲティー・ボロネーゼ。旨し。

散歩でも、と思ったが、風が強いのでやめる。ルイ・アームストロングのカセットテープを聴きながら、CDをSDカードにせっせと書き込む。

妻と夕方ビール。

夕食はホットプレートでたこ焼き。中身はタコ、ウィンナーソーセージ、チーズの3種。焼きながら燗酒を飲む。ついつい飲んじゃうし、ついつい食べちゃう。旨し。お腹いっぱい。

寝しなにティーチャーズ。


アメリカの中間選挙は、共和党の惨敗に終わった。アメリカ国民はトランプに「NO」を突き付けたということか。そもそも2年前に彼を選ばなければよかったのに。振り子は振れるものだな。

 

2026年11月5日木曜日

『名人 志ん生、そして志ん朝』

小林信彦『名人 志ん生、そして志ん朝』読了。2003年1月、朝日出版社から刊行された。私が持っているのは、その初版本である。

小林は戦前の東京日本橋生まれ。生家は和菓子屋。隣町には人形町末廣があり、まさに落語の世界の中で育った。うらやましい生い立ち。

2001年10月1日、古今亭志ん朝が亡くなった。その死に衝撃を受けた作家が、思いの丈を書き綴ったのが、この本だ。東京落語に対する、志ん生・志ん朝の二代にわたる名人への、筆者の思いがほとばしっている。

ただ、その思いがいささか断定的に普遍化される。

小林にとって、「〈東京の落語〉とは、江戸弁を駆使して一つの世界を創り出すもの」。だから、江戸弁を母語にしない演者の落語に厳しい。

 ぼくの大学時代には、学生の落語研究会、いわゆるオチケンなどというものはなかった。

 地方から出てきた学生が、オチケンに入ると、まず、方言、訛りを抜かなければならない。その上で、東京言葉とはいわないまでも、標準語を習得する。落語のどこがすばらしいのか、よくわからないから、理屈を考える。

 すべてが無理なのである。その挙句、談志が言ったといわれる〈落語は人間の業を描くもの〉というテーゼにしがみつく。

 こんな一節を読むと、茨城県出身の落研OBで、60過ぎてまだ落語をやっている私は、深く傷つく。特に「落語のどこがすばらしいのか、よくわからない」というところが痛い。そりゃあ、東京下町で生まれ育った人たちと私とでは、落語を喋るバックボーンが決定的に違う。それでも、落語が好きなのだ。それを「落語のどこがすばらしいのか、よくわからない」と言われてしまうと、立つ瀬がないではないか。

立川談志にはもっと手厳しいぞ。

 志ん朝さんの不幸は、なんたって、ライヴァルがいないことである。ライヴァルがいないのは、芸の世界では、どうも良くない。良くないけれども、これは仕方がないですな。〈志ん生になったつもり〉の自称天才はいるとしても、実質がともなわない。

名前を出さないだけ、「歯牙にもかけない」感がいや増す。談志が読んで激怒したというが、無理もない。こういうの、書かない方が粋だと思うけど、書かずにはいられなかったんだろうな。

小林は、志ん朝の「これからはおかしい噺、ギャグの多い噺に力を入れてゆきたい」という言葉を高く評価している。大向こうをうならせる人情噺より、笑いに軸足を置く姿勢を重んじるということは、大衆の芸である落語の本質を理解しているということでもある。「笑い」に注視する小林もまた、落語に対する嗅覚は確かなのだと思う。

歯切れのいい語り口。断定的なもの言いは小気味いいとも言える。何より、私の大好きな古今亭志ん朝を、ここまで好きでいてくれた人がいることが、正直、うれしかったよ。

代表作の「オヨヨ」シリーズは読んだことないけど、漱石『坊ちゃん』のアナーザーサイドストーリー『うらなり』は面白く読んだ。物置に『天才伝説 横山やすし』があったな。あれも読んでみよう。

東京っ子であることに誇りを持った、ちょっと偏屈で頑固な爺さん。どこか可愛らしくもある。東京日本橋の商家に生まれ、あの昭和30年代の落語黄金時代を体験した。そんな生き方を、私もしてみたかった。詮無いことだけどね。

享年93歳。大往生と言っていい。ご冥福を祈りたい。



2026年11月3日火曜日

文化の日、散歩の日

朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、納豆、海苔。

細々したことをやり、コーヒーを淹れて、『ブラッサム』を観ながら飲む。

妻は仕事。私は、マーラーの第五を聴きながら、『林家正蔵昭和日記』を読む。1959年の7月まで読み終わる。

せっかく天気がいいので、散歩に出る。折しも市の文化祭が行われており、生涯学習センターに妻の書が展示してあるという。その展示が今日までと聞き、では散歩がてら見に行こうと思ったのだ。

天気もいい祝日で、最終日ということもあり、まあまあの人が来ていた。子どもの作品が展示されているのを見に来た家族連れ、老人クラブの老人たちで賑やかだったね。妻の書も結構なものでした。

それから、霞ケ浦の堤防を歩く。雲は多いが、日が差して暖かい。コスモスはもう終わりかな。咲き残りがあり、それが秋の終わりを感じさせる。

昨日雨が降ったせいかな、空気が澄んで、筑波山がよく見える。釣り人が結構出ていたな。



やっぱり、霞ケ浦を見ながらの散歩はいいなあ。鴨がたくさん泳いでいた。

こちらは田圃にいたアオサギ。

ちょっと遠回りしたら、帰るのがお昼ちょうどになってしまった。万歩計では10000歩余り。まあまあ歩けたかな。

昼食は、次男が作ったチャーハン。チャーハンの素が足りなかったので、鶏がらスープの素を足したという。本人は不満そうだったが、私も長男も美味しくいただいたよ。

物置から谷口ジローの『ふらり。』を持ってきて読む。伊能忠敬が全国測量の旅に出る前、江戸を歩き回るお話。途中、忠敬がトンビやら亀、猫、蟻やらの目を借りて、さ迷い歩く様が面白い。妻とのやりとり、小林一茶との出会いなどの細やかな描写もいい。谷口ジローらしい静かな物語。ただ、少しだけ、人物の絵(特に忠敬)で、バランスが変に見えるコマがある。圧倒的な画力を持つ人だけに、ちょっと違和感があった。

私が持っているのが、2011年4月に出た初版本。谷口ジローは2017年2月11日、69歳で亡くなった。

夕食は、御飯、シーフードシチュー、サラダ。クリームシチュー、好き。

村上龍の訃報が載った同じ日の新聞に、小林信彦の訃報も載っていた。

物置で小林の『名人 志ん生そして志ん朝』を見つけたので、読み始めた。発売当時、ずいぶん物議を醸した本だ。読み終わったら、感想を書いてみたい。


この頃、うちの庭に野良猫がやって来る。避妊手術を施されたらしく、耳に刻み目が入っている。いわゆる「地域猫」である。

もはや、我が家のようにくつろいでいる。

こいつがやって来ると、うちの豆ちゃんがパニックを起こす。そして、その後、縄張り意識に目覚めるのか、家の中でマーキングをしてしまう。妻は怒る。私は困る。豆ちゃん、慣れてくれ。

 

2026年11月1日日曜日

S君と昼飲み会

朝、パン、パスタスープ、チキンナゲット、スクランブルエッグ、紅茶。

細々したことをやり、コーヒーを淹れて、NHK『自然百景』『小さな旅』を観ながら飲む。じいさんが好きな番組だな、と自覚する。

妻はカスミに買い物に行く。村上龍『トパーズ』を読みながら、ジョージ・ウィンストン『オータム』を聴く。

11時にS君が迎えに来る。今日はS君と昼飲み会なのだ。

カスミで買い物をして、S君の家に行く。天気もいいし、外で焚火をしながら、芋煮で飲もう、という話になった。

S君が鍋を用意し、私が火をおこす。ビールを飲みながら、鍋が煮えるのを待つ。

昔は、よく二人でキャンプをして、鍋をつつきながら酒を酌み交わしたものだ。あの頃の感覚が蘇る。懐かしい。


味付けは醤油と酒。これが酒によく合うんだよな。酒は山形の地酒、出羽桜特別純米と、S君が遠野で買ってきたどぶろく。

そりゃあ、旨いに決まっていますな。シメの雑炊まで、しっかり食べた。

爽やかな秋晴れ。外で飲むのは気持ちいい。空を見ながら色んなことを話す。


S君とは中学高校の同級生。卒業後も、ずっとつるんで遊んでいた。60過ぎても一緒に酒を飲んでいる。いい酒が飲めたよ。

S君の家も、猫の通り道らしい。

16時、妻に迎えに来てもらって帰る。

夕食はおでんで燗酒。二日目のおでん。味が染みて旨い。


『トパーズ』読了。体を売る女たちの話。彼女たちよりも、男たちの方が歪みがひどい。醜悪ですらある。村上龍はそれを描きたかったのだろう。すべてを商品に変える資本主義、市場原理主義の社会を、したたかに泳ぎ切れ。バブル時代の村上からは、そんなメッセージを感じる。私としては、そんな社会そのものに付き合いきれないのだが。