落研の頃の持ちネタに『棒鱈』がある。こんな噺だ。
料理屋で兄貴分と飲んでいた酒癖の悪い江戸っ子が、隣の座敷で田舎侍がドジな料理の頼み方をしたり唄を歌ったりするのに腹を立てて絡む。やがて始まる大喧嘩。折しも「鱈もどき」という料理を作るのに胡椒の粉を振っていた板前が駆けつけ二人を止める。ところが胡椒の粉を振り撒いてしまい、皆、くしゃみが止まらなくなって喧嘩はうやむやになる。サゲは「二階の喧嘩、どうなった?」「今、胡椒(故障)が入った」
「棒鱈」とは干鱈のこと。俗語で「まぬけ、酔っ払い、野暮天」のことをいう。
サゲの「故障」は「物事が滞る」という意味。
私の学生時代、柳家さん喬が得意にしていた。当時、彼は二つ目だったが、その上手さは際立っており、この『棒鱈』はべらぼうに面白かった。
この間、柳家さん喬・喬太郎共著の本を立ち読みしていたら、喬太郎が「師匠(さん喬)の『棒鱈』と大師匠(五代目小さん)の『猫の災難』は聖域」と言っていた。両方持ちネタにしてしまったのは申し訳ないが、とても共感できた。
私はさん喬のテープで覚えた。しかし、耳で聞いただけでは限界があったなあ。特に田舎侍が歌う唄。最後のは「利休」だとばっかり思っていた。歌詞もよく分からず、いい加減にやった。自信が持てなかったからか、校内寄席で一回かけた切りだった。
卒業後、後輩の女の子から「『棒鱈』を稽古してるんですけど、歌の文句がよく分からないんです。教えてください」という電話がかかってきた。
ちゃんと答えてあげられなかったのを、今も後悔している。
ところが、何年か前、『近代はやり唄集』(岩波文庫)を買ったら、あの唄があったのである。タイトルは『琉球節(りきゅうぶし)』。田舎侍が歌っていた部分はこんな歌詞だった。
「琉球へおじゃるなら/草鞋はいておじゃれ/琉球は石原こいし原」
これで長年の胸のつかえがとれた。
そこからいろいろ考えた。
『琉球節』を歌うところをみると、この侍は薩摩の者か。
この唄の出典、『古今流行音曲惣まくり』は明治24年刊。ということはこの噺の成立は明治時代。官憲(特に薩摩士族)が権勢をふるう中、江戸っ子の憂さ晴らしのためにできたとも考えられる。官憲そのままではまずいので、江戸時代の侍にした。訛りも、もろ薩摩弁というのではなく、ほのかに九州弁をにおわせる落語国の言葉にした。
酒癖の悪い江戸っ子の絡みに田舎者蔑視を感じるのがこの噺の難だが、そう考えれば江戸っ子の気持ちも分からないではない。敗者のやっかみならば共感できる。
おっ、これはできるかな。
サゲが分かりづらいので、マクラで仕込むか。サゲを言ってお客がもにょっとするのも気の毒だ。野暮かもしれないがそうしよう。
で、きのこ寄席で演っちゃった。けっこうウケたよ。学生の頃より、色々考えた分よくなったんじゃないかなあ。年を取るのも悪くない、とまた思った。
十年以上前、ラジオで柳家さん喬の『棒鱈』を久し振りに聴いた。(この音はテープに録ってある。)何とまあこれが鹿児島での公開録音。もし意識してこのネタを出したのだとしたら、さん喬、意外とブラックか?
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