2020年12月3日木曜日

『芝浜』雑談

早いもので、今年ももう師走ですか。

師走というと、落語の方では掛け取りの噺がよくかかったもので。三遊亭圓生の『掛け取り萬歳』、柳家小さんの『睨み返し』『言い訳座頭』『穴どろ』なんてところがございます。

当節では『芝浜』でしょうか。立川談志がよみうりホールの独演会でかけた『芝浜』が、伝説の高座となっているのは有名な話です。(ただ、これは談志自身とそのファンによって、やたら神格化されてしまったような気がしますが)

私の世代では、談志だけではなく、古今亭志ん朝、柳家小三治の名演も耳に残っておりますし、先代の三遊亭圓楽も得意にしておりました。

昨今では、鈴本で『芝浜』を演者を変えて10日間演じさせてみたり、新宿末広亭では、「むかし家今松の『芝浜』を聴く会」なども企画されていたようです。

ま、よくできた噺だし、夫婦の情愛という普遍的なテーマを扱っているし、季節ものでもあり、この時期、人気の演目になるのも当然だと思います。

ところで、この噺の前半の見せ場に、主人公の魚屋が浜で煙草を吸いながら夜明けの海を見る場面があります。これは、この噺を売り物にした三代目桂三木助がこしらえたものだと思います。

ほとんどの落語家が、この三木助の型をベースにしているのに対し、古今亭志ん朝は、この場面をばっさりカットしています。志ん朝だけでなく、父志ん生も、兄金原亭馬生もこの場面はやっていない。ここをやらないのが、古今亭の型と言ってもよいでしょう。

この、「古今亭の型」は合理的です。この後、魚屋は金の入った革財布を拾い、その顛末を女房に話すことなるので、この場面があると重複してくどくなってしまう。また、さらにそれを夢にすることを考慮すると、あまり財布を拾う場面がリアルになってもいけない。あの場面は三木助と安藤鶴夫の文芸趣味によって作られたもので、鼻につく。カットするのが、むしろ本寸法なのではないか、という意見もあります。

京須偕充は『志ん朝の落語5 浮きつ沈みつ』中『芝浜』の解説で、こんなふうに述べています。

「ここで、どう絵画的レトリックを駆使しても、あるいは拾得の仕方を克明に演じても、しょせんは主人公の独白のみだ。やりとりでドラマを築く落語本来の醍醐味とは別種で、実は難易度の高い場面ではない。ここがリアルになると主人公が女房に言い負かされ、夢を信じるのがいっそう不自然になるという副作用も生じる。古今亭の思い切った省略は過度のフィクション性を防いでいるといえよう。」

まったくその通り。見事な論理です。

でも、私が『芝浜』をやるとしたら(実際やっていますが)、この場面、やりますね。もともと『芝浜』は穴の多い噺で、知り合いの魚屋さんに聞くと「正直違和感がある」と言います。そのいわゆる「過度なフィクション性」を夫婦の情愛一本でねじふせていくところに、この噺の醍醐味があるのではないでしょうか。

お客がこの場面を欲していて、演者がこの場面を演じたいと思うのなら、やるべきだと思う。私はその場面を演じたいと思います。

もちろん、そこをカットするというのも、演者としてのメッセージになる。それはそれで素晴らしいと思います。

要は演者の料簡です。私はどちらも否定しません。お客に「いい噺だったな」と思ってもらえれば、それでいいと思います。

結論としては、甚だ凡庸なものになってしまいましたな。お粗末様でした。


家のベランダからの朝焼け。
安藤鶴夫『三木助歳時記』には、三木助が妻の仲子と夜明けを見る場面がありました。


12 件のコメント:

  1. こんばんは~。

    誰の芝浜がベストか、、、選べと言われたら難しいところですね~。
    自分の性格なのか芝浜だけは何故か嫌な部分が見つかるとそこだけ強調されて耳に入ってきちゃうんです。

    談志のは後年は特に嫌いでした。本多劇場あたりでやってそうな臭い臭い演出が。
    (火ぃつける仕草と一服目呑む仕草は最高にかっこいいのですが。)
    雲助さんのは薄暗くて人殺しでも起きそうな雰囲気だし、小三治のは骨だらけみたいな甘味のない芝浜だし、
    志ん生さんのは「酒ちゃん♪」って言うところが嫌だし、志ん朝さんのはうまいんだけどいかにも志ん朝節という感じだし、可楽さんのはあっという間だし、、、俺芝浜聞く資格ないのかもしれませんね 笑
    学生時代に確かCSあたりでやった志らくの芝浜は好きでした。ギャグもあまり入らず、癖のある演出もなく。

    今松さんの芝浜聞いてみたいです。今松さんなら自分の中の正解が見つかるかもしれません。
    三代目柳好さんの芝浜の音があるんだそうですね。聞いてみたいです。

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  2. 『芝浜』は好みが分かれますねえ。それだけ個人の感情に迫る噺なんでしょうね。
    晩年の談志の『芝浜』は、私も駄目でした。20代の頃に聴いた昭和の談志は感動したんですが。やっぱり談志は「青春の芸」なんでしょうか。そうそう、手のひらで火玉転がして煙草を吸いつける仕草は、談志ならではのものでしたね。
    私は、志らくのも今松のも聴いていません。今松のは聴いてみたいです。YouTubeとかのぞいてみようかなあ。
    柳好の音もあるんですか。全編謡い調子の『芝浜』も想像つきません。どんなんなんでしょうかねえ。



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  3. 落語を聴きはじめて10年と満たない私ですが、最初に聴いた「芝浜」はたしか志ん朝さんのだったと思います。著名な噺ですが、飛び切り感動したわけでもなく、さげも聴きようではちょっと気障っぽくも思えたのですが、おかみさんがだましていた事を詫びた後、「お手を上げなすって…」のセリフの江戸っ子のシャイさがたまらなく素敵だなぁと。浜の場面は三木助さんの音源で語り口と相まって微妙な雑音(古い故?)がかえってモノクロの情景を連想させて、これも素敵だなぁと。現時点であまりウェットなのは苦手ですが、ただ、これから先聴き続けているうちに好みも変わっていくんだろうと思います。落語は懐が深いです。
    さて、今年の締めに鈴本で馬石さんの「掛け取り」でも聴いてこようかな。

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  4. そうですね。年を取っていくと、また落語の好みも違ってきますね。
    私は『やかん』とか『うそつき弥次郎』とか『長短』なんてところが好きになってきました。
    『掛け取り』、いいですねえ。高校生だった頃の私は三遊亭圓生にしびれました。
    馬石は萬歳までやるんですか? 狂歌の所だけでも私は好きですね。
    暮れの噺では『尻餅』も実は好きです。
    落語は、本当に季節ごとにいい噺がありますね。 

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  5. 馬石さんの『掛け取り』はまだ聴いたことないのでどういう展開かが
    楽しみでもあります。落語はゆるゆると長く付き合っていける楽しみがありますね。

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  6. 落語はゆるゆる付き合うのがいちばんです。

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  7. エンターテイメントだと思って観ているので、リアリティとか理屈ごちゃごちゃはともかく、落語も作品は芸術として感動させてなんぼだと思う。ピカソの絵が、長新太の絵本が、ああいう不条理なものであるのに認知されているのは、ちゃんと感動させられるものだから。描いた絵がきれいならそれでいいと思うなあ。落語初心者の意見でした。

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  8. 私もそう思います。
    でも私は理屈っぽい所もあるので、理論武装もしてみたくなるんですよね。
    まだまだ青臭いですね。

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  9. ともちゃん2020年12月11日 5:46

    主人が日本酒が大好きで、いろいろ買ってきては、やれ精米具合だの日本酒度だの酒造にまつわるよもやま話だの語りながら飲んでいます。難しいことは私はわからなくて、何べん聞いても覚えられないのですが、主人の蘊蓄を肴に飲む日本酒はとても美味しいです。
    何かについてオタクになれるっていうのはほんとに素敵なことで、自分が夢中になっていることを語っている人は魅力的ですよね。dennsukeさんのように、大量の落語の知識があるうえで観賞もするし演じもする人って最高に気持ちのいい世界にいるんだろうなあ。
    「理屈ごちゃごちゃ」とか失礼な物言いしてしまったけど『芝浜』の表現あれこれの話とても面白かったです。私も断然「たばこのシーン見たい派」です。

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  10. 上野・鈴本12月中席夜の部にて14日主任馬石「掛け取り」良かったですよ。客席は一人ずつ間隔を空けての状態ですが「落語を楽しみたい」というお客さんがしっかり来てました。「今日は萬歳までやります」とマクラでふって芸達者なところをみせていただきました。ソフトな語り口と伝法な江戸っ子のメリハリもいいですねぇ。何気に春風亭百栄さんが一番うけをとっていた今席かもしれません。dennsukeさんの「芝浜」も楽しませていただきます。

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  11. コメントありがとうございます。
    馬石の『掛け取り』、萬歳までやりましたか。聴きたかったなあ。義太夫とか、けっこう聴かせ所があるんですよね。馬石の端正な語り口によく合う噺だと思います。
    百栄は怪しくって好きです。癖になりますね。何をやりましたか?
    落ち着いたらゆっくり東京散歩や寄席見物と洒落込みたいと思います。

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  12. 百栄さん「ホームランの約束」マクラからシニカルで腹ぁかかえて涙目でした。百栄ワールドに連れていかれました。地元でそっくりの人を見かけるんですよね。(乗ってる自転車がピンクだし…)世の中ホントに早く落ち着いてほしいです。その節は、また一献…。

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