松風亭日乗
取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。
2010年6月27日日曜日
川崎市・南武線尻手駅
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大学へ行くには、南武線を利用していた。 最寄り駅は尻手。アパートから徒歩で10分ほどだった。 ホームが高い所にあり、眺めがいいので、好きな場所だった。 天気がいいと富士山が見えた。 写真はホームから見える、風呂屋の煙突。尻に手と書く名前の風呂屋というのも、なかなかスリリングでいい...
2010年6月26日土曜日
川崎駅西口付近
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大学時代、川崎に住んでいた。 川崎駅の西口から20分ほど歩いた所にある、当時でも古い木造の四畳半のアパートだった。 路地を一本隔てた、やはり古いアパートに、知る人ぞ知るフォークシンガーの友川かずきが住んでいて、これが密かな自慢だった。 東口の方は繁華街だが、西口は東芝の工場があっ...
2010年6月22日火曜日
休日
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休み。妻とデート。つくばの西武へ行く。 古本市で『写真で見る浅草芸能伝』、リブロで『十代目金原亭馬生』を購入。 昼食は、エルベ。土浦に本店があるドイツ料理の店。肉料理のランチ。スパイシーチキン。 午後はQ‘tの方へ行く。ビル・エバンスのCDを買う。ミスドでドーナツとアイスコーヒー...
2010年6月21日月曜日
梅雨空
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梅雨空。 庭の紫陽花が色づいてきた。 うちのは見事に青く染まる。 土が酸性なんだと、以前言われたことがあった。
2010年6月19日土曜日
桂文楽と安藤鶴夫
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戦後の文楽を語る上で、安藤鶴夫の存在を無視するわけにはいかないだろう。 安藤は明治41年、義太夫語りの竹本都太夫の子として生まれた。文楽の16歳下である。 法政大学在学時代から文学を志していたが、30歳の時、都新聞で文楽評や落語評を始め、翌年には都新聞に入社した。(昭和17年に都...
2010年6月14日月曜日
落語協会分裂騒動とは何だったか⑦
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真打ち問題はもう暫く迷走が続く。 落語協会は、真打ち試験を導入。大量真打ちへの批判をかわそうとしたが、話芸の巧拙に明確な基準など設けられるはずもない。「下手でも面白い、だから、売れる」というタイプの落語家もいる。結局、昇進の根拠は曖昧なまま。試験に落ちた者は、納得などできるもので...
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2010年5月31日月曜日
落語協会分裂騒動とは何だったか⑥
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こうして、三遊亭圓生一門は東京の寄席を締め出され、ジプシー集団となった。 圓生は弟子たちを養うため、全国を飛び回る。その超過密スケジュールは、78歳の圓生の体を徐々に蝕んでゆく。 昭和54年9月3日、六代目三遊亭圓生は、千葉県習志野で「桜鯛」を口演した後、突然倒れ、そのまま帰らぬ...
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