2025年2月26日水曜日

第二回鮟鱇鍋ツアー③ 石岡を歩く

鹿嶋を出たのは、12時過ぎ。

潮来市から行方市と霞ケ浦の東岸を西北に進む。平たい筑波山は、徐々に鋭角的に姿を変えていく。

12時半になった。そろそろ昼飯を食いたい。行方市富田の「食い処わたなべ」の駐車場に空きがあったので、とっさの判断で車を入れた。

中は満席。一組の客が待っている。「どうする?」「待とう」

ほどなく座敷に通された。思ったより回転はよさそうだ。

メニューを見ると肉が中心。私たちはポークジンジャー定食にした。それが、これ。

厚い豚肉が飯に合う合う。食べている間にも次々と人が入って来る。ハンバーグは品切れだという。いい店を当てた。

いよいよ最終目的地、石岡に向かう。到着したのは14時過ぎになっていた。

石岡の街は昭和4年の大火で灰燼に帰した。その後、相次いで看板建築が建てられた。今でもそれらが数多く残っている。そのレトロな佇まいは、我々を惹き付けてやまない。

高山T君はシブい街並みを愛する同好の士だ。思う存分歩いて、ばーしばし写真を撮ってもらおう。




看板に「茨城県南部競翔連合会事務所」とある。鳩レースの団体かなあ。






石岡では「雛巡り」をやっています。



15時過ぎまで歩いた。あらかたは案内した。まだまだ見せたい所はあるが、今回はここまでとしよう。

家に着いたのは16時頃。先を急ぐというので、家にはあがらずT君は帰って行った。

別れ際に「いやあ茨城を堪能したよ」と言ってくれた。喜んでもらえたようで、私も嬉しい。

達者でな。動けるうちに、またどっか行こう。


付記。

この日T君は沼田の道の駅で車中泊し、翌日、足利、太田を見物して行ったという。

タフな奴だ。三連休をフルに使ったか。

T君が送ってくれた写真を何枚か掲載しよう。

足利東映プラザ劇場!

看板には「劇場通り」と書いてある。

「食事処ホクシンケン」「うまさとボリュームの店」、うーん入りたい。

森高千里の歌で知られる、渡良瀬橋。

トチセン赤レンガ工場建築群
のこぎり屋根だ。

機会があれば、他の写真も紹介したい。T君、ありがとう!


2025年2月25日火曜日

第二回鮟鱇鍋ツアー② 鹿島神宮参拝

高山T君と鮟鱇鍋で大いに飲んだ。とはいうものの、二人とも六十半ばを迎えようとしている。そんなに無茶はしない。部屋飲みの四合瓶もコップ半分ずつ飲んでおしまいにする。T君は、つまみの「いかり豆」を気に入ったようだ。

年寄りの朝は早い。6時には起きて、太平洋から上る朝日を見る。海なし県から来たT君のためにオーシャンビューの宿を用意したのだ。

 
もちろん、この浜には、52両が入った革の財布は落ちていない。

7時半、朝食。正しい日本旅館の朝飯である。

食後はコーヒーをいただく。豆から挽いた本格派。女将さんが昨夜のおじやの残りを撒いてウミネコを集めてくれた。

高山T君撮影

8時過ぎチェックアウト。これからの予定を女将さんに聞かれ、鹿嶋まで行くと答えたら、「けっこう距離ありますね」と言われた。

私はT君を示してこう言った。「海なし県の人に海を堪能してもらおうと思ってね」

ビートルズの青盤を聴きながら海沿いの道を行く。特に磯崎から平磯に向かう道は素晴らしい眺望が続く。T君も喜んでくれたようだ。

大洗で内陸に入り、T君リクエストの鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の駅に寄りながら行った。

涸沼駅、北浦湖畔駅(沿線のなかで最も乗降客の少ない絶景駅だ)、鹿島大野駅(攻めたデザイン)、長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅(できた頃は日本一長い駅名だった)の各駅。T君、ご満足いただけましたか?

長者ヶ浜潮騒はまなす公園の脇を抜けて、再び海沿いに出る。

まず最初の目的地、鹿嶋市明石にある鹿島神宮東の一の鳥居に到着。


鹿島臨海工業地帯を望む。
出雲の国譲りを終えた鹿島の大神建御雷命がここから上陸したという。

鹿島神宮に着いたのは、10時を大分回った頃だった。境内に入ると、楼門の外にまで行列ができていた。1月3日に父と来た時を上回る人出である。恐るべし、三連休の中日。

作法通り高房社をお参りした後、拝殿に参る。




奥参道から御手洗池に下りる。鎌倉時代まではこの近くまで北浦が流れ込んでおり、参拝する者はそこで船を下りた。当時の神域は、御手洗から奥宮、要石までだったと推測される。高山T君にはそのルートでお参りしてもらおうと考えたのである。

御手洗池から奥宮まで、急な坂道をふうふういいながら登る。逆光の奥宮は光に包まれて神々しい。


ここも長蛇の列。後ろについたグループがずーっと喋っている。どうやら東国三社参りをしているらしい。ちょいちょい間違った情報が入っていて正してあげたかったが、差し出がましい真似は慎んだ。並んでいる間、退屈はしなかった。

無事、T君を要石まで案内し、神宮を出る。

神宮参拝のシメは西の一の鳥居。大船津の北浦の湖上に立つ。

2025年2月24日月曜日

第二回鮟鱇鍋ツアー①

高山T君が茨城にやって来た。

年末に二人で湖国探訪の旅をしたばかりなのだが、T君たっての希望で、第二回鮟鱇鍋ツアーをすることになったのである。

前回は2010年2月。大洗で格安の鮟鱇フルコースを楽しんだ。今回は以前、昔の職場の仲間との宴会で使った、ひたちなか市磯崎のとらやさんを予約した。

T君は運転を苦にしない。岐阜県多治見を4時半に出たという。途中渋滞につかまったりして、我が家に到着したのは11時45分になっていた。

これからの予定を考えると、すぐに出発した方がいい。挨拶もそこそこにT君の荷物を私の車に移動させ、昼飯を予定していた鉾田に向かう。

出発してすぐ、T君は「おれは霞ケ浦越しの筑波山を見たいなあ」と言った。

「分かった」と応えて、私は車を脇道に入れ、母の実家のすぐ前の堤防に止めた。

いい天気。空気は冷たいが、風はほとんどない。子どもの頃から見慣れた筑波山が、すっくと立っていた。


「いいなあ、これだよ、これ」と言いながら、高山T君はばーしばし写真を撮りまくっていた。

昼飯は鉾田市借宿の緑屋食堂。T君所望のもつ煮込み定食は仕込み中ということで、やむなく断念。私お勧めの肉野菜炒め定食にする。安定の旨さ。旨し。


それから、鉾田の街を散策。大政奉還の後、徳川慶喜が水戸から駿府に向かった田山河岸の辺りを案内する。

宝来多座(ほこたざ)という映画館だった建物

たまにここでイベントなんかをやっている。

大洗に移動。曲松商店街から髭釜商店街まで散策。ガルパンの聖地巡礼する方々がちらほらいる。シブい街並みが続くが、悲しいことに好みの建物がいくつかなくなってしまっていた。




月ノ井で部屋飲み用に純米酒の四合瓶を買う。

大洗磯前神社を参拝。

三連休のせいか人が多い。


海岸に下りて「神磯の鳥居」を見る。ここは、祭神である大国主命と少彦名命が降臨したと言われている場所である。


大洗駅を経由して、天狗党の乱で戦闘があった願入寺を案内する。



願入寺の近くにある祝町でも、田中愿蔵率いるザンギリ隊は大暴れをしたらしい。

そして、那珂湊を通って阿字ヶ浦へ。T君所望のひたちなか海浜鉄道湊線の阿字ヶ浦駅、ほしいも神社を御覧に入れる。


宿に言っておいたチェックインの時間も近づいた。この日のシメに、酒列(さかつら)磯前神社に行く。大洗磯前神社の兄弟社。こちらは少彦名命を祭神としている。ちょうど日没の時間帯。夕日に映えて神々しい雰囲気となった。


拝殿の賽銭箱の上に猫がいた。猫は悠々と座っている。私たちは神前に手を合わせたが、まるで猫を拝んでいるようだった。


17時、「とらや」到着。T君念願の鮟鱇鍋で大いに飲んだ。


初日はここまで、続きは次回で。

2025年2月19日水曜日

稲敷からの富士山

 職場から月1回、稽古に行く。

稲敷市(旧東村)を川沿いに行く道がお気に入り。

先日は富士山がよく見えた。

新利根川にかかる橋から見えた富士山。息をのむ美しさ。


県南の真っ平らな土地からは、富士山がよく見える。いいねえ。

2025年2月16日日曜日

クルマドの風景、みほ落語会

朝、鳥すき焼きうどん、小カレーライス。

妻は仕事。

今日はみほ落語会。クルマドの風景を撮りながら美浦に向かう。





 11時過ぎ、到着。準備をして、ヨークベニマルで買って来た、稲荷寿司と海苔巻きの弁当で腹ごしらえをする。

13時開演。15時20分終了。私はトリで『代書屋』を演る。ネタおろし。よく笑っていただけた。片付けをして16時頃解散。


17時頃帰宅。妻と夕方ビール。

夕食はお好み焼きでビール、焼酎。お好み焼きは久し振り。旨かったよ。

食後にカティーサーク。


次回のみほ落語会は3月22日(土)。私はお休みです。