松風亭日乗

取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。

2011年4月30日土曜日

田植えをした

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いい天気。今日は田植え。 ここの数年仕事が重なって、久し振りの田圃になってしまった。 70半ばの両親には申し訳ない。 ただ、これをやっていると、おれは農民なのだなあと実感する。心地よい疲れだ。 子どもたちも手伝いに来たが、蛭がいたので、すぐに田圃から出た。 次男はすぐに飽きてしま...
2011年4月26日火曜日

桂文楽の死

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志ん生との会談の2日後、11月2日、文楽は検査のため駿河台の日大付属病院に入院した。少量の吐血を見たのがきっかけだった。その後、病状も落ち着き、12月18日には退院することになっていた。 さらに12月10日、主治医の西野入は文楽から「ドックに入って健康診断を受けたいんですけど、ど...
2011年4月24日日曜日

誕生日には花を買って

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先日は妻の誕生日だった。 仕事の帰りに、花とケーキを買う。 夕食は家族で焼き肉。長男が張り切って肉を焼く。 いつもはあまり肉を食べない次男もたくさん食べた。 食事の後は長男がピアノを聴かせてくれる。 週末は土浦イオンに行き、妻の誕生日プレゼントを買う。 夕食は、カスミで買ったピザ...
2011年4月9日土曜日

文楽、志ん生、最後の会談

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昭和46年10月31日、日曜日。文楽は日暮里の志ん生宅を訪れる。これが、文楽、志ん生、最後の会談となった。 これは出口一雄が「黒門町が元気がないんだ。半身不随でも元気な古今亭と会わせたら、気も晴れるんじゃないか。」と提案して実現したものだ。あの落語研究会の『大仏餅』以後の文楽を、...
2011年4月8日金曜日

サクラ、サク

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職場で配られた「災害の後の心理的反応」という内容のプリントを読んだら、前回書いたのとまるっきり同じだった。 ああいう心理状態は、ごくごく自然な反応だったんだなあ。ちょっと救われた。 虚無的になっちゃいけないとか言って、自分の心を封じ込めちゃ駄目なんだ。今の自分の正直な気持ちを受け...
2011年4月4日月曜日

五里ん君、電話ありがとう

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昨日、落研の後輩、五里ん君から電話が来た。「無事ですか?」とのこと。茨城や福島のOBの安否を気遣って方々電話をかけているらしい。やさしいなあ。私が芸名を付けた乱頭君は、福島の三春に住んでいるらしい。きっと原発問題は私の方より切実だよな。 生活は平常に戻りつつある。だけど、もう私た...
2011年3月31日木曜日

桂文楽 最後の高座2

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柳家小満んの『べけんや―わが師、桂文楽』は、著者の師匠に対する深い敬慕の念が感じられる好著だが、それによると、晩年の文楽は肝機能が相当に悪化していたらしい。自宅での稽古でも噺が止まってしまい、弟子に台詞をつけてもらうほどだった。不本意な高座も何度かあり、「三代目になる日」が近づき...
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またの名を三代目松風亭風柳。ただの酒好きのおっさんです。
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