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2026年5月9日土曜日

今日の日記

朝、カレー、納豆。

朝イチでO医院へ行き、血圧の薬を出してもらう。妻は仕事へ行った。

9時頃帰宅。父の運転手をしてJA旭の直売所へ。川崎の従姉の所にメロンを送る。この前とは打って変わっていい天気。人が多い。高価なメロンが飛ぶように売れている。

昼前に帰る。昼は次男が作った、ツナと大根おろしの和風パスタ。さっぱりして旨い。

14時頃、妻が仕事から帰る。少しまったりしていると、猫がいないのに気づく。念のため母屋に行ってみる。すると、裏のサッシが猫一匹分開いている。脱走した。

辺りを捜索する。外にいた。私の顔を見ると縁の下に逃げ込む。

私と妻、息子二人で30分かけて捕獲。最近、脱走する回数は減ったが、その分、捕まえるのに手こずるようになったな。

妻は実家にお泊りに行った。私は夕方ビールを飲む。

柿の若葉。

ジャガイモが大分大きくなった。

この時期、この木にはこんな花が咲く。

夕食は、冷凍唐揚げ、冷凍シューマイ、妻が買ってきた揚げ出し豆腐とイカ焼き、父が買ったエシャレットで燗酒。食後、生ハムとチーズで赤ワイン。

寝しなにティーチャーズ。


『はなし家稼業』読了。奥付を見ると、1993年の初版第五刷。けっこう売れたんだね。円之助は1985年に亡くなっているから、死後に出版されたことになる。

巻末に年譜があるが、これが切ない。昭和40年、三代目三遊亭円之助を襲名して真打に昇進するも昭和42年に師小圓朝が脳出血で倒れ、翌年には小圓朝夫人が他界。昭和46年に小圓朝が亡くなるまで、円之助が介護したらしい。昭和51年には兄弟子朝之助が死ぬ。昭和51年に朝ドラ「いちばん星」に出演、役者として売れるが、昭和55年に自身が脳内出血で倒れる。翌年に復帰を果たすも、昭和59年に弟子の朝三が交通事故死。そして、昭和60年6月26日、心筋梗塞を起こし、「サヨウナラ」の一言を残してこの世を去った。享年56歳。

この年譜の末尾に、長男が「十代目柳家小三治に入門し、さんぽとなる」と、最後に薄日が差すような記述があるが、実はこの2年後、酒のしくじりがもとで、彼は破門になってしまった。それでも、その後、円之助の弟弟子、六代目三遊亭園橘に再入門し、父の名、円之助、さらには大師匠の名跡、四代目三遊亭小圓朝を襲名。波瀾万丈の末のハッピーエンドと思いきや、2018年12月、インフルエンザから肺炎に罹り、49歳で亡くなってしまう。

どうして彼らは、こう次々と不運に見舞われなければならなかったのだろう。同情の涙を禁じ得ない。

円之助の落語を聴こうとネットで検索したが、出てこない。昔買ったCD-ROMの中に『子別れ(上)』があった。小圓朝の弟子らしい、本寸法の落語だった。

 

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

我が家の猫もよく脱走します(1匹は2時間ほどで戻ってくるが、1匹は2~3日家の周りをうろうろとするが、なかなか、捕まらない(笑)。最近は犬のようにリードを付けて散歩させている(笑)。散歩中でも犬のように言うことを利かない。
円之助さんに纏わるエピソードありがとうございます。ためになるわ(笑)。

densuke さんのコメント...

コメントありがとうございます。
やっぱり猫は外で自由に生きたいんでしょうね。でも、歴代の外猫はいずれも短命でした。そう考えると、あまり外には出したくないですよね。
円之助の本は平凡社ライブラリーでも出ていて、そちらは立川談志が解説を書いているそうです。全文は読んでいませんが、円之助批判を展開しているようです。

ゆう さんのコメント...
このコメントは投稿者によって削除されました。
ゆう さんのコメント...

こんにちは。
気になって円之助の自伝を早速購入しました。
エッセイ集に近い感じですね。
貧乏話が読めるかと思ったら、そこはあっさりと粋に流す感じで、
大喰らいの馬勇さんイジリなエピソードが印象に残りました。
あとは三平さんとのエピソードは意外で胸打たれました。

あとがきですよ問題は、、、
談志もここまで書くかという、「あー知らない知らない見たことない興味もない知りたくもない」ってたまにギャグで言ってましたけど、まさにそれでした。
でも、談志さんの言いたいことの主旨は、
「人生を語ることは恥ずかしいことなんだ。なぜ恥を晒さないんだ。師匠に入門したのが20代後半だったんなら学校出てからその間、噺家になろうと悩んだり迷ったり苦しんだりしなかったのか、そこが一番知りたいことじゃないか。
書いたら粋じゃないと思ったのかも知れないが、そこを書かなきゃ何の意味もないだろう。」という感じですね。
その代わり円之助さんが書かなかった部分を談志なりに記憶を辿りながら埋めていってくれてます。なので、円橘さんあたりが書けば良かったんでしょうけど、談志なりの優しさで不足部分を皮肉も交えて補足して自伝として完成してるのかなと個人的には思いました。

早起き名人会で大工調べの録音(新日鐵釜石だかの営業)が流されたのを持ってますが、師匠譲りなキリっとした大工調べですね。
あとは、鶏小屋作ってくれと師匠に言われて作ったら自分が出られなくなったエピソードや家賃払えなくて大家さんに練炭で燻り出された話などがあって最後に
ゲストの円橘さんに「おたくの一門呪われてんじゃないの?」と川戸さんが言うんですが、今になっても続いてたのかと思うと怖いですね、、、。

densuke さんのコメント...

ゆうさん、こんにちは。コメントありがとうございます。返信が遅れました。申し訳ございません。
平凡社ライブラリーの方をお読みになったのですね。私は初版の古本で読んだので、談志の解説は読めませんでした。
談志の解説、読みたくなっちゃったなあ。何だかんだで優しい人なんですよね、芯の部分では。
円之助としては、やはり「書いたら粋じゃない」と思ったんでしょうね。志ん朝にもそんなところがありました。内面をさらけ出すだけが表現だとは思いませんが、円之助の生きざまも読んでみたかったなあ。本人が好まない以上、それは第三者の仕事だったのかもしれません。
「朝三」について談志が談志が何か書いていたと記憶しています。ちょっと探してみようと思います。
それにしても「おたくの一門呪われてんじゃないの?」という川戸の言葉はちょっと怖いですね。当時は四代目小圓朝は存命でしたよね。