買い物に土浦イオンに行く。
昼食はパスタの釜。妻の楽天ポイントがたまったので、パス釜セット、1560円を注文。
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| オニオンコンソメスープと明太子トースト。 |
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| きのことソーセージのミートソースパスタ。 |
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| デザートはチーズケーキ。 |
朝、御飯、けんちん汁、チキンナゲット、スクランブルエッグ、納豆。
妻は仕事。息子たちとコーヒーを淹れて飲む。
絵を描いたり、CDを聴いたり。久々にはっぴいえんどの『風街ロマン』を聴く。
いきなり辺りが薄暗くなる。突然の雷雨。
長男と図書館に行く。
昼は次男が作った焼きそば。旨し。
午後、ギターを取り出して来て、久し振りに弾く。祖母が妹に買ってやったガットギター。私が高校の頃だったな。ということは、47年ものか。妹はすぐ弾かなくなり、それを私はもともと自分のものであるかのように使った。今も使っている。
ネットで引くとコード表とか出てくるんだ。便利な世の中になったなあ。
岡林信康の「26ばんめの秋」、RCサクセションの「スローバラード」を練習する。「26ばんめの秋」は何とか弾けるようになった。
久し振りだったので、弦を押さえる指が痛い。ガットでこれだ。スチール弦だったら無理だったな。
夕方ビール。
結婚記念日祝いだといって、父が焼き鳥を買って来てくれる。夕食は焼き鳥、サラダ、なめたけおろしでビール、酒。食後に泡盛。
寝しなにカティーサーク。
昨日は、みほ落語会。クルマドの風景を撮りながら美浦へ行く。
私は『棒鱈』を演る。『棒鱈』については、以前に記事にした。風柳の根多帳⑪『棒鱈』
楽しくやれた。
帰って、妻と夕方ビール。
夕食はホットプレートで鶏肉を焼き、「紫峰」の焼肉のたれで食べる。酒は古河の地酒「御慶事」。旨し。
寝しなにカティーサーク。
今日の日記。
朝、パン、ホットミルク、ウィンナーソーセージ入りスクランブルエッグ。
S君と出掛ける。笠間から宇都宮へ向かう。里の秋の風景を見ながら車を走らせる。
昼は益子町で味噌ラーメンを食べる。
宇都宮の冤罪支援の会。再審法改正に取り組んでいる弁護士の講演を聴く。
クルマドの風景を撮りながら帰る。
6時頃、帰る。
夕食は塩ちゃんこ鍋、父が作ったもつ煮込みで酒。シメにうどん。食後にカティーサーク。
今頃の季節だったと思う。大学1年の頃、落研のメンバーで山登りに行ったことがあった。
リーダーは4年の小柳さん。二つ目時代の高座名は雀志(じゃんし)。いい名前だ。名人二代目金瓶梅さんの前名である。真打昇進に伴い初代小柳を襲名され、小柳流家元を名乗られた。だから、私にとって「家元」といえば談志ではない。小柳さんなのである。そして、3年の風扇さん、同級生の酒合丈くんと夕姫さん、私、弥っ太くんもいたような気がする。多分、小柳さんが「山登りに行こうぜえ」と言ってメンバーを集めたのだと思う。
「目指すは奥多摩の棒ヶ峰だ」と小柳さんは言った。「昼飯は何とかするから、水だけは用意しろ」
その日、私はアパートにあったコカ・コーラの1リットル瓶に水を入れて愛用のUSアーミーのショルダーバッグに詰め、南武線に乗って集合場所の登戸に行った。
空は秋晴れ。絶好の行楽日和である。
皆は小田急線でやって来た。南武線で終点の立川まで行く。私のアパートは南武線の起点、川崎駅にほど近い(最寄り駅は隣の尻手だったが)。この日、私は南武線ほぼ全駅制覇を果たしたことになる。我々は、立川から青梅線に乗り換えた。
二俣尾という駅があった。ここは後に村上春樹の『1Q84』で「ふかえり」が暮らす家の最寄り駅として登場する。私はずっとここで降りたと記憶していたのだが、ネットで調べてみると、どうやらその隣、軍畑駅かその先の川井駅だったかもしれない。
リーダーの小柳さんを先頭に山に入る。木漏れ日が美しかったのと、沢を渡る橋の所で、金田一耕助の物真似をしてウケを取ったのぐらいしか覚えていない。
棒ヶ峰は一般的には棒ノ折山というらしい。標高は958m。ネットで調べると、軍畑駅を8時に出ると、頂上には13時過ぎに着く。頂上で昼飯を食ったから、大体、このルートを通ったか。
頂上は原っぱみたいになっていて、見晴らしがよかった。小柳さんがお湯を沸かしたのを覚えている。カップラーメンでも食べたか、コーヒーを淹れてパンでも食べたか、どちらかだったのだろう。
下山途中、暗くなりかけた頃に道に迷いかけてビビったが、何とか無事に駅にたどり着いた。下りの方がきつかったような気がする。
行きと同じように電車を乗り継いで、登戸に降り立った。
「せっかくだから、飲んで帰ろうぜえ」と小柳さんが言う。
登戸駅前の、大田屋という店に入る。そこで私たちはおでんで熱燗を飲んだ。身体の芯から温まった。山登りの疲れがいい具合にほぐれた。いかにも昭和のおでん屋という佇まいで気持ちが落ち着いた。楽しい酒が飲めた。好みの店だったが、学生の身だ。一人で飲みに行くことはない。南武線で通っていたのは私だけだったから、この店の暖簾をくぐる機会は、それ以降なかった。
卒業後、登戸駅は建て替えられた。ずいぶんきれいになったが、この一角はしばらく昔のままだった。写真は2012年のもの。「携帯の王子様」という店の隣がそれである。
その日はいい気分で再び南武線に乗り川崎のアパートに帰った。
ただ、私は山登りにはハマらなかった。山登りは疲れるから嫌だ。散歩ならいくらでもいける。途中でコーヒー飲んだりビール飲んだりできるからね。山登りはこうはいかない。ただ、あの頂上からの景色はいい。つらい思いをしたからこそいい。それは分かるが、でも、私は散歩の方がいい。
曖昧な記憶をもとに書いたが、書くことであの頃に気持ちを飛ばすことができたよ。奥多摩の空気。南武線から見た景色。登戸のおでん屋。そんなものの中に、身をあずけることができたような気がしたな。山登りの話が、いつの間にかおでん屋の話になっちゃったけど。
付記。
風扇さんからメッセージをいただいた。降りた駅は川井、昼飯はラーメンを食べたとのことだった。他に3年の雀窓と私の同期の楓さんも参加したようだ。雀窓さんはウィスキーを持って来て頂上で飲んだという。
人の記憶というのはそれぞれ残っている所が違っていて面白い。風扇さんは登戸で飲んだ記憶が欠落していた。こういう話はひとりの記憶をたどるだけでは限界があるんだなあ。
昨日の日記。
朝、御飯、味噌汁、目玉焼き、ウィンナーソーセージ、鯖の水煮オニオンスライスのせ。
地域のイベントに参加する。秋晴れ。
午後はごろごろしながら昔のカセットテープを聴く。高校の頃、テレビから録音したビートルズ武道館公演。当時は「あんなものに武道館を使わせるな」と非難されたという。1966年、彼らは既に『ラバーソウル』を発表し、アイドルからの脱却を始めていた。いちばんの新曲が「ペーパーバックライター」。「ノーホエアマン」なんかライブでやってたんだ。ビートルズを「騒音」で片づけていた人たちは、彼らの音楽をきちんと聴いていたんだろうか。いなかったろうね、多分。
ビートルズ来日10周年記念番組のテレビからの録音だから、当然音はもうひとつ。ベースが強く、ドラムはほとんど聞こえない。でも、あの頃、どきどきしながらブラウン管を見つめていたことを思い出す。
そういや、「ペーパーバックライター」の時、ポールのマイクが、何度直しても横を向いてしまい、歌うのに苦労していたっけ。斉藤和義がミュージックビデオで武道館ライブのパロディをやっていたけど、このくだりを完璧にコピーしていて感心したよ。
妻と夕方ビール。
夕食は天ぷらで燗酒。食後に妻と白ワイン。寝しなにカティーサーク。
今日の日記。
朝、パン、ホットミルク、チキンナゲット。朝から雨。
テレビでやっていたマラソンのオリンピック選考会を見るともなしに見てしまう。レースを最初から引っ張った川内は最終的には4位だったが、その気迫のこもった走りには感動した。フルマラソン130回目、まさに鉄人だな。代表となった小山、赤崎はともに五輪初出場、見事なレース運びだった。
昼は無印のカレーを並べてカレパ。旨し。
小泉今日子の『黄色いマンション黒い猫』を読む。
夕方、妻と餃子を作りながらビールを飲む。
夕食はホットプレートで餃子を焼きながらビール、酒。食後にカティーサーク。
今年の都道府県魅力度ランキング、我らが茨城県は2年ぶりに最下位を奪還した。ランキングをやる以上、最下位はどうしても出る。では、そこは我が県に任せてもらおう。下手に埋もれてしまうよりも、いっそ最下位の方が目立っていいや。
今日は夕方まで雨が降った。ずーっと家にいた。
鹿島海軍航空隊基地跡地。美浦村の大山湖畔公園にある。
海軍の水上機訓練施設。第二次大戦末期には特攻隊が編成され、沖縄での特攻作戦に参加したという。
終戦後、東京医科歯科大霞ケ浦病院の分院として使用された。閉院後は廃墟化していたが、この度保存されることが決まり、土日には一般公開もされている。
私が行ったのは平日の夕方だったので、道路から何枚か写真を撮った。
現在、本部庁舎、ボイラー棟、車庫などが残っているが、廃墟感がすさまじい。ネットの情報では心霊スポットとしても知られていたようだ。
何にせよ、こういう施設が保存されるのは意義あることだ。機会があれば展示も見てみたい。