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2016年7月3日日曜日
昨日の日記 大福さんと飲む
昨日の日記。
朝一番で床屋に行く。
昼はそうめん。これを食べると、夏が来たなあという感じ。
夕方、妻に石岡まで送ってもらう。
1時間ほど石岡散歩。その後、駅に向かう。
大福さんと待ち合わせ。ところが電車が1時間不通だったことが分かる。高浜~神立間で倒木の処理をしていたとのこと。彼は早目の電車に乗ったので、ほぼ時間通りにやって来た。
駅前のヨット食堂で飲む。大福さんは酒を飲まないので、ウーロン茶で付き合ってくれる。
肉野菜炒め、鯖の塩焼き、しめ鯖、ニラ玉でビール、酒。ビールはサッポロ黒ラベル、酒は渡舟。ヨット食堂の酒のラインナップは見事。
落語や落研の話で2時間。楽しい時間を過ごせた。春風亭小朝、立川志らくについて、きちんと意見を交わすことができて、すっきりした。落語についてちゃんと話せる相手は、今のところ大福さんくらいだもんな。
大福さんありがとう。無理させちゃったかな。
もし迷惑でなかったら、またお付き合いください。
2016年6月28日火曜日
2016年6月25日土曜日
昭和46年度 芸能人重宝帳
ロサンゼルスのSuziさんが『昭和46年度 芸能人重宝帳』という小冊子を送ってくださった。 Suziさんは落語史にその名を残す出口一雄の姪御さんに当たる。
出口一雄といえば、TBSのプロデューサーとして落語家専属制度の先鞭を切った人とである。TBS退社後は、デグチプロを設立。八代目桂文楽を始め、様々な芸人のマネジメントをした。その仕事は、芸人たちからは「仏のデグチ」と呼ばれるほど、芸人に寄り添ったものだったという。(手前味噌だが、詳しくはこのブログの「桂文楽と出口一雄」のシリーズをご覧いただきたい。)
で、この『芸能人重宝帳』。芸能関係の住所・電話番号が記載されているのだが、芸術協会、落語協会、講談協会に所属する全ての芸人から、寄席、ホール、放送局、芸能プロダクション、お囃子さんから幇間の師匠方に至るまで、東京で演芸に関わる者のほとんどが網羅されている。芸人の手配、劇場の手配、取材等、これ1冊あれば事足りるのではないかと思われるスグレモノだ。
実際に出口も使用したらしく、古今亭志ん馬の電話番号には手書きの訂正が施されている。
何せ45年前のものだ。様々な発見があって面白い。
まず、落語の団体が、「芸術協会‐落語協会」の順になっている。私が持っている出版物では、どれも「落語協会‐芸術協会」の順だ。いくら順不同だとはいえ、そこには必ず意味がある。戦後しばらくは人気において芸術協会が落語協会を凌駕していたと聞く。この順列は、いささかそれを偲ばせるものではないだろうか。
ページをめくると、昭和の名人上手がずらりと並ぶ。(残念ながら、三代目金馬、三代目柳好、八代目可楽、三代目三木助等の名前は既にない)
さすがに芸人全ての家に電話が引かれている。その中で自宅に2本引いているのが、春風亭柳橋、三遊亭圓生、林家三平。柳橋・圓生は大御所、三平は売れっ子、いずれにせよ電話を複数本引くのは、仕事の依頼が多いが故だろう。複数電話を引くのにも、それなりに金もかかるだろう。ある意味それはステイタスにもなり得る。そして、黒門町桂文楽は何と3本引いているのだ。まさに別格といっていい。
また、今のベテランが前座に名を連ねているのも興味深い。
芸術協会では、三笑亭夢九(夢之助)、三遊亭右詩夫(古今亭寿輔)、三遊亭遊吉(小遊三)等、落語協会では、三遊亭楽松(鳳楽)、林家九蔵(三遊亭好楽)、古今亭高助(故古今亭志ん五)、柳家そう助(さん八)、柳家マコト(小袁治)、柳家小稲(さん喬)、金原亭駒七(五街道雲助)、立川談十(朝寝坊のらく)、春風亭朝太郎(一朝)等の名前が見える。
前座には、ほとんど電話番号が記載されていない。記載されているのは、多分実家からの通いなのだと思う。住所で師匠方になっているのは内弟子である。芸術協会では現小遊三の遊吉(遊三方)と、二つ目になっているが桂米助(米丸方)がそうだった。落語協会では現月の家圓鏡の杵助(圓鏡方)、現柳家さん枝の桂文吉(文楽方)、現春風亭一朝の朝太郎(柳朝方)。ちなみに現柳家小満んの桂小勇も二つ目だが、師匠文楽方になっていた。
寄席文字の方には橘右朝の名前も見える。(彼は後に古今亭志ん朝門下で落語家になる。将来を嘱望されていたが、2001年、惜しまれつつ52歳で没した。)
芸能プロダクションでは「鬼の暁」(二代目円歌の子息が経営していた)に並んで、出口一雄の事務所が載っている。社名は『デグチ』。出口さんらしく、あっさりしてますな。住所は夫人の実家の新富町。電話を2本引いているところを見ると、繁盛していたのがうかがえる。今を時めくマセキ芸能社も名を連ねていた。
ところで、裏表紙を見て驚いた。発行が昭和46年8月31日。ということは黒門町桂文楽の、伝説の最後の高座、まさにその日ではないか。この小冊子を受け取った時の出口さんの心境はどのようなものだったのだろう。色々思いを巡らせてしまったよ。
いやあほんと、1日眺めてても飽きないな。Suziさん、いいものを送ってくださり、ありがとうございます。以後宝物にさせていただきます。
2016年6月21日火曜日
赤い月
今日は夏至。
そのせいでもあるまいが、赤い月が出る。
もう1枚。これは昨年の末、愛宕山に泊まった時の月。
佐野元春の新しいアルバムに『紅い月』という曲が入っている。
哀しい歌だけど、すごくいい。
佐野元春はカッコいいよ。とてもいい齢の取り方をしていると思う。
実は「今が聴き時」なんじゃないかな。
『THE SUN』、『COYOTE』、『ZOOEY』、『BLOOD MOON』、この辺りのアルバムが好きで、ずっと聴いている。『ZOOEY』に入っている『虹をつかむ人』なんか、いつ聴いても泣いてしまう。
よかったら、ぜひ聴いてみてください。
2016年6月18日土曜日
2016年6月14日火曜日
2016年6月13日月曜日
佐原の街並み①
香取神宮に参拝した日、せっかくだからと佐原の街を歩くことにした。
今は香取市と市の名前は変わったが、やはり佐原の方がしっくりくる。
潮来とは、利根川を挟んであっちとこっちで、両方とも水郷と呼ばれている。
街の真ん中を小野川が流れ、川沿いには江戸時代以来の古い町屋が並ぶ。この辺りは「街並み保全区域」に指定されているのだ。
独身の頃、妻と来て以来。20年振りになろうか。
有料駐車場に車を止め、小野川沿いから歩き出す。
まずは小野川と十字に交差する、佐原の街の中心を横断する通りを歩く。
小野川にかかる橋の所まで戻る。続きは次回で。
今は香取市と市の名前は変わったが、やはり佐原の方がしっくりくる。
潮来とは、利根川を挟んであっちとこっちで、両方とも水郷と呼ばれている。
街の真ん中を小野川が流れ、川沿いには江戸時代以来の古い町屋が並ぶ。この辺りは「街並み保全区域」に指定されているのだ。
独身の頃、妻と来て以来。20年振りになろうか。
有料駐車場に車を止め、小野川沿いから歩き出す。
伊能忠敬記念館の前が、水郷巡りの観光船乗り場になっている。
まずは小野川と十字に交差する、佐原の街の中心を横断する通りを歩く。
三菱館。重厚だねえ。
看板建築もそこここに見られる。
小野川にかかる橋の所まで戻る。続きは次回で。
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