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2016年2月4日木曜日

春立つ日

昨日は節分。豆まきをやる。
豆まきは神事である。
帰るとすぐ、風呂に入って身を清める。
子どもたちも豆まきしたいというので、私の後に風呂に入れる。いつも長風呂の二人なのだが、よほど豆まきがしたかったのだろう、15分で出てきた。
神棚に上がっている福豆を下ろし、二人の息子に分ける。
まずは神棚に、そして座敷に豆をまく。
それから外に出て、裏山にある氏神様の2つの祠、お稲荷様。その他、物置など、敷地内にある建物にまんべんなくまき、家に戻って各部屋にまく。
御飯前に終了。
晩御飯は、焼き鳥と恵方巻き。大人はビールと燗酒を飲む。
子どもたちは恵方巻きを丸かじり。次男は太巻き1本食べちゃったよ。すごいねえ。

今日は立春。
今年は暖冬のせいか、梅の咲き始めも早かった。
写真は元日に撮ったもの。早いよねえ。




2016年1月31日日曜日

ゆきむら亭 ネギ味噌ラーメン


昨日、長男と行った「ゆきむら亭」のネギ味噌ラーメンと餃子。
確かネギラーメンはチェーン店「ラーメンショップ」の看板メニュー。茨城では30年くらい前に随分流行って、色んな店で出すようになった。ラー油とか胡麻油で絡めた細切りの葱をたっぷり載せる。この辛みが癖になる。ラーメンショップのはチャーシューも細切りにして葱に混ぜていたんじゃなかったかな。
茨城でラーメンのチェーン店と言えば「珍来」と「ゆきむら亭」が双璧。(それに「ラーメンショップ」「山岡家」が続く。)
珍来は定食、ご飯もののメニューも豊富で、中華料理屋という感じ。ゆきむらの方がラーメンに特化している。
うちは子どもが小さい頃から、何となくゆきむらを利用している。きっと子どもたちにとって、ラーメンの基本はゆきむらなんだろうな。
肩の凝らない味。あーお腹いっぱい、旨かった、と気楽に言える。これもまた捨て難い味である。

では、アップで。






2016年1月30日土曜日

外は寒い雪の日


雪になったり雨になったり。今年初めて、うっすらと白くなる。
今日は、次男と妻は子ども会の行事でお出かけ。
昼は、長男とゆきむらへ行く。私はネギ味噌ラーメンと餃子、長男は贅沢和風ラーメンを食べる。

午後は、家でまったり。
高校の時録音した、ボブ・ディランの「ローリング・サンダー・レビュー・ライヴ」のテープを聴く。


これはテレビから録音したものである。
このツアーのライヴはレコード化されたり、2枚組のCDになったりしてるけど、そこに入っていないバージョンや曲もあったりして、今でも貴重な音源だな。
ボブ・ディラン最大のヒットアルバム『欲望』の後のツアー。ヴォーカリストとしては全盛期だと思う。「激しい雨が降る」とか「嵐からの隠れ場所」、ジョーン・バエズとのデュエット「風に吹かれて」なんか圧巻だねえ。
60分テープで録っているので、余った時間に色々入れてある。まずは「風に吹かれて」をレコードから、その後、ビートルズの映画『レット・イット・ビー』を、やはりテレビから録音している。
ビートルズの方は、アップル屋上の「ルーフトップ・ライヴ」から、「ゲット・バック」と「ドント・レット・ミー・ダウン」、そしてレコードの「レット・イット・ビー」に繋いでいる。
最後の2分ぐらいは、オリジナルのサウンドコラージュ。きっとビートルズの「レボリューション・NO.9」に影響を受けたんだね。「東京オリンピック開会式実況」とか、どこかから拾った英語のスピーチとか、ラジオのクラシックをチューニングを合わせたり外したりとか、果ては「競馬の実況中継」「大相撲の優勝力士表彰(しかもパン・アメリカン航空会社のやつだ)」なんてのまで録っている。やるなあ、高校生の俺、面白いぞ。

夕方は休日のお楽しみ、夕方ビール。今日はサッポロ黒ラベルにしてみた。


夜は湯豆腐で燗酒。一丁、70円と210円の豆腐を食べ分ける。まあそりゃあ違いますわな。
とはいえ、どちらもおいしくいただきました。
んじゃ、寝しなにボウモアでも飲もうかね。

2016年1月29日金曜日

出口一雄 桂文楽との別れ

文楽・志ん生の最後の会談の2日後、昭和46年11月2日、文楽は駿河台の日大附属病院に入院する。少量の吐血を見たため、検査のためにというのがその理由だった。
経過もよく、12月18日に退院する日取りを決めた。前夫人である寿江の3回忌を済ませ、現夫人梅子と彼女との間に生まれた長男益太郎も籍に入れた。益太郎も嫁を迎え、退院した暁には、皆で揃って水入らず、快気祝いをしようという話になっていたという。
12月10日に文楽は人間ドックに入り健康診断を受けた。しかし、11日の夜、容体は急変する。その時、主治医西野入尚一は、医局の旅行で熱海にいた。知らせを受けて東京に戻ったのは12日の朝。その日は日曜日で人も手薄だった。西野入は器具をかき集め、懸命に処置したが、大量の吐血が繰り返される。そして、午前9時20分、八代目桂文楽はとうとう帰らぬ人となった。
川戸貞吉との対談で、西野入は「時間が全然足りなかった。もし、スムーズにやれたら、100%とは言わないけれど、とにかくあんなに急には逝かなかったろう。何日かはもたせられたはずだ」と悔やむ。
京須偕充がネットに発表している「落語みちの駅」によると、出口一雄は11日の夜、病院に駆け付け、まだ意識がはっきりしていた文楽の枕辺から離れることなく、翌日の臨終に立ち会ったという。だから、後に出口は文楽最後の日付を「12月11日」と言い続けた。「駆け付けた11日の深夜から何時間か出口一雄の心の時計は停止していた」と京須は書く。
退院する予定だった12月18日、浅草東本願寺において、落語協会葬を兼て告別式が執り行われた。喪主は長男益太郎、葬儀委員長は、当時の落語協会会長六代目三遊亭圓生だった。圓生は弔辞で、「戦後、人心の動揺、人情、生活と、依然とは移り変わり行く世相で、勿論落語界も、世間のあおりを食い、動揺したその中で、貴方の芸は少しも、くずれなかった。我れ人とともに時流に押し流されやすい時に、貴方は少しもゆるがなかった。」と述べ、「それが立派な芸であれば客はよろこんでくれるのだ、これでいけるのだ」と自分を含め人々に勇気を与えてくれた、と感謝した。実際には反りが合わなかったであろう二人だが、これは圓生の正直な気持ちなのだと思う。
告別式の前日、黒門町の自宅近くの黒門会館で通夜が営まれた。この席で、出口一雄は大西信行に、文楽最後の高座の様子を語ったという。『落語無頼語録』から引用する。 

「とても見ちゃいられなかった―」
  黒門会館のいちばん奥でコップの酒を顔をしかめて飲みながら出口マネージャーが言うのを、そうだろうな、さぞせつないことだったろうとぼくはうなずいていた。まだラジオ東京といっていたころのTBSで、文楽たちと契約を結び、民放の落語専属制度を確立させたのが出口マネージャーだった。定年でTBSを辞めてプロダクションを始めてからも、いまの世の親子との間ではとても見られぬこまやかな情愛で文楽の面倒を見続けて来た人だったから、いまもし文楽が命を終えていなかったら出口マネージャーの方がせつなさのあまり死んでしまったかもしれないと思った。
 (中略)
  「三代目になっちゃったよ・・・」  と、言った時に、我慢しきれずに泣いたのは文楽ではない。出口マネージャーだった。文楽自身は涙ひとつ人には見せていなかったのである。
  いつか自分が三代目小さんの悲惨さを味わうだろう日のあることを、文楽はすでに予知していたのではなかったか― 

この場面で大西は、「文楽は自殺をしたのではなかったか」という直感に襲われる。
このスリリングな展開は、どうか『落語無頼語録』中の「桂文楽の死」をお読みいただきたい。 

京須は『みんな芸の虫』に収められた「出口一雄 鬼の眼に涙」で、出口が文楽の最期について語る場面を、次のように書いている。場所は新富町の一角にある小さな洋食屋。出口はここでコロッケやカキフライをつつきながら、コップ酒を飲むのを好んだ。
以前にも載せた文章だが、再度引用してみる。

「黒門町の最期はかわいそうだった・・・。病院のベッドで血を吐いてな・・・」
  出口さんはプイと横を向いた。見られまいとしたのだろうが、涙は隠しようがなかった。小さなテーブルの差し向かいで、出口さんは老眼鏡を外していたから、大粒の涙がとめどなく頬を伝うのが見えた。
 「あれだけの名人だったんだ。あれだけいい噺家で、あんな品のいい綺麗な芸だった・・・。だから、せめて死ぬ時は・・・、高座であんなことになっただけに、せめて逝く時だけは、綺麗事にな・・・、わかるだろ、綺麗に往くところへ往かしてやりたかった。それが・・・。くやしいけれど、思うようにゃアいかねえ」 

文楽の死後、出口は酒を飲むと泣くようになる。これは出口を知る、誰もが言うことであった。
Suziさんも、「伯父は、文楽さん亡き後は『黒門町』って言葉が出てきたらもう泣き、って感じ、本当にガクーっときていました。父も『兄貴も涙もろくなったなあ』と言っていました」と証言している。

2016年1月25日月曜日

バンダイおもちゃミュージアム

去年の暮、栃木県壬生町の「バンダイおもちゃミュージアム」に行った。
おもちゃの町という工業団地の中にある。
古今東西のおもちゃがわんさと展示されていて、すべて撮影OK。
子どもたちは、昔のスーパーマリオを夢中でやっておりました。

野球盤。私はテレビゲームよりこっちの方が好き。

ちょっと怖い熊さん。

お洒落だねえ。

『天空の城ラピュタ』に出てきそうな飛行艇。
現在、息子たちの中で「ラピュタブーム」進行中。(正確には「ムスカブーム」かなあ)

前にも載せたけど、ガンダム。
このミュージアムでいちばん目立ってるものなので、再度アップしてみた。


2016年1月20日水曜日

Wii版 文楽と志ん生


テレビゲームのWiiで作った「ぶんらく」と「しんしょう」。
もちろん、モデルは桂文楽と古今亭志ん生。どうです?似てますかね。
これがスキージャンプやったり、踊ったりするのは、なかなかシュールですよ。

2016年1月17日日曜日

正月の笠間

ちょっと前、笠間に行って来た。
日動美術館の「広重展」を観に行ったのである。


今回は東海道五十三次シリーズ、保永堂版と丸清版の同時展示。メジャーなのは保永堂版の方。さすがに構図もキマってるし、誇張された表現もおもしろい。一方、丸清版の方はどこかのんびりしているなあ。正月の箱根駅伝を見た後でもあり、江戸から箱根辺りまでの風景など楽しかったね。
後半は展示作品が変わるらしい。また観に行こうっと。

その後は、お稲荷様にお参り。この間載せた奉納額の記事はこの時のものだ。
門前をぶらぶら歩く。お店も正月バージョン。何となく華やかでいいな。


フルーツショップの看板なんだけど、達磨がいっぱい。



散歩の締めに、年末に行ったカフェでコーヒーを飲む。ご主人と話をしたら、春にいったん閉店し、水戸で新しい店を始めるとのこと。せっかくいい店見つけたのに、ちょっと残念。新天地でのご健闘をお祈り申し上げます。