松風亭日乗
取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。
2010年7月28日水曜日
土用の丑の日
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この間、土用の丑の日、家族で鰻を食べました。 鰻屋の二階で、中串が焼けるのを待ちながら、お新香をつまみに酒を飲み、最後はうな茶で締めるといった小洒落た食い方は、茨城の田舎者(私のことです)はやりません。 霞ヶ浦名産の、佃煮だのわかさぎの煮干しだのを売っている店で、鰻の白焼きを買っ...
2010年7月25日日曜日
ご先祖様
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ご先祖様の掛け軸の修繕が出来上がったというので、見せてもらう。 虫食いの後は分かるものの、きれいに仕上がった。 「良く描けた絵ですよ」と言われたという。 私もそう思う。 これが私の家の始祖となった女傑の像である。
2010年7月18日日曜日
鈴本7月中席昼の部
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さて、鈴本7月中席昼の部の話だ。 入ったのは1時頃。平日の昼にしては、そこそこの入り。 後ろの方に座ると、林家彦いちが出てきて「権助魚」を始める。新作派のイメージがあるが、噺の骨格がしっかりしてきたように思う。 お次は古今亭志ん輔。志ん朝門下の中では華がある。ネタは「ガマの油」。...
2010年7月17日土曜日
日暮里を歩く
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先日、平日に休みをもらえた。 妻が「たまには寄席にでも行っておいでよ」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにする。 10時40分、日暮里駅で下車。ここのところ谷中を歩くことが多いが、気分を変えて日暮里側へ出る。 駅前の太田道灌像を暫し鑑賞し、ぶらぶらと歩き始めた。 特にあてはな...
2010年7月7日水曜日
終戦後の桂文楽
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昭和20年8月15日、戦争は終わった。 当時の落語協会で、文楽より上にいた落語家は、四代目柳家小さんと八代目桂文治の 2人だけだった。 一世を風靡した柳家三語楼も、名人と誉れ高い五代目三遊亭圓生も既に亡かった。 三語楼は、向かいに住んでいた志ん生の次男に「強次」という名前を付け、...
2010年6月27日日曜日
川崎市・南武線尻手駅
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大学へ行くには、南武線を利用していた。 最寄り駅は尻手。アパートから徒歩で10分ほどだった。 ホームが高い所にあり、眺めがいいので、好きな場所だった。 天気がいいと富士山が見えた。 写真はホームから見える、風呂屋の煙突。尻に手と書く名前の風呂屋というのも、なかなかスリリングでいい...
2010年6月26日土曜日
川崎駅西口付近
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大学時代、川崎に住んでいた。 川崎駅の西口から20分ほど歩いた所にある、当時でも古い木造の四畳半のアパートだった。 路地を一本隔てた、やはり古いアパートに、知る人ぞ知るフォークシンガーの友川かずきが住んでいて、これが密かな自慢だった。 東口の方は繁華街だが、西口は東芝の工場があっ...
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