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2026年4月19日日曜日

新緑の季節、もうひとつのタコパ

朝、トースト、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、紅茶。

朝イチで床屋。散歩がてら歩いて行く。

桜が終わると新緑の季節。



床屋のご主人とニュースを見ながら世間話。何にせよ「トランプとネタニヤフはよくない」という結論になる。

コーヒーをごちそうになり帰る。

妻と息子たちと買い物に出る。妻の誕生日プレゼントにユニクロでジーンズを買う。

昼はマクドナルドでチキンタツタセット。今年も妻が好きなチキンタツタの季節がやって来た。私も大好き。独身の頃はあまりマクドナルドを利用することはなかったが、結婚してから食べるようになった。旨し。

帰りに業務スーパーに寄る。品揃えが面白い。

ただ冷凍食品が多いせいか、店内が寒い。堪らず外に出る。趣のある池を発見する。

帰ってストーブをしまう。残っていた灯油はボイラーに入れた。ボイラーを見ると残り少ない。早速、灯油を買いに行く。

裏庭にきれいな花が咲いていた。

バジルの種を蒔こうとしたら、土が足りない。妻とカインズホームに行く。

運動公園では、明日、大相撲の巡業があるという。幟がずらりと並んでいる。壮観。



無事、バジルとパセリの種を蒔く。

父が知り合いから苺をたくさんもらった。完熟なので、可能なだけ皆で食べ、残りをジャムにすることにした。妻が苺を煮始めた。甘い匂いが漂う。私は夏目鏡子『漱石の思い出』を読みながら、ショパンのピアノ曲を聴く。贅沢な時間だな。

夕方、地区の会議。

18時少し前に帰る。妻と夕方ビール。

夕食は妻の提案でタコパ。タコパと言ってもたこ焼きパーティーではない。タコスパーティーである。業スーで買ってきたトルティーヤに、色々な具材を挟んで食べる。旨いんだ、これが。白ワインが進むなあ。

食後にカティサーク。妻は白ワイン。

何か、今日はちょこちょこ動いたな。いい天気で、汗ばむ陽気だった。いい休みだったよ。

2026年4月18日土曜日

今日の日記

朝、御飯、味噌汁、さばオニオン。

細々したことをして、コーヒーを淹れ、『風、薫る』総集編を観ながら飲む。

妻は仕事。私は父と田圃に行く。

田圃に肥料を撒く。例年、平日に父がやってしまっていたのだが、体がきつくなったと言う。ならば、おれがやるよ、ということになる。20㎏の肥料が5袋。合計100㎏を撒く。ひたすら田圃の中を歩き回る。6000歩、2時間ちょっとで終わる。

裏山に行ってみると、筍が生えていた。3本掘り出す。


下の畑では八重桜が満開だった。

骨休めをしながら、チェット・ベーカーを聴く。歌うトランぺッターといえば、まずはルイ・アームストロングか。サッチモがコミカルで明るい(それはどこか哀しみを帯びているけれど)のに対し、チェット・ベーカーは繊細で瑞々しい。青春の青さ、苦さがしたたり落ちるような歌声。すばらしい。

昼は次男が作ってくれた担々うどん。旨し。

テレビでタカトシのバス散歩の番組をやっていた。牛久に来ていたので、思わず観てしまう。タカトシ一行は、シャトーに行った後、6号沿いのモツ屋でランチを食べていた。入ったことはないけど、前はよく通る。なかなかボリューミーで旨そうだったな。今度、食べてみようかな。

14時頃、妻が帰って来る。

おやつに義妹にいただいた京都土産の生八つ橋を食べる。

予約をしていたケーキを取りに鉾田のラ・プロヴァンスへ。帰りに、いま泉でキムチを買う。

地区の会議。

夕食は、ちょっと早いけど、妻のお誕生会。父が買ってきた肉で焼肉。ビール、酒。酒は、この間父が買ってきた川越の地酒、鏡山純米吟醸。旨し。シメは焼きそば。ケーキは別腹。こちらも旨し。

寝しなにカティサーク。

2026年4月16日木曜日

コトシノ、サクラ

スマホにあった今年の桜。

まずは、ちらほら咲き始めた頃の、うちの下の畑の桜。


 職場の、雨ん中の桜。

石岡市南台の満開の桜。



かしてつバス、バス専用道路。旧鹿島鉄道東田中駅付近。


晴れの日の職場の桜。


仕上げは、通勤途中にあるしだれ桜。




今年の桜もきれいだったな。

桜の季節は苦手な時期でもある。新生活は何かと疲れるのだ。おろしたての服が肌になじまないように、散髪したての顔がどこか気に入らないように。まあ、それでもいつの間にか慣れてしまうんだけどね。

週末は夏日になるという。桜が終わったら夏日かい。今年の春も短いのかねえ。


2026年4月12日日曜日

ネモフィラを見に行く

朝、パン、スープ、チキンナゲット、スクランブルエッグ。

いい天気。妻がふと思い立って、国営ひたち海浜公園に行かないかと言う。息子二人も行くというので、親子4人で出かける。

8時過ぎに出る。駐車場近くは渋滞していたが、開園の9時30分ごろには着いた。

今年から私はシニア料金で入ることができる。安くなるのはうれしいが、複雑な心境。

まずは見晴らしの丘へ。

ネモフィラは五分から六分咲きといったところか。


随分人が出ておりました。

この時期はチューリップもきれい。


ぶらぶら歩いているうちに11時過ぎ。ここらでひと休み。ソフトクリームを食べる。

息子たちが小さい頃、連れてきた遊園地エリアを散策。けっこう遊具が変わったなあ。ゲームコーナーで男子3人でストラックアウトをやる。6つ当てた。次男と同点。球速は息子たちよりも出たよ。

12時過ぎに海浜公園を出る。お昼は近くのフライングガーデン。昼時で客が多い。少し待つ。

看板メニューの爆弾ハンバーグ和風ソース。私はスープセットにした。

しっかり肉の味がして旨かった。

15時頃帰宅。妻と夕飯の買い物。

猫の脱出防止パネルを作って、妻と夕方ビール。

夕食は、チーズオムレツ、海ぶどう、シューマイ、刺身こんにゃく、鰹の刺身で燗酒。食後にボウモア。ボウモアは今日で飲み切った。ひと月以上楽しませてもらったよ。


つげ義春夫人、藤原マキの『私の絵日記』(学研M文庫・2003年)を再読。親子3人のつつましい暮らしの記録。しかし、ちょうどこの時期、つげは不安神経症を発症する。マキ自身は数年前に子宮がんになっている。切実な内容でありながら、静かなたたずまい。簡潔で素朴な語り口がいい。そして、何と言っても絵が素晴らしい。決して巧みな絵ではない。だが、細部までしっかり描き込まれたそれは、つげ義春を思わせる。夫婦は絵まで似るのか。

藤原マキは1997年、進行性スキルス胃がんを発病し、1999年に亡くなった。それからの四半世紀余りを、つげ義春はひとり息子正助と二人で生きた。

2026年4月11日土曜日

夏日の畑仕事

朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、漁師のぶっかけ海苔。

細々したことをやり、コーヒーを淹れ、『風、薫る』を観ながら飲む。

妻は仕事。

父とじゃがいもを植える。例年、平日に父がやってしまっていたのだが、今年は種いもを買っていながらそのままになっていた。晩飯の時に聞くと、面倒になったと言う。ならば、週末おれがやるよ、ということになった。

よく晴れて、天気予報通りの暑さ。息子たちも手伝いに来て、無事、植え終わる。桜が散ると新緑の季節だ。


骨休めにサッチモを聴く。「この素晴らしき世界」。「緑の木々が見える/真っ赤なバラも咲いている/私と君のために/私はひとり思う/なんて素晴らしい世界なんだと」と歌うこの曲は、1967年に発表された。時はベトナム戦争のさ中。その歌詞には反語的な意味がにじむ。世界は美しい。でも、人の世はクソだ。昔も今も、いかれた権力者が、いかれた戦争をおっぱじめ、世界を巻き添えにする。

昼は次男が作ったじゃじゃ麵。農作業の後のじゃじゃ麵は旨い。

今日の『有吉の正直散歩』は南千住。また歩きたくなったなあ。

午後は父と、茄子、トマト、かぼちゃの苗を買ってきて、畑に植える。

妻と次男とで夕方ビール。

夕食は、ピザ、チキンカツ、焼き茄子でビール、白ワイン。食後に妻とかぼす梅酒。

寝しなにボウモア。

2026年4月7日火曜日

日本橋界隈を歩く

東京での同窓会の日。東京駅で降りて、八重洲口から出た。

まずは店を探す。店は呉服橋の交差点の近くにあった。

時間もたっぷりあるので、ゆっくり散歩することにした。起点はやはり日本橋だな。




こんなにじっくり日本橋を見るのは初めて。うーん、第一級の歴史的建造物だな。

日本橋三越がどーん。

兜町の方へと足を向ける。この辺は重厚な建物が多い。


ダイヤビルディング

公証役場

町名の由来になったのかな、兜神社。




兜町の顔、証券取引所

鎧橋のたもとにお地蔵様。橋を渡れば小網町。落語『宮戸川』の「小網町の半七が来たよ」の小網町。


小網町から蛎殻町、茅場町。粋な町名が続くねえ。

桜並木もある。


東京駅に近づきながら、あちこちの路地に入る。ビルばかりだと思っていたが、私好みのシブい建物もけっこうある。







高島屋では、長嶋茂雄展をやっていた。

1時間半ぐらい歩いて会場へと向かう。

「東京の中枢は丸の内」と榎本健一の『東京節』を口ずさみながら歩いたよ。もっとも、丸の内は東京駅の向こう側なんだけどね。