2026年5月12日火曜日

落語『たがや』考

『たがや』という落語がある。こんな噺だ。

 

両国の川開きの日、両国橋は花火見物の客であふれかえっていた。そこを馬に乗った侍とたがや(桶のタガを締める職人)が、両側から無理に橋を渡ろうとした。やがて橋の真ん中で両者が行き会う。供侍が「道を開けろ」と言うが、無理。業を煮やして供侍はたがやの胸を突く。道具箱を落とす。その弾みに中に入っていた竹製の桶のタガが伸び、馬上の侍の笠を跳ね飛ばした。怒った供侍はたがやを屋敷に連れて行き、手討ちにしようとする。たがやは病気で寝たきりの母親のために必死で命乞いをするが、供侍は頑として聞かない。堪忍袋の緒が切れた、たがやの啖呵。切りかかってきた供侍の刀をたがやが奪う。たがやは、たちまち供侍二名を切って捨てた。観客の盛り上がりは最高潮に達する。最後の相手は馬上の殿様。殿様の槍に追い詰められるが、捨て身の誘いに殿様が乗った。たがやは身をかわし、槍の穂先を切り落とす。そして、飛び込みざま、殿様の首をはねた。首は勢い余って中天高く舞い上がる。すると、観客が声を合わせ、「たーがやー」。

 

サゲは花火の誉め言葉、「たまやー」の地口。夏の人気噺として、多くの落語家に演じられてきた。

もともとはたがやの首が飛ぶ話だったが、寄席の客が喜ぶ、今の形になったという。確かに侍の首が飛んだ方がカタルシスを得られるな。こうして噺は変わってゆくのだ。

この前、古本屋で四代目橘家圓蔵の速記を立ち読みした。圓蔵の演出では、たがやは酒に酔っていて、侍と行き会った時点で相手に絡み、啖呵を切っている。この辺、『首提灯』と同じだ。

だけど、これだと、たがやに対してシンパシーを感じることはできない。やはり、堪えに堪えた末の啖呵の方がしっくりくる。

ただ、この啖呵、「理不尽な権力に対するレジスタンス」という解釈でやると臭くなる。三代目桂三木助の型がこれに近かった。もっとも三木助は、臭くなる一歩手前で踏みとどまっていたが。

ここは、たがやの破れかぶれだろう。十代目金原亭馬生の啖呵は流暢ではなかったが、この「どうにでもしやがれ」感がびんびん伝わってきた。

啖呵の場面は、ただ早口でまくし立ててもウケない。学生時代の私がそうだった。福の家の稽古会で梅八さんは言った。「啖呵を早口でやることはない。言葉自体が早いんだ。かえってゆっくりやるといい」。目から鱗だったな。五代目柳家小さんも『大工調べ』の芸談の中で同じようなことを言っていた。

結局、この噺の主役は群衆だと思う。群衆の異様な盛り上がりによって、たがやも侍も後に引けなくなったのだ。そして、あの惨劇を演じてしまったのだ。

若き日の春風亭小朝もこの噺を得意にしていたが、群衆から「たがやコール」が起こる場面が売りだった。「たがやコール」に応えて、たがやが阪神の掛布みたいに刀を構えて見せ、笑いを取っていた。

桂小文治さんの『たがや』は人が死なない。供侍も殿様も川に放り込まれる。殿様は馬に蹴られて舞い上がり、そして「たーがやー」。やさしい『たがや』。これも一つの優れた演出だと思う。

私は、返り血を浴びたたがやと槍で対峙する殿様を、折しも上がった花火が鮮やかに浮かび上がらせた、という演出を採った。これは馬生の型だ。馬生の噺は絵画的なのだ。

小朝が前座の時、トリの馬生に「まだ花火の噺が出ていません」という形で『たがや』をリクエストしたという。馬生の『たがや』はいい。

 

『たがや』がいかにも落語なのは、殿様の首が飛んで終わり、というところだ。こんなことが実際にあったら大事件になる。ただでは済まない。殿様の家は、「町人に首を切られた」からには、たとえ後継ぎがいようと「お家断絶」ということになるだろう。遺児が、たがやを仇として付け狙うかもしれない。

それより前に、侍を三人殺したたがやを権力側は逃しはすまい。そんなことを許していたら、秩序が保てなくなる。躍起になってたがやを探し出し、極刑に処するだろう。

「誰も幸福にしない」噺だ。観客だけがカタルシスを消費する。彼らが奉行所に聞かれたら、ためらいもせず「たがやがやった」と証言するのではないだろうか。

そう考えると、なかなか怖い噺である。 

2026年5月10日日曜日

またもや夏日の畑仕事

朝、トースト、ウィンナーソーセージ入りスクランブルエッグ、紅茶、苺ジャム。

掃除、洗濯をして、コーヒーを淹れ、NHK『自然百景』『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら飲む。

今日は父と畑仕事。下準備をして、苗を買いに行く。ジョイフル山新で、茄子、ピーマン、トマトの苗を買う。この前植えたのが、虫に食われて全滅したので、農薬も一緒に買う。除草剤も買おうとしたが、父のお気に入りがなく、小川の松坂屋に回る。

昼前に帰る。お昼は次男が作った冷やし中華。

午後から苗植え。父の指示で肥料を撒き、マルチを張り、苗を植える。1時間程で作業は終わった。その後、畑、家の周りの草刈り。これも1時間程。夏日で暑い。畑の時は不思議に暑くなる。

その間に妻が帰って来る。

畑から上がって、麦茶を飲む。お茶うけは、長男が散歩の途中で買ってきた、高浜銘菓「恋瀬川」。労働の後の甘味は旨い。

妻と夕方ビール。

夕食は、ピザ、フィッシュ・アンド・チップス、コブサラダでビール、赤ワイン。食後にティーチャーズ。


長男が図書館で借りてきた、滝平二郎『随筆集 母のくれたお守り袋』を読んでいる。

滝平二郎、木版画家、きりえ作家。郷土の偉人であり、高校の大先輩である。私が小学生の頃、朝日新聞日曜版のトップページは、この人のきりえだった。その他に、斎藤隆一の『八郎』『ベロだしチョンマ』『もちもちの木』『花さき山』などの挿絵で知られた。その郷愁を誘う画風は大人気を博した。

滝平は昭和17年召集令状を受け取り、沖縄で俘虜となり終戦を迎えた。私の伯父も、昭和17年に召集され、彼と同じ水戸東部第37連隊に入隊した。伯父はビルマに遣られ、終戦の1カ月前、雨季の密林で溺死した。滝平は沖縄の山中をさ迷い歩いた末に、生き延びた。両者の違いは、ほんの紙一重でしかない。

滝平は、終生「戦争反対」を貫いた。そして、今、「戦争反対」を唱えると「反日」と言われる日常を、私たちは生きている。

2026年5月9日土曜日

今日の日記

朝、カレー、納豆。

朝イチでO医院へ行き、血圧の薬を出してもらう。妻は仕事へ行った。

9時頃帰宅。父の運転手をしてJA旭の直売所へ。川崎の従姉の所にメロンを送る。この前とは打って変わっていい天気。人が多い。高価なメロンが飛ぶように売れている。

昼前に帰る。昼は次男が作った、ツナと大根おろしの和風パスタ。さっぱりして旨い。

14時頃、妻が仕事から帰る。少しまったりしていると、猫がいないのに気づく。念のため母屋に行ってみる。すると、裏のサッシが猫一匹分開いている。脱走した。

辺りを捜索する。外にいた。私の顔を見ると縁の下に逃げ込む。

私と妻、息子二人で30分かけて捕獲。最近、脱走する回数は減ったが、その分、捕まえるのに手こずるようになったな。

妻は実家にお泊りに行った。私は夕方ビールを飲む。

柿の若葉。

ジャガイモが大分大きくなった。

この時期、この木にはこんな花が咲く。

夕食は、冷凍唐揚げ、冷凍シューマイ、妻が買ってきた揚げ出し豆腐とイカ焼き、父が買ったエシャレットで燗酒。食後、生ハムとチーズで赤ワイン。

寝しなにティーチャーズ。


『はなし家稼業』読了。奥付を見ると、1993年の初版第五刷。けっこう売れたんだね。円之助は1985年に亡くなっているから、死後に出版されたことになる。

巻末に年譜があるが、これが切ない。昭和40年、三代目三遊亭円之助を襲名して真打に昇進するも昭和42年に師小圓朝が脳出血で倒れ、翌年には小圓朝夫人が他界。昭和46年に小圓朝が亡くなるまで、円之助が介護したらしい。昭和51年には兄弟子朝之助が死ぬ。昭和51年に朝ドラ「いちばん星」に出演、役者として売れるが、昭和55年に自身が脳内出血で倒れる。翌年に復帰を果たすも、昭和59年に弟子の朝三が交通事故死。そして、昭和60年6月26日、心筋梗塞を起こし、「サヨウナラ」の一言を残してこの世を去った。享年56歳。

この年譜の末尾に、長男が「十代目柳家小三治に入門し、さんぽとなる」と、最後に薄日が差すような記述があるが、実はこの2年後、酒のしくじりがもとで、彼は破門になってしまった。それでも、その後、円之助の弟弟子、六代目三遊亭園橘に再入門し、父の名、円之助、さらには大師匠の名跡、四代目三遊亭小圓朝を襲名。波瀾万丈の末のハッピーエンドと思いきや、2018年12月、インフルエンザから肺炎に罹り、49歳で亡くなってしまう。

どうして彼らは、こう次々と不運に見舞われなければならなかったのだろう。同情の涙を禁じ得ない。

円之助の落語を聴こうとネットで検索したが、出てこない。昔買ったCD-ROMの中に『子別れ(上)』があった。小圓朝の弟子らしい、本寸法の落語だった。

 

2026年5月6日水曜日

土浦散歩

 朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、小女子。

細々したことをやって、『風、薫る』を観ながらコーヒーを淹れて飲む。

妻は仕事。

私は連休最終日でもあるので、土浦散歩と洒落込んだ。

モール505近くの駐車場に車を止めて歩き出す。




亀城公園に入る。結構人がいたな。




大手通や中城通をぶらぶらしていると、お昼時になった。

亀屋が開いたので、入店。久し振りに亀屋名物かつ丼を食べよう。


かつ丼、1300円。メニューのほとんどが1000円台半ばになった。このご時世、致し方ないが、もうおいそれと入れる店じゃなくなったなあ。亀屋の味をじっくり味わう。旨し。

裏道を駅へと向かう。







れんが堂書店に入り、古本を物色。三遊亭円之助『はなし家稼業』を買う。550円。

駅で志ち乃のどら焼きをお土産に買って帰る。

久し振りの土浦散歩。お気に入りの建物がいくつかなくなっていた。寂しいけど、それが街が生きているということなんだ。曇り空で、光線の具合はよくなかったが、暑くもなく、歩きやすかったよ。

14時頃帰宅。おやつにどら焼きを食べる。

妻と夕方ビール。

夕食は、妻と次男で揚げた天ぷら、フランクフルトソーセージで燗酒。食後に完熟メロン、生ハムと合わせる。そりゃあ旨いよな。

円之助の『はなし家稼業』まだ読み始めだが、師匠小圓朝の話など興味深い。それに文体がきちんと書き言葉になっていて、随筆のような味がある。面白い。


2026年5月5日火曜日

GW恒例のバーベキュー

 昨日の日記。

朝、パン、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、紅茶。パンには自家製苺ジャム。

朝から強風が吹きすさぶ。『風、薫る』を観ながらコーヒーを淹れて飲む。

親子4人で買い物に出る。コーチャンフォーからイーアスつくば。

無印良品でシャツ、ノート、ボールペンの替え芯を買う。本は買えなかった。

昼はフードコートでマクドナルド、チキンタツタセット。

14時頃帰宅。米を保冷庫に入れる。妻と靴を買いに行く。朝の強風と打って変わっていい天気になる。

妻と夕方ビール。

夕食はタコパ。今回はたこ焼きパーティー。たこ焼きでビール、燗酒。

寝しなにティーチャーズ。


今日の日記。

朝、御飯、味噌汁、ハッシュドポテト、小女子。

細々したことをやって、『風、薫る』を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。

妻は仕事へ行った。

猫の蚤取りの薬を買いに行く。カインズに寄ってバーベキュー用の炭を買う。昼飯用にカスミで弁当を買ってくる。

レコードプレーヤーの針圧が弱いみたいで音飛びがするので、セロテープで一円玉を貼ってみる。加川良のライヴアルバム『やあ。』、友川かずきの『桜の国の降る中を』かける。まあまあかな。友川のアルバムは、大学の頃、川崎の四畳半でよく聴いた。懐かしい。

昼食はカスミの弁当。私は稲荷寿司ともりそばのセットにした。そばもお稲荷さんも好き。

14時過ぎ、妻が帰る。籠いっぱい、バーベキューの材料を買ってきてくれた。

16時から炭をおこし始め、17時から、GW恒例のバーベキュー。焼き鳥、肉、イカ、エビに父が買ってきたホタテ、トウモロコシを焼く。私は最初はビール、それから赤ワインを飲む。やっぱり炭火で焼くと旨いねえ。皆、ホットプレートの時より食べていたよ。

お腹いっぱいになった辺りに炭が最高潮になる。これも、あるある。

皆はもう満足だと言って、後片付けを始める。私も片付けをして、妻とテレビを飲みながら一杯。妻はチョコレート酒、私はウィスキー。

火がいい感じなので、私はもう少し外で飲(や)ることにする。

氷をひとかけ入れたティーチャーズと、炭の残りでお湯を沸かしてインスタントコーヒー。キャンプを思い出す。火を見ながら飲むと無心になる。星を見ながら飲む酒は旨いなあ。

『つげ義春日記』読了。不安神経症に苦しむ日々の叙述の中、唐突に終わる。何の解決もない。日々の生活というのはそういうものだ。とりあえず、ここからここまで書いて終わり、ということか。川端康成の小説みたい。

今日は写真を撮らなかった。一昨年のバーベキューの写真を見つけた。この時もホタテと焼き鳥を焼いたのね。



2026年5月3日日曜日

憲法記念日

朝、マフィン、紅茶。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、NHK『自然百景』『小さな旅』を観ながら飲む。

父と田圃に行く。四隅を手植え。丁寧に植えてくれたので、1時間もかからず終了。


家に帰り、家の周りの草刈りをする。草刈り機で、まずは前山の道路際を刈る。土手を含めて、たっぷり2時間。燃料を使い切って、午前の部、終了。

昼は妻が作ったサッポロ一番塩ラーメン。インスタントでも妻が作るとビジュアルが違う。旨し。


ウィリー・ネルソンを聴きながら骨休め。

13時再開。今度は家の裏庭を中心に攻める。草刈り機だから楽勝と思っていたのだが、これがなかなかどうして。両肩、特に操作をする左肩にくる。2時間弱で終了とする。

おやつに石岡銘菓「釣鐘最中」を食べる。

友川カズキ『空のクレヨン』を聴きながら、骨休み。私が持っているアルバムの中では比較的最近のもの。友川節は健在。

よく働いたので、早めに夕方ビール。まったく自分に甘い。友部正人『にんじん』を聴きながら飲む。


もう「明るい未来」はやって来ないような気がする。アメリカはあんなだし。日本はこんなだし。「民主主義より軽い独裁の方が効率がいい」と言うひともいるし。

すべてスマホ1台で事足りるような便利で効率的な未来はやってくるだろう。AIによって、人間の力では到達できない知の領域へ足を踏み入れることもできるだろう。でも、それが、少なくとも私にとって「明るい未来」だとは、どうしても思えない。

私は、自分の体を動かし、自分の目で見て、自分の頭で考えたいのだ。たとえそれがおそろしく効率の悪いことだとしても。そして、それで行きつく場所が大して見栄えのしない所だったとしても。私はそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていくのだろう。たぶん。


夕食は豚すき焼きで会津ほまれのにごり酒。濃厚。旨し。

食後に妻と白ワイン。

寝しなに赤ワイン。


今日は憲法記念日。首相に言わせると「憲法改正の時は来た」らしい。私は反対だけどね。

別に憲法を一字一句変えてはいけないと言っているわけではない。

例えば、第24条「婚姻は両性の合意のみにおいて成立し」は「両者の合意のみにおいて成立し」に変えるべきだし、第53条「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」は「内閣は、その召集を〇〇日以内に決定しなければならない。」に変えるべきだ。衆議院の解散についても、しっかり制限を設けるべきだと思う。

でも、今の憲法改正論議はそういう方向ではない。要は「戦争放棄」を放棄し、「基本的人権の尊重」に制限をかけたいということだ。だから、おれは反対なんだよ。

ただ、国民投票になったら、テレビCMでもSNSでも、ほぼ「改正賛成」一色になるだろう。今の法律では、そこに制限はない。それに太刀打ちできるか、と思うと気が重い。


2026年5月2日土曜日

母の七回忌

朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、海苔の佃煮、鮭フレーク。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、『風、薫る 』総集編を観ながら飲む。

今日は母の七回忌。喪服に着替えて、一家でお寺に行く。

11時より法要。墓にお参りして、会食。会食でビールを1本飲む。妹夫婦と甥、伯母叔父いとこが集まる。昨日と打って変わっていい天気になる。「昨日じゃなくてよかったなあ」と誰もが言っていた。

13時頃、終了。家に帰って、妹一家とお茶を飲む。

腹いっぱい。腹ごなしに散歩に出る。少し遠回りをして霞ケ浦の堤防に出て、1時間半ほど歩いた。





霞ケ浦の堤防で、後から散歩に出た長男と行き会う。彼はこれから図書館に行くというので逆方向。そのまま別れる。

16時頃、帰宅。サラ・ヴォーンを聴きながら、うとうとする。

夕食は、昼の残り、グラタンで燗酒。食後に妻と「桃にごり酒」。旨し。

寝しなにカティーサーク。

明日は父と田圃に出る。

2026年5月1日金曜日

篠突く雨

今日はお休み。これから6連休。

朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、スクランブルエッグ、海苔の佃煮。

妻は仕事。朝から雨。次第に激しくなってくる。

乾燥機に入れておいた洗濯物をたたんで、父と明日の法事のお返しのメロンを買いに行く。

篠突く雨の中、鉾田市のJA旭直売所へ向かう。

予想よりも人がいたが、並ぶことなくメロンを買うことができた。父は「晴れなら混んでいたぞ」と言っていた。

10時30分頃帰宅。けっこうびしょ濡れになった。


『つげ義春日記』を読みながら、ビリー・ホリデイを聴く。雨の日にはビリー・ホリデイがよく似合う。「恋人よ、我に帰れ」、いいなあ。ゼミのコンパでジャズ研のDさん(クールな美人であった)がアカペラで歌ったことを思い出す。ゼミのコンパで出し物といえば、Dさんのジャズと私の落語。アカデミックだねえ。

寒いせいか猫が離れない。

昼はマルちゃん正麵醤油味を作る。昨日の夕食の残り、豚肉ニラ茄子卵炒めをのせた。町中華のスタミナラーメンのようなビジュアルになる。旨し。


14時頃、妻が帰る。雨がやみ、晴れてくる。

妻とお茶を飲む。お茶うけに、前に叔父にもらった玉川屋の豆菓子を食べた。わさび味。まあまあ辛い。

夕方、法事のために予約しておいた花やお供えを取りに行く。

夕食は、鶏のオニオンソース、無限ピーマンちくわ、肉じゃが、ふきで酒。ふきは妻が摘んできて似たの。旨いねえ、酒に合う。

寝しなにカティーサーク。


今日は令和改元の日。あれから7年になるんだなあ。

平成最後の日、私は初めて福の家の高座に上がった。以来、月に2回の稽古と1回の発表会を繰り返している。ゆったりとしたペースだ。アマチュア落語家として、貪欲にやっている人も多いけど、私はこのペースが合っているかな。何より仲間と一緒なのがいいなあ。私は団体戦が好きなのだ。

この7年でネタも増えた。「うどんや」「長短」「目黒のさんま」「お久殺し」「あくび指南」「青菜」「居酒屋」「代書屋」「愛宕山」「三枚起請」「酢豆腐」「孝行糖」「そば清」「時そば」「岸柳島」、客前でやっていないのでは「やかん」「うそつき弥次郎」「鰻屋」「だくだく」「馬の巣」がある。学生時代ものにならなかった「小言念仏」「たがや」「棒鱈」「穴泥」「締め込み」なども、何とかやれるようになった。一方、学生時代得意だった「牛ほめ」「豆や」には苦闘している。面白いもんだな。

一門のボス、梅八さんの存在は大きい。芸を見る目は確かで厳しい。それでいて優しい。梅八さん自身、アルコール依存症に苦しみ、それでも落語を手放さなかった人だ。「真剣に遊べ」という言葉は刺さったよ。

今は落語を自分なりにこしらえて喋るのが楽しい。うん、楽しいんだ。