松風亭日乗

取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。

2008年12月27日土曜日

川端康成「浅草紅団」

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寒い。強風が吹きすさぶ。終日、川端康成の「浅草紅団」を読む。 時は、関東大震災からの復興の槌音高き昭和初期。 聖と俗、繁栄と貧困、全てないまぜとなった混沌の街浅草。 浮浪者といかがわしい商売を営む男女があふれる街浅草。 小説家である「私」が、土地の不良少女らとともにその浅草を縦横...
2008年12月25日木曜日

川柳川柳の伝説

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「すいません、酔っ払ってます。」  その日、高座に上がった川柳川柳は、開口一番こう言った。2001年のゴールデンウィーク、浅草演芸場夜の部、客席は立ち見が出ていた。  川柳という人には無頼の匂いがある。とりわけ彼の酒の上での失敗は数限りなくあり、師匠六代目圓生のマンションの玄関に...
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2008年12月23日火曜日

しみじみと十代目金原亭馬生

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 馬生の「うどんや」のテープを持っている。私が高校生の頃に録音したものだから、もう30年も前の音である。 私はこのテープを何度も繰り返し大事に大事に聴いた。  好きなんだなあ、この馬生。  様々な客に翻弄される気弱なうどんや。何度も何度も同じ話を繰り返す酔っ払い。ひそやかな馬生の...
2008年12月22日月曜日

七代目橘家円蔵師匠のこと

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 色川武大言うところの、「オールドタイマー」に入る人であろう。一般のファンにも、仲間内にも、それほど高い評価を得てはいなかったと思う。  声が小さく聞き取りにくい高座であった。技術的にも格段に優れているようにも感じられなかった。それでも、何だか妙なおかし味があった。軽み、人なつっ...
2008年12月20日土曜日

八代目桂文楽 生い立ち

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明治25年(1892年)11月3日、父親の赴任先である青森県五所川原町に生まれる。 本名並河益義。並河家はもともとは常陸宍戸藩松平家の家臣。士族の家柄である。 父・益功、母・いくの次男。七人兄弟の上から5番目。 父の益功は徳川慶喜の御典医小原家から養子にきた。今業平と言われたほど...
2008年12月14日日曜日

土浦を歩く

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日中、冷たい雨。 久々に土浦の町を歩く。 かつての県南第一の街も、他の地方都市と同じように、今や往時の面影はない。 ただ、古い建物があちこちに残っており、そのたたずまいが好きで、時間があると散策に来る。 昼は「小櫻」。何年も前から高い評価を得ているラーメン屋。 場所が分かりにくい...
2008年12月9日火曜日

「明烏」

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午後から冷たい雨。 夕食はナシゴレン。 もうひとつ思い出話を。 この文楽の代名詞ともいえる噺を初めて聴いたのは、中学3年の時だった。 NHKだったかTBSだったか、ある時テレビで放映されたのだ。 私はラジカセで録音の準備をして放送を待った。 映像は昭和46年3月のもの。文楽の最晩...
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またの名を三代目松風亭風柳。ただの酒好きのおっさんです。
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