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2019年12月8日日曜日

冷たい雨の土曜日、小春日和の日曜日

金曜日は職場の忘年会。水戸からの帰り、石岡のバードランドで飲んで帰る。
駅からタクシーに乗るのに1時間くらい待った。そもそも走っている台数がそんなに多くないらしい。不便な時代になったなあ。

昨日は朝から冷たい雨。


妻は仕事、長男は模試。次男と留守番。
お昼ぐらい外へ出ようと、丸亀製麺に行く。
かけうどん、かしわ天、稲荷寿司。しみじみ旨いなー。



本屋に寄って帰る。
ミー太郎もずーっと家にいる。ここんとこ、外へ行っちゃあケガをして帰って来る。この日も三本足で歩いていた。


夕食は、妹の所からお歳暮で届いた肉でしゃぶしゃぶにする。旨し。お腹いっぱい食べる。燗酒もまた旨し。
妻とワインを飲む。

今日の日記。
昨日とは打って変わっていい天気。


朝、御飯、味噌汁、スクランブルエッグ、ウィンナーソーセージ、納豆。
今日は義父の命日。皆でお墓参りに行く。


風もなく日向は暖かい。
その後、妻子は義母の喜寿のお祝いのお食事会に行く。私は梅八さんの寄席に出る予定があったので、残念ながら欠席。千葉県の神崎町へ向かう。
お昼に弁当が出る。神崎町の梅八さんの実家の元店舗を改造した寄席、江戸や亭。私のネタは『芝浜』。トリは梅八さんの娘でプロの浪曲師、国本はる乃さんの『忠臣蔵・安兵衛の婿入り』。やっぱりプロはすごいなあ。
神崎町は水運で栄えた町。江戸や亭のすぐそばの土手を上れば、利根川の悠然とした流れが見える。



帰って夕方ビール。
夕食はピザ、ポテトフライ、ペンネ、焼肉で白ワイン。
食後にボウモアを飲む。

「将棋の殿様」の件。
案の定、「いつまでやっているんだ」とか「野党はそればっかり」という声が聞こえてきた。殿様と飯を食ったからか、「与党逃げ切り」「野党手詰まり」といった報道をするメディアもいる。
いいんだよ、ちゃんと答えるまで、証拠を示すまで、ずーっとやってりゃいいんだ。その間、殿様やそのお仲間は、みっともない姿を晒し続けることになる。もはや言ってることもやってることも滅茶苦茶、私たちの目の前で近代的民主主義国家が音を立てて壊れていく。しかも、壮大さなど欠片もなく、ひたすらセコくみみっちい形で。そんな歴史的瞬間に立ち会えた身の不運を嘆きながら、せいぜい目撃していくことにしますよ。

2019年12月1日日曜日

今日から師走

昨日の日記。
寒い。霜で真っ白。
朝、御飯、味噌汁、目玉焼き、ウィンナーソーセージ、納豆。
父と、母のリハビリのための紹介状を書いてもらいに病院へ行く。午前中いっぱいかかる。
昼は、マルちゃん正麺の味噌味を作って食べる。
長男のピアノの送迎。夕方、床屋に行く。
夕食はおでんで燗酒。
今日の「アド街ック天国」は方南町特集。



落研の同期、酒合丈くんの地元である。学生時代はよく泊めてもらった。新宿から丸ノ内線に乗って中野坂上で乗り換える。方南町行は二両編成だった。今は直通で行けるんだ。
酒合丈くんの家のキッチンでジョニーウォーカーの赤を飲みながら、夜明けを迎えたことを、つい昨日のように思い出す。
寝しなにアイリッシュウィスキーを飲む。

今日から師走。
朝はホットサンド、スープ。
妻と次男とでイーアスつくばに行く。妻とお互いのクリスマスプレゼントを買う。私はボウモアとグラスを買ってもらう。
その後、私はミニの定期点検、妻と次男は帰る。
代車に乗って再びイーアスつくば。点検が終わるまで4、5時間かかるというので、映画でも観ようかと思い立つ。12時25分の上映開始に合わせ、フードコートですき家の牛あいがけカレーをかっ込む。今日は「映画の日」とかでチケット代は、通常は1800円のところ1000円で済んだ。
観たのは『HUMAN LOST 人間失格』。小栗旬が太宰治を演じた映画があったことを思い出し、そのつもりで入ったら、これがSFもののアニメだった。びっくりしたけど、面白かったよ。今のアニメはすごいなあ。ずいぶんどろどろしていたけど。
本屋で『昭和の落語 名人列伝』、『文學界』を買って帰る。
夕食は刺身、おでんで酒。食後にアイリッシュウィスキーを飲む。

ちょっと前に撮ったススキ。
岡林信康の『26ばんめの秋』を思い出す。

どうしても、我が国の「将棋の殿様」の話になってしまう。
公金での支持者おもてなし(反社会的勢力付き)。
自ら身の潔白を証明するはずの証拠をことごとく破棄(探す気もなし)。
虚偽を含む滅茶苦茶な言い訳(聞かれたことに何も答えない対応付き)。
どう見ても詰んでいるのに、投了しない。追及する方を攻撃する輩がわらわらと湧いて出る。この国のリーダーが出鱈目なことをしているのに、「それのどこが悪い」と言い張る人たちを前にすると、果てしなく脱力してしまう。
よく見ておくことにするよ。そして、言いたいことは、(小っちゃな声だけど)言わせてもらうよ。

2019年11月29日金曜日

桂文楽、芸術祭賞受賞(昭和29年)

八代目桂文楽が初の芸術祭賞をもらった時のインタビュー記事を見つけた。
記録の意味も込めて、記事にしておく。
昭和29年(1954年)12月13日付の朝日新聞である。

「文楽の話術のおかげで、世の〝知識人〟といわれる連中が落語を鑑賞し、認識するようになった」という書き出し。当時、吉田茂、歌人の吉井勇、早大教授の暉峻康隆などという面々がこぞって文楽を讃え、それが文楽のブランドイメージを高めた。また、記事からも、余計なクスグリやギャグを入れず、いちいち説明しなくても噺の中に時代や情景がきちんと描写される「本当の落語」、「落語話術の最高」という評価が既に定着していたことが見て取れる。

戦時中の言論統制の時代が終わり、思う存分自分の芸ができるようになった。名人と言われた、五代目三遊亭圓生、四代目柳家小さんはもう亡く、八代目桂文治に往年の輝きはない。斯界きっての大物、五代目柳亭左楽も、この年、鬼籍に入った。加えて文楽は当時63歳、落語家として脂の乗り切った時期で、その迫力は他の追随を許さなかった。事実、八代目橘家圓蔵は「その時(昭和29年当時)の黒門町の芸はすごかったなんてもんじゃない」と言っている。彼が落語界のトップに君臨したのは当然だったと言っていい。

興味深いのは経歴。記事では「下谷根岸の花柳界の真ん中で生まれた江戸ッ子」とある。実際には父の任地、青森県五所川原で生まれている。母は江戸詰めの常陸国宍戸藩士の娘、婿養子に入った父は一橋家御典医の家の生まれ、両親ともに東京者で、文楽自身も3歳の時に東京に戻っているが、正確に言えば「青森県出身」である。後に自叙伝『あばらかべっそん』に書かれていることだが、この時点ではそういうことになっていたんだな。

「三木助、小さんなどと門外不出の研究会を作って〝死ぬまで修業〟を実践している」との記述もある。小さんは四代目の死後、預かり弟子として一門に入っている。三木助は春風亭柳橋門下だったが、文楽に憧れ、晩年、文楽門下に入った。他のメンバーは不明だが、いずれにしても弟子筋との勉強会をしていたのか。そういえば、文楽は新しい噺を高座にかける前は、弟子を集めて演じて見せたという。

一方で「余計なものをはぶきすぎて〝純文学のような落語〟という声もあり、それが欠点だとみるむきもある。」という指摘があり、文楽自身、「私の芸は今まで一つところばかりみがいてきたようなもの。これを機会に幅をひろげる勉強をしたい」と言っている。
その後、文楽はモデルチェンジすることもなく、確立されたスタイルにやがて体力がついて行かなくなり、絶句という「名人芸の崩壊」を迎えることになる。
八代目桂文楽の訃報が載るのは、17年後。この記事と同じ12月13日付であったことを思うと、感慨深いものがある。




2019年11月24日日曜日

雨の休日

金曜日は仕事がらみの宴会。
帰りに石岡のバードランドでひとり二次会。ボウモアとカンパリソーダを飲む。

昨日の日記。
朝、厚切り食パン、牛乳、炒めもの、ウィンナーソーセージ。
一日中ずーっと雨。



午前中、次男と図書館。橋本治『草薙の剣』を借りてくる。
昼は次男が作った塩焼きそば。
『草薙の剣』を読む。10代から60代まで、10歳ずつ違う男たちの人生を、その親の世代までさかのぼりながら、昭和・平成の日本を描く。抑制の利いた文体。あの饒舌な『桃尻娘』からここへ来たのか。ぐいぐい引き込まれる。
夕食は花咲蟹、鯖の塩焼きで酒。
寝しなにアイリッシュウィスキー。



今日の日記。一日中雨。
朝、コストコのパンケーキ、ホットミルク。
橋本治『草薙の剣』、読了。図書館に返しに行く。
昼はパスタ。SAVA缶のバジルソース、和風キノコ、ボロネーゼ、カルボナーラを取り分けて食べる。旨し。
グレン・ミラー・オーケストラ、セロニアス・モンクのレコードを聴きながら、短編小説、宮本輝の「力道山の弟」を読む。
夕方ビール。
夕食は秋刀魚の竜田揚げ、煮物で酒。
「世界の果てまでイッテQ」を見る。イモトと石崎Dとが結婚するとのこと。他人事ながら、よかったね、と思う。
妻と次男とでクリスマスツリーを出す。


我が国の「将棋の殿様」とその仲間、その場その場でいい加減に誤魔化してばかりいるから、全体を見ると、もうむちゃくちゃなことになっている。本気で信じている人、いるのかね。でも、ずっと誤魔化し続けるよ。嘘に嘘を重ねて。「そんなことより大事なことが」とか「他に誰がいるんだ」とか「あっちもやってるぞ」とか、魔法の呪文を御用瓦版屋が唱えだすしな。とんだ「美しい国」だな。

2019年11月21日木曜日

女化神社

ちょっと前に行った、女化神社。牛久市女化にあるが、社域は龍ヶ崎市の飛び地である。
永正6年(1509年)創立。伏見稲荷を詣でた地元の人が稲荷信仰を伝えたのが起源とされる。
その昔は女化ヶ原といわれた原野だった。社伝には次のような伝説が残っている。

根本村(現稲敷市)の忠五郎という青年が、土浦に莚を売りに行った帰り、女化ヶ原で猟師に撃たれそうになった狐を助けた。その晩、旅の若い娘と老人が宿を請う。翌朝、下男の老人が路銀を持って逐電し、哀れに思った忠五郎は、娘を家に置いた。娘は八重と名のった。やがて二人は結ばれ、三人の子どもに恵まれる。ある日、八重が末っ子の添い寝をしていると、子どもたちに尻尾が出ているのを見つけられる。八重は、あの忠五郎に助けられた女化ヶ原の狐の化身だったのだ。正体を見られたのを恥じた八重は、「みどりごの母はと問わば女化の原に泣く泣く伏すと答えよ」と書置きをして姿を消した。
その後、忠五郎の末子の子どもは侍となり、数々の手柄を立てた。これも狐の祖母の御加護だと思い、祖母が隠れたという女化ヶ原の穴の近くに稲荷神社を建立したという。



社殿は平成14年再建のもの。

狛犬は、親子の狐である。
 


奉納額。その昔の女化神社の様子らしい。

こちらは天岩戸伝説でしょう。
 
 

この日は雨でした。

2019年11月17日日曜日

今日の日記

今日の日記。
朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、山椒ちりめん。
息子と市会議員選挙の投票に行く。
帰りに近くの神社にお参りする。


秋晴れ。歩くのは気持ちがいい。




妻は一日仕事。普段は半日のパートタイムだが、9時5時という正社員並みの勤務。
コーヒーを淹れて飲む。
ベニー・グッドマンのレコードを聴きながら、昔、新潮社から出た『アメリカ青春小説特集』を読む。


昼は次男が作った明星チャルメラ。旨し。
ミー太郎は先日、前足に酷い怪我を負ってきた。何者かに噛まれたらしい。それからずっと三本足で歩いている。でも、表には出たがるんだよなあ。
今日も午前中外に遊びに行って、午後からはお休みタイム。


夕食に塩ちゃんこ鍋を作る。
夕食は鍋で燗酒。食後にアイリッシュ・ウィスキーを飲む。

公金を使っての支援者接待。ここへきて、「そんなの大したことじゃない」とか「台風被害者もいるのにそんなことを」とか言う人が出てきた。東大一直線の人も、羞恥心の人も、「将棋の殿様」のお仲間なんだねえ。中には「民主主義で選挙に勝った方の支持者がいい目を見てどこが悪い」と言う人まで現れたよ。よーく見ておこう、我が愛する祖国の姿を。

2019年11月16日土曜日

鹿嶋をちょっとだけ街歩き

鹿嶋に泊まった夕方は、ちょっと街歩き。
神宮の近くをぶらぶらした。










ちゃんと神宮もお参りしましたよ。






閑話休題
「将棋でいえば、もう詰んでいる」と言われているあのお方。でも、落語『将棋の殿様』みたいな人だからなあ。しかも取り巻きたちが必死になって頑張り始めた。ここは皆が殿様を戒める田中三太夫さんにならなきゃ。あんな出鱈目が通っちゃいけないよな。(これまでも随分通ってきちゃったんだけどね)