朝、カレー、納豆。
朝イチでO医院へ行き、血圧の薬を出してもらう。妻は仕事へ行った。
9時頃帰宅。父の運転手をしてJA旭の直売所へ。川崎の従姉の所にメロンを送る。この前とは打って変わっていい天気。人が多い。高価なメロンが飛ぶように売れている。
昼前に帰る。昼は次男が作った、ツナと大根おろしの和風パスタ。さっぱりして旨い。
14時頃、妻が仕事から帰る。少しまったりしていると、猫がいないのに気づく。念のため母屋に行ってみる。すると、裏のサッシが猫一匹分開いている。脱走した。
辺りを捜索する。外にいた。私の顔を見ると縁の下に逃げ込む。
私と妻、息子二人で30分かけて捕獲。最近、脱走する回数は減ったが、その分、捕まえるのに手こずるようになったな。
妻は実家にお泊りに行った。私は夕方ビールを飲む。
| 柿の若葉。 |
| ジャガイモが大分大きくなった。 |
| この時期、この木にはこんな花が咲く。 |
夕食は、冷凍唐揚げ、冷凍シューマイ、妻が買ってきた揚げ出し豆腐とイカ焼き、父が買ったエシャレットで燗酒。食後、生ハムとチーズで赤ワイン。
寝しなにティーチャーズ。
『はなし家稼業』読了。奥付を見ると、1993年の初版第五刷。けっこう売れたんだね。円之助は1985年に亡くなっているから、死後に出版されたことになる。
巻末に年譜があるが、これが切ない。昭和40年、三代目三遊亭円之助を襲名して真打に昇進するも昭和42年に師小圓朝が脳出血で倒れ、翌年には小圓朝夫人が他界。昭和46年に小圓朝が亡くなるまで、円之助が介護したらしい。昭和51年には兄弟子朝之助が死ぬ。昭和51年に朝ドラ「いちばん星」に出演、役者として売れるが、昭和55年に自身が脳内出血で倒れる。翌年に復帰を果たすも、昭和59年に弟子の朝三が交通事故死。そして、昭和60年6月26日、心筋梗塞を起こし、「サヨウナラ」の一言を残してこの世を去った。享年56歳。
この年譜の末尾に、長男が「十代目柳家小三治に入門し、さんぽとなる」と、最後に薄日が差すような記述があるが、実はこの2年後、酒のしくじりがもとで、彼は破門になってしまった。それでも、その後、円之助の弟弟子、六代目三遊亭園橘に再入門し、父の名、円之助、さらには大師匠の名跡、四代目三遊亭小圓朝を襲名。波瀾万丈の末のハッピーエンドと思いきや、2018年12月、インフルエンザから肺炎に罹り、49歳で亡くなってしまう。
どうして彼らは、こう次々と不運に見舞われなければならなかったのだろう。同情の涙を禁じ得ない。
円之助の落語を聴こうとネットで検索したが、出てこない。昔買ったCD-ROMの中に『子別れ(上)』があった。小圓朝の弟子らしい、本寸法の落語だった。

我が家の猫もよく脱走します(1匹は2時間ほどで戻ってくるが、1匹は2~3日家の周りをうろうろとするが、なかなか、捕まらない(笑)。最近は犬のようにリードを付けて散歩させている(笑)。散歩中でも犬のように言うことを利かない。
返信削除円之助さんに纏わるエピソードありがとうございます。ためになるわ(笑)。
扇
コメントありがとうございます。
返信削除やっぱり猫は外で自由に生きたいんでしょうね。でも、歴代の外猫はいずれも短命でした。そう考えると、あまり外には出したくないですよね。
円之助の本は平凡社ライブラリーでも出ていて、そちらは立川談志が解説を書いているそうです。全文は読んでいませんが、円之助批判を展開しているようです。