松風亭日乗
取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。
2009年11月29日日曜日
穏やかな週末
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昨日は妻子を連れ、麻生温泉へ。 ゆっくり温まる。 小春日和。 霞ヶ浦に帆引き船が浮かぶ。絶景。 湯上がりのサイダーが旨い。 今日は妻子とつくばに出かける。 すっかりクリスマスの装い。 西武で古本市をやっている。 『藝談』(東京新聞社・昭和25年刊)、『野球の好きな少年少女へ、ぼく...
2009年11月20日金曜日
寒い日
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昨日は平日の休み。 下の子がインフルエンザ。昨夜まで高熱でしくしく泣いていたのに、タミフル飲んだらもう元気になった。上の子は弟のおかげで出校停止。 1日、子どもと遊ぶ。将棋を3回もやっちゃった。 冷たい雨。 夕食はビザ、ナポリタン、パン、サラダでボジョレーヌーボー。 子どもを寝か...
2009年11月16日月曜日
田山花袋『田舎教師』
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このところ昔読んだ本を読み返している。これもその一つ。 高校生の頃読んだときはつまんなかったなあ。でも、今読んでみると面白いのよ。 青雲の志を抱くものの、家の貧困のため、やむなく小学校の教員になった青年、林清三。 友人は東京の学校に進み、学問に恋愛に青春を謳歌している。それを羨望...
2009年11月12日木曜日
桂文楽 落語研究会
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昭和3年3月11日、第2次落語研究会の第1回が開催された。 ここに文楽は十八番の『明烏』で出演している。 トリは蝶花楼馬楽(四代目小さん)で『長屋の花見』。その他に、五代目三遊亭圓生『二番煎じ』、八代目桂文治『星野屋』、春風亭柳橋『子別れ』と錚々たるメンバーが、それぞれの得意ネタ...
2009年11月8日日曜日
桂文楽 文楽と志ん生②
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志ん生がどん底を味わったのは、ずぼらだったというだけではなかった。 彼は自分のやりたいようにやった。 浅い出番でも平気で大ネタをかけた。 四代目橘家圓喬に憧れ、きちっとした芸風だった。痩せて髪が薄く、多少反っ歯の気味がある。「死に神」とあだ名されるような陰気な顔立ちだった。後のふ...
2009年11月3日火曜日
桂文楽 昭和初期の東京落語界
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大正から昭和にかけての落語界は、様々な団体が生まれ離合集散を繰り返していた。 やがて、月給制をとった寄席演芸会社をルーツとする東京落語協会と、月給制に反抗し歩合制をとった落語睦会にほぼ二分されるが、さらに大正15年、東京落語協会から柳家三語楼の一門が離脱、落語協会(通称三語楼協会...
2009年11月1日日曜日
圓楽死す
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三遊亭圓楽が亡くなった。 文楽・志ん生に圓生を加え昭和の名人とするなら、平成の名人は志ん朝・談志に小三治を加えた3人であろう。 そして、落語の大衆化に大きく貢献した者として、昭和の三代目金馬に匹敵するのが、この圓楽であると私は思う。 そういえば、二人とも声がいい、男っぽい、博識で...
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