去年の6月に買ったラジカセが、半年も経たないうちにスピーカーから音が出なくなった。イヤホンでは聴けるので、しばらくそれで済ませていたのだが、保証期間内であることに気づき、それなら直してもらおうと、暮れにケーズデンキに持って行った。それが出来てきたというので、先日取りに行った。
帰ってから、試しに聴いてみようと、ボブ・ディランのカセットテープをかけてみた。無事、よく聞こえる。内部全取り換えだから、新品同様だ。
このテープは私が高校の頃、テレビから録音した。1976年の、ボブ・ディラン、ローリング・サンダー・レビュー・コンサートをNHKで特番を組んだものだと記憶している。この頃のディランが最もロック色が強かったなあ。
オープニングはロックアレンジの「激しい雨が降る」。その後、ジョーン・バエズとのアコースティックギターによるデュエットとなる。叩きつけるようなストロークでのハードな「風に吹かれて」。そして「ディポーティー」が演奏される。三拍子の素朴で美しいメロディー。ディランとバエズの絶妙なハーモニー。私はこの「ディポーティー」が好きで、この曲が入っているディランのアルバムを探してみたのだが、とうとう見つからなかった。
この歌の内容は詳しく覚えていない。「アディオス・アミーゴ」とか「エアプレーン」とか「ダイ」などという単語が耳に入ってきて、ああこれはメキシコ人が飛行機事故に遭った話だったな、ということを思い出して調べてみた。いやあネットは便利だねえ。こんなことが分かった。
この歌は、1948年に起きた飛行機事故をもとにして作られた。作者はフォークの神様、ウディ・ガスリーである。
当時、カリフォルニアの果樹園では、メキシコから来た一時契約労働者が、低賃金で重労働を担っていた。果樹園経営者は彼らをさんざんに酷使した後、契約期間が切れると不法就労者として移民局に告発し強制送還させてしまう。もちろん賃金は支払われないままだ。そんなやり方で悪徳経営者は暴利を貪り、カリフォルニアの果樹園は発展を遂げた。
1948年1月28日、移民局がチャーターしたDC-3C型機が、カリフォルニア州フレズノ近郊、ロス・ガスト峡谷に墜落、搭乗者全員が死亡する。この飛行機には不法就労者とされたメキシコ人28人とアメリカ人4人が乗っていた。ラジオ・新聞などのメディアはこの事故を報じるにあたってアメリカ人4人の氏名を公表したが、メキシコ人28人に関しては十把一絡げに「Deportees〈強制送還者〉」と呼んだ。
酷使された挙句賃金は支払われない。追放され悲惨な事故に遭ってなお、名前を奪われる。アメリカがした、そのような惨い仕打ちに対する烈しい怒りを、アメリカ人であるウディ・ガスリーは歌にしたのだ。
人間というのは悲しい生きものだ。こんな話はどこにでも転がっている。
我が国でも中国大陸や朝鮮半島から働きに来た人々を過酷な環境で酷使した歴史がある。関東大震災ではデマに踊らされ彼らを虐殺さえした。そして、「うつくしい物語」を紡ぎたい人たちが、それらをなかったことにしようとしている。
今でも肉体労働の多くを外国から来た人々が担う。昔よりはましかもしれないが、それでも相当酷い所はあるという。耐えきれず逃げ出した人や不況で解雇された人がやむなく犯罪に走れば、愛国者を称する人々が彼ら全体を容赦なく攻撃する。(そもそも外国人は冤罪にまきこまれやすい)
人間というのは悲しい生きものだ。
1948年に起きた悲しい事故に対する怒りは、ウディ・ガスリーからボブ・ディランとジョーン・バエズを経由して高校生の頃の私の耳に届いた。それはしばらくの間カセットテープの中に冷凍されていたが、今になって解凍されたということか。日本もアメリカも「分断」に激しく揺さぶられている「今」か、と思うと感慨を覚える。
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