松風亭日乗
取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。
2014年2月28日金曜日
浅草演芸ホール 2月下席昼の部
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中に入ると、入船亭扇里が『持参金』を演っていた。あんまり、後味のいい噺じゃないけどね。「どこの誰だか分からない子どもより、番頭さんの子ならいいか」ってのが、救いかな。 お次は柳家さん八『替り目』。この人は漫談の印象が強い。落語の方は、柳家らしい、手堅くきっちりした演じ方。決...
2014年2月24日月曜日
浅草散歩③
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浅草寺にお参りした後は六区の辺りをぶらつく。 この界隈をぶらぶら歩くのが、私は好き。 浅草芸人の聖地といってもいい店、「捕鯨船」。 俥屋さんもけっこういた。 国際通りの「三平ストア」。見事に昭和な店名ですな。 路地にはいっ...
2014年2月23日日曜日
浅草を歩く②
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前回の続き。 言問橋を渡る。 花川戸を歩く。 吾妻橋のたもとに戻る。 松屋デパートに神谷バー。 そして、雷門から仲見世。浅草寺にお参り。 浅草寺の境内は善男善女でいっぱいでした。
2014年2月21日金曜日
浅草を歩く①
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先日、子ども会の行事があって、妻が「東京にでも行って来たら」と言ってくれたので、ありがたくお出掛けすることにする。 前日、東京は記録的大雪に見舞われていた。 浅草演芸ホールの昼席を観る予定を立て、浅草に向かう。 雪の浅草といえば、学生の頃、弥っ太君と散歩したことを思い出す...
2014年2月20日木曜日
2003年 「奥多摩貧困行」を旅する⑤
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というわけで、「ぎん鈴」に投宿。部屋を見るなり、T君は「伝助君、でかした。」と言った。 素敵な部屋だったわけではない。味わいの深い部屋だったのだ。 私たちは離れに案内されたのだが、それは高級旅館のそれではなかった。古びた木造の部屋。くすんだ壁。網戸はないが、冷房は完備して...
2014年2月19日水曜日
2003年 「奥多摩貧困行」を旅する④
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少し坂を上った所に、廃校になった小学校の分校があった。小さな木造の二階建てで、ベニヤ板に児童が画いたと思われる鳥の絵がいくつもあった。 以前奥飛騨で、やはりT君と廃校になった学校を見た。こちらは炭鉱が閉山になって町が丸ごと廃墟になっている所で、荒れるがままになっていた。 ...
2014年2月18日火曜日
2003年 「奥多摩貧困行」を旅する③
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土方の墓所を出ると、もう昼時だった。 旅の昼飯はラーメンと決めている。下手な名物料理だったら、地元の人の日常食の方がよっぽど旨い。 街道沿いの「まるしん」という店に入る。入った途端、激しい雨が降り出した。台風の影響か、テレビの高校野球の試合も中断されていた。 ここでは...
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