ページビューの合計

2016年9月30日金曜日

今日はお休み

9月も今日で終わり。平日の休み。

昨夜アマゾンで注文したCDの代金を石岡のセブンイレブンで支払う。
筑波山がきれいに見えていたので、その帰り、霞ヶ浦の堤防に出る。
爽やかな秋晴れ。頬を撫でる風が心地よい。
湖上には鴨の群れが泳ぐ。
30分ほど、ぶらぶら歩く。

10時過ぎに帰り、黒門町の『厩火事』をレコードで聴く。

昼食は妻と石岡の珈琲哲学。
妻はシーザーサラダとピザ・マルゲリータのランチ。
私はキャベツと海老のペペロンチーノと、ランチミックス・ピザのランチ。
久し振りに夫婦水入らずの食事を楽しむ。

午後は風邪気味の長男を医者に連れて行く。
帰りに買ったハートランドビールを、夕方飲む。旨し。

夕食は、ホットプレートで焼いたビビンバで酒。
1日、のんびり休ませてもらいました。

ソバの花。
茨城のソバも旨いよお。

霞ヶ浦には鴨が泳ぐ。

鯉の養殖場。

霞ヶ浦越しの筑波山。

ヒガンバナも満開でした。


2016年9月27日火曜日

火の見櫓 その2

火の見櫓特集第2弾です。ストックもそれほどないので、細々と続きます。(あまり需要はないと思うけど。)

茨城町小鶴。

鉾田の街中。
今はもうない。

小川小学校に上がる道。
屋根が取り払われている。

坂の上から撮ってみた。
これもいいねえ。

役場の敷地内にあるやつ。
となりにあるのは初代村長の銅像。

旧美野里町鶴田。
三叉路にある。
きちんと半鐘も付いていて、えらい。

2016年9月24日土曜日

ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンド 川崎 鶴見


ここんとこ、ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドの「鶴見ハートエイク・エブリナイト」と「住めば都」をヘビロテで聴いている。大学の頃、川崎の四畳半のアパートで、サントリー・レッドをあおりながら、本当によく聴いたナンバーだ。

1980年、ダウンタウン・ブギウギ・バンドは、それまでのヒット曲を封印し、ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドとして、性的な歌詞の、過激な歌をひっさげてライブ活動を始めた。そして、この年のうちの大学の学園祭のライブが、このダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドだった。
私は知り合いの実行委員から、「あまり売れ行きがよくないの、買って」と言われてほいほい買ってしまったのだが、いやあ買ってよかった。聴いてぶっとんだよ。(この時のステージは客のノリがいまいちということもあり、宇崎竜童は不満そうだったが。)
過激な曲もよかったけど、宇崎の疾走感がたまらなくかっこよかったなあ。「シネマ横丁」、泉谷しげるのカバー「春のからっ風」、そして何より京浜工業地帯を色濃くイメージさせる「鶴見ハートエイク・エブリナイト」と「住めば都」に心を奪われた。
夏休みに帰省した時、今はなき石岡の西友のレコード屋でアルバム『海賊版』を見つけ、速攻買った。そして、それを90分のカセットテープにダビングして川崎のアパートに持ち帰ったのである。

中でもいちばん好きなのは「鶴見ハートエイク・エブリナイト」である。

「定期便が走る度 揺れる国道沿いの街  
俺の女が今 横断歩道渡る
窓越しに見えるのは 空にそびえるコンビナート  
見飽きた風景の中 昨日と同じ俺がいる」
とか、  
「サンダルをつっかけて 店に出るのさ今日もまた  
長い髪をかき上げ もの憂げに振り返る  
煤煙の染みついた モルタルの壁にもたれりゃ  
夜を狩りだすように 見えない夕日が沈む 」
なんてフレーズがしびれるよなあ。  

You-tubeにライブ映像がアップされているので、是非見て欲しい。かっこいいぞお。
この曲を聴くと、あの頃の川崎の夜を思い出す。(鶴見は横浜市だけど、歩いてもすぐのお隣さんです。)
私のアパートは幸区にあり、臨海工業地帯に程近いとは言えなかった。それでも近くには東芝などの工場があり、路地から通りに出れば、高い煙突の先に点滅する赤い灯が見え、その向こうの夜空はオレンジ色をしていた。
そして「住めば都」。(これもYou-tubeにライブ映像がアップされている。)「駅からゼロ分駅ビルの街」が泣かせるなあ。(当時の川崎駅ビルは東洋一の威容を誇っており、「駅からゼロ分」はそのキャッチフレーズだった。)
キャロル(特にジョニー大倉)もそうだが、川崎・鶴見と言った京浜工業地帯は、まさにロックンロールの似合う街なのだよ。


八丁畷商店街。

浜川崎駅構内。

浜川崎駅を出た所。




2016年9月21日水曜日

お彼岸

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、きちんと涼しくなるんだねえ。
この前の敬老の日(ハッピーマンデーの月曜日でした)は、彼岸の入り。家族と墓参りをして来た。
天気も悪かったので、雨が降る前にささっと行っちゃおう、ということになったのだ。

うちのお墓は、ご先祖様が裁縫所をやっていた時の教え子が建ててくれた。
墓石を見ると、明治34年と刻んである。祖父が明治18年生まれだから、16歳の時か。その時にはもう養子に来ていたのだろうな。
戦死した伯父の墓石には戦歴が刻んである。伯父はビルマ派遣軍森隊10357部隊に所属していたことが分かる。ネットで調べても、この部隊の詳細は分からない。どの師団に入っていたのだろう。

花を手向け、線香をあげる。
こういう時、長男も次男もとても丁寧に手を合わせ頭を下げる。

お寺の本堂は数年前新築したばかり。

このお堂は修理するのだろうか。壁が取り払われていた。
子どもの頃、ここの縁の下で土団子を作って遊んだっけ。

ヒガンバナが咲きはじめ。

この後本屋に行って、中山康樹の『誰も書かなかったビートルズ』を買う。
昼は家で盛り蕎麦。岩手の乾麺だが、これが腰があって蕎麦の風味が濃く、旨い。
夕食は次男のリクエストで秋刀魚の塩焼き。府中誉を冷やで飲む。

2016年9月18日日曜日

長男と土浦散歩

今日は妻と次男がお出掛け。
鳥取の小柳師匠へ梨のお返しに佃煮を送ろうと、長男を連れて土浦に行く。
小松屋でいつもの詰め合わせを発送。土浦駅前で長年店を構える老舗である。
ついでに昼飯を食おう。
「何処がいい?」と長男に訊くと、「亀屋か吾妻庵」と答える。シブいぞ、中3。そして、「この前は吾妻庵だったので、まずは亀屋。開いてなかったら、吾妻庵」と言うので、雨の中、ぶらぶら歩き出す。
市役所の前では、アマチュアバンドのライブをやっていた。「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」を背中で聞きながら歩く。
雨の土浦も風情があっていいねえ。



亀屋は開いていた。喜び勇んで店に入る。
長男はカキフライ定食、私はカツ丼を頼む。カツ丼は甘辛い、しっかりした味付け。この店の看板メニューだ。いやあやっぱ旨いわ。

カツ丼、850円。

アップで。

この昭和な雰囲気がたまんない。

亀城公園を抜けて行く。


中城通りに出る。

東日本大震災でダメージを受けた矢口酒店の修復が終わったようだ。

震災直後はこんな感じでした。


次はここで食べようか。吾妻庵総本店。

旧霞月堂店舗。大好きな看板が取り外されていた。

これね。

駅ビルの本屋に寄って帰る。
家に着くとすぐ妻たちも帰って来た。
おやつに妻たちのお土産、ドーナツを食べる。
次男が帰って来て開口一番、「お父さんの好きなハニーデップ買って来たよ」と言ってた。旨し、でありました。

2016年9月16日金曜日

飲み屋街

こうして見ると、飲み屋街にも色んな名前がありますなあ。

水戸、旦那横丁。いい名前だ。

岐阜県大垣。大垣城近く。

こちらも大垣。

浅草。

ご存知、新宿歌舞伎町。

渋谷、のんべい横丁。

ここに載せたとこで、実際に飲んだことがあるの、歌舞伎町ぐらいです。
どこもそそるんだけどね。

2016年9月12日月曜日

続古今亭志ん朝と蕎麦

玉子丼という丼物。親子丼から鶏肉を抜いたもの、といえば手っ取り早いか。
まあ、あまりそそらないメニューだ。肉気は欲しいもんね。
学生時代、私は落研にいたのだが、合宿の時の最終日の昼飯が、必ずと言っていいほど、この玉子丼だった。がっかりしたねえ。玉ねぎが嫌いな先輩なんか、卵でとじている奴を懸命に取り除いていたっけ。

ところで、蕎麦屋にセットメニューってありますな。ミニ丼に、もりそばか、かけそばが付くやつ。ミニ丼のラインナップと言えば、カツ丼、天丼、親子丼といったところがメインだろう(ねぎとろ丼とか牛丼なんかもあるんだろうけど)。
じゃあ、ここに玉子丼があるとどうだろうか。そして、その相方が、かけそばだったら。その指名順位、相当に低いものになるのではないだろうか。それは、蕎麦屋の中で丼物部門と蕎麦部門において、最も軽んじられている者同士の組み合わせだと言っていい。(同じ蕎麦のみでも盛りの方はどこか通のイメージが漂う。)
しかし、この「玉子丼にかけそば」を好んだ人がいる。これが、あの古今亭志ん朝だと聞くと、誰しも意外に思うだろう。
江戸の粋を体現するような志ん朝だが、実はこの手の嗜好が強い。 

雑誌『太陽―特集そばを極める』に収められた「ささやかな道楽」の中で彼は、「食い意地が張ってるもんだから、そばはせいろとタネものと、両方いっちゃいますね」と言っている。ってことは「もりそばと天ぷらそば」なんて組み合わせもあるんだ。昔同僚が「ラーメンともりそば」を頼んでいるのを見て、「いくら何でもそれはないだろう」と文句を言ったのだが、志ん朝も同じようなことをしていたんだなあ。
また、「そば屋のネタを使って、自分で創作することもある」と言う。例として挙げられているのは2つ。
一つは尾張屋のかき玉そばとライス。はじめにかき玉そばのそばだけ食べて、残ったかき玉と餡をご飯にかけて、薬味のすり生姜を足してずるーっと食べる。これが風邪や二日酔いの時には最高だという。
もう一つは翁庵のねぎせいろとライス。本来温かいつゆに白髪ねぎと揚げ玉が入っている所に、ある時期から小さいイカのかき揚げが入るようになった。このイカのかき揚げをご飯にのっけて、つゆをかけてしばらく置く。そしてそばをつーっと食べて、そば湯をもらってつゆに足して、吸い物代わりにしながらちいちゃな天丼を食う、といった次第。
どうです?旨そうでしょ?

五街道雲助が前座の時分、古今亭志ん生の家に手伝いに行っていた時に、志ん朝が遊びに来た。
「腹が減ったから蕎麦屋に電話してくれよ」と頼まれた雲助は、粋にもりでも手繰るんだろうと思って「何に致しましょう」と訊くと、志ん朝に「カレーうどんに、ライスも付けてもらってくれ」と言われ、ぶっとんだという。
あまりに意外だったので仲間に話したら、回り回って当人の耳に届いた。志ん朝は雲助にこう言ったという。
「駒七(雲助の前座名)は粋がっているだけなんだ。蕎麦ばかり食うのが粋じゃないんだよ」
志ん朝が食うからカレーうどんも粋になるのか、さらっと自然体で食う姿が粋なのか、いずれにしてもこのエピソード、私は「粋」だと思いますがね。

2016年9月9日金曜日

お洒落な店

お洒落なお店2店。なかなかいいでしょう。


こちらは石岡。
ロンドンオリンピックでの女子レスリングのコスチュームを思い出させますな。

こちらは笠間。

ちなみに茨城弁で「おしゃれ」を「おしゃらく」と言う。多分「お洒落」という字面からきているのだろう。
発音する時は「おしゃらぐ」と濁る。例えば「そーたにおしゃらぐしてどごさ行ぐんだ?(そんなにおしゃれしてどこへ行くのだ?)」といった具合。では、リピート・アフター・ミー。「そーたにおしゃらぐしてどごさ行ぐんだ?」

大洗には「おしゃらく稲荷」というのがあります。


2016年9月4日日曜日

ちょっと昔の向ヶ丘遊園、登戸

ちょっと昔の小田急線向ヶ丘遊園界隈。
私の通った大学の最寄駅である。
この辺も随分変わったよ。

遊園地までを結ぶモノレールがあった。
廃線になり撤去された。

「向ヶ丘百貨店」とうっすら書いてあった記憶がある。
戦後の匂いがぷんぷんしますなあ。

南口から北口へ向かう踏切。


同じ建物を別方向から。
シブイねえ。


中華料理「じょんじょこ」。
インパクトのある店名のせいか、今も懐かしむ人が多いみたい。


同じ建物の夏冬バージョン。

この店は、登戸と遊園の中間ぐらいにあった。
入ったことはなかったが、心惹かれる佇まいだった。

登戸までは南武線を利用していた。
登戸のちょっと昔の風景も載せておきます。

登戸駅付近。
この奥に立ち飲みができる酒屋があった。

登戸の駅から多摩川に出る途中。

東京都狛江市と神奈川県川崎市とを結ぶ鉄橋。

多摩川の河原にあるお店。
この時はおでんで酒を飲んだ。