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2026年3月15日日曜日

土日の日記

昨日の日記。

朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、納豆。

『ばけばけ』の総集編を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。錦織さんの退場に思わず涙する。後でNHK ONEで本編も観ちゃったよ。

妻は仕事。私は灯油を買いに行く。この間まで、18ℓで2000円ぐらいだったのが、2580円になっている。アメリカさんのせいだよ。

昼は次男が作ったマルちゃん正麵醤油味。ちゃんとキャベツにハムが入っている。旨し。

午後は細かい絵を描く。

妻と夕方ビール。大相撲春場所は綱取りに挑戦している安青錦が痛恨の4敗目を喫した。今場所は相手にもぐらせてもらえない。相当研究されているようだ。でも、今までが順調すぎたんだ。壁は今のうちに当たっていた方がいい。横綱になってからではきついからなあ。

夕食はホットプレートでお好み焼き。燗酒を飲む。珍味もホットプレートにのせて焼いてみた。これが燗酒にまたよく合うんだな。旨し。

食後に妻と白ワイン。寝しなにボウモアを飲む。


今日の日記。

朝、マフィン、紅茶。鶯の声を聞く。

NHK『自然百景』を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。

ニュースを見ていたら、アメリカの大統領が、「ホルムズ海峡を使う国は護衛艦を出すことになるだろう」と述べたそうだ。日本も名指しされたらしい。護衛艦を出せば、攻撃目標になるだろうし、攻撃されたら戦闘になるだろう。戦争はもう廊下の奥に立っているのかもしれない。

昼は、次男と妻が作った、ニラ挽肉炒め丼。旨いねえ。

午後、妻と長男とで市の生涯学習センターで行われるピアノコンサートに行く。ショパンの『ノクターン遺作』、ベートーヴェン『月光』、リスト『ラ・カンパネラ』などを堪能。後半はソプラノとピアノの共演で『トゥーランドット・誰も寝てはならぬ』などが演奏された。すべて生音。贅沢な時間だった。戦争なんかやめてしまえ、と思った。

大相撲は横綱大関全敗となった。1敗同士の関脇対決、高安・霧島戦は、熱戦の末、霧島の勝ち。両者とも力を出し切った、名勝負だった。

妻と次男で夕方ビール。

夕食は鶏つくね、ポテトサラダ、麩チャンプルーで燗酒。旨し。

食後にボウモア。

この前撮った、沖洲からの霞ケ浦。

2026年3月14日土曜日

大利根紀行⑤ 銚子観光、旅の終わり

8時30分、チェックアウト。

高山T君のリクエストで、近代歴史建築を見に行くことにする。

旧公正會舘。1926年(大正15年)4月竣工。ヤマサ醤油の15代目当主、濱口儀兵衛が中心となって設立した財団法人公正會によって建設された。ここに夜間中学と図書館が併設されたという。今もこの建物の裏手は図書館になっている。

美しい建物だなあ。すぐ近くには、洒落た橋もあった。

この川の少し上流にはヤマサの工場がある。


ヤマサに行ったら、ヒゲタに寄らねばなるまい。

というので、ヒゲタの工場。

少し遠目だったので拡大してみます。

重厚だねえ。1616年創業。ヤマサの創業は1645年だから、それよりも古い。

ここからは観光だ。銚子といえば犬吠埼。私もしばらく行っていない。

灯台、わりと好きなんだよねえ。


犬吠埼灯台。1874年(明治7年)、イギリス人技師プラントンの設計で作られた。高さ32メートル、煉瓦造りの西洋式灯台である。2020年、国の重要文化財の指定を受けている。

高山T君とともに90段のらせん階段を上る。上に行って、自分が高所恐怖症であることを思い出した。強風もあり、とても長くはいられない。高山T君は山登りが好きで、高い所が好き。彼を置いて、私は下に降りる。

資料館を見物する。



犬吠埼の眺望は素晴らしい。

霧笛舎と灯台。ともに文化財だ。


お次は、やはり高山T君のリクエストで屛風ヶ浦に向かう。

カーナビの言う通り銚子ドーバーラインをひた走って行くと、旭市飯岡に出た。屛風ヶ浦の南端、断崖絶壁の上に飯岡灯台が立っている。

ところが、下に降りる道がない。ここは屛風ヶ浦の上だが、これでは屛風ヶ浦を見ることはできないではないか。

もう一度調べてみると、千葉科学大学マリーナキャンパスの近くに、屛風ヶ浦を望む遊歩道があるらしい。早速、カーナビに入れて、ドーバーラインを10㎞ほど戻る。こっちからの方が道路案内が親切だな。無事、遊歩道近くの駐車場にたどり着く。

屛風ヶ浦。銚子市名洗町から旭市刑部岬まで、約10㎞にわたり40m~50mの断崖が続いている。その絶景は、英仏海峡「ドーバーの白い壁」に匹敵するという。2016年に国の名勝、天然記念物に指定された。




壮観ですなあ。諦めないでよかったよ。

銚子電鉄の終点、外川駅に行く。



ホームには、ヤマサとヒゲタのベンチが仲良く並んでいる。やはり、ここでも両雄は並び立たなければならないのだ。


駅舎ではお土産を売っている。私は銚子電鉄名物「ぬれ煎餅」を購入。高山T君もそれに倣った。

お昼は銚子市街に戻り、銚子らしいものを食べることにしよう。

途中、千人塚の下を通る。1614年10月25日、銚子沖を襲った突風により鹿島灘に出漁中の漁船が遭難した。溺死者は1000人以上に及んだ。その死者を埋葬したのが、千人塚である。当時、利根川の河口は狭く、干満による潮の流れが速かった。銚子沖は「日本三大難所のひとつ」に数えられるほどの難所だったのだ。それが、東北地方から太平洋を南下する船が、いったん那珂湊から涸沼に入り、そこから荷物を陸路で霞ケ浦へ運ぶという、手間のかかるルートを選ばせる原因となった。

ポートタワーのある観光拠点、ウォッセ21に行く。日曜の昼時で、混雑しているのではないかとの懸念はあったが、行ってみるとほどほどの賑わい。車もすぐ止めることができた。

水産卸売センターを見る。スルメイカの一夜干しを土産に買った。

レストランの様子を見るが、「それよりも途中にいい感じの定食屋があったぞ。あそこにしよう」という高山T君の意見を採用。ちょっと戻った利根川沿いの定食屋に入る。先客はひと組。すんなり席に着くことができた。



少し迷ったが、私はメニューの筆頭にある、豚しょうが焼き定食をチョイス。別にイワシの刺身を一人前頼んで二人でつついた。汁はつみれ汁。自家製ではないが、うれしいじゃありませんか。旨し。

腹も膨れた。ここから帰途に就こう。利根川を遡り香取方面に向かう。ドライブのお供はクレイジーキャッツにした。植木等の軽やかな歌声。道端では、こぶしや木蓮が咲き誇る。春が来たんだなあ。

小見川に入る前、東庄町で火の見櫓発見。カメラに収める。


しかし、電柱や電線が邪魔だなあ。佐原の歴史的建造物を撮るのにも、これで苦戦した。高山T君は「無粋な電柱や電線が多い。佐原の街並み地域ぐらい電線を地中化してはどうか」と苦言を呈していた。

香取市を越えて神崎町の酒蔵、仁勇で純米酒を買って、高山T君に進呈。神崎町から利根川を渡る。その後は霞ケ浦西岸を北上する。

前回、高山T君が行きたがっていた、阿見町の予科練祈念館に寄る。ここには、ゼロ戦と人間魚雷回天の実物大模型がある。

「おれの伯父さんは、戦争末期、呉で回天の訓練を受けていたんだ。広島に原爆が落ちた時、伯父は防空壕を出ようとしたところだったが、呼び止められて命拾いをした。回天も破壊され、出撃は取りやめになったそうだ」と高山T君が言う。

私の伯父はビルマで、母方の祖父はニューギニアで戦死している。私たちの世代は直接戦争は知らないが、そういう形で戦争を知っている。同世代の政治家たちが「9条改正」に前のめりになっているのを見ると、複雑な思いを抱かざるを得ない。

隣接する陸上自衛隊武器学校には、旧海軍の遺構がある。


家に着いたのは16時ちょうど。これから高山T君は筑西の道の駅に行って車中泊し、翌日は平将門関係の史跡を巡るという。

「次は湖国探訪第二弾だな」と高山T君が言った。

そうだな。体が動くうちに色々やろう。再任用は3月で終了だが、二人とも4月からフルタイムで働くことになっている。

達者でな。私は筑西へと向かう高山T君の車を見送った。

2026年3月12日木曜日

大利根紀行④ 銚子の朝を歩く

年寄りの朝は早い。高山T君と私は各々朝飯を済ませると、6時45分に散歩に出た。

まずは利根川沿いから歩き出す。

銚子大橋を望む。


利根川河口の方。

波崎の風力発電。
きんと引き締まった空気。風も強い。

銚子漁港。

 漁港近くの通りにスナック発見。飲みに来るとすれば、この辺りだったか。

雑居ビルがあったり、居酒屋が何軒かあったりしたが、まとまった飲み屋街というのではなかったな。

もう少し歩けばヤマサの工場があるらしい。道路案内を頼りにぶらぶらとそちらへ向かう。

交差点に灯台。

やがて、ヤマサの工場にたどり着いた。






私は小学校の5年か6年の頃、ヤマサに工場見学に来たことがあった。50数年ぶりの来訪だ。何となく覚えがある感じ。あの時は、ヤマサの化学調味料、ハイミー入りの醤油をもらって来たんだっけ。それが気に入って、しばらく家ではヤマサの醤油を使っていた。

駅の方へ向かうと、シブい家並みを見つけた。


駅のロータリーにはこんな石碑もあった。


東京師範学校の生徒、東京から徒歩で来たらしい。全行程11日に及んだという。すごいねえ。

駅前にはチーバくんもいたよ。

チーバくんは横から撮らないと千葉県に見えないなあ。

メインストリートからわき道を歩く。

看板建築があったり、よさそうな飲み屋があったり。探している時には見つからないんだよね。



8時頃、ホテルに戻る。充実の朝の散歩だった。


2026年3月11日水曜日

大利根紀行③ 銚子の夜

神栖市波崎から銚子大橋を渡り、銚子に入る。

駅からのメインストリートにあるビジネスホテルにチェックイン。到着は午後5時過ぎ。絶妙の時間だな。

ひと息ついて、飲みに出る。

まずは駅前に出て、利根川沿いまで伸びるメインの通りを歩く。土曜の晩に、人通りがほとんどない。

駅前に古くからあると思われる居酒屋、すぐ近くに大手チェーンの居酒屋がある。さらに蕎麦屋が2軒。焼き鳥屋が1軒。川沿いには真新しいシャレオツな居酒屋があった。窓からのぞいてみると、若者たちでにぎわっている。

「どうする?」

「ちょっとおれたちには合わないなあ」

「向かいに町中華もあるけど」

「旅に出て、町中華もなあ」

帯に短し、たすきに長し。もう一本脇の道も歩いてみる。洋風食堂1軒に焼き鳥屋が1軒あった。

再度、駅前に立つ。大手の居酒屋チェーンは論外、ならば、というので、古くからあるらしい居酒屋に入る。

翌朝撮った入り口の写真。

どうやら、我々が最初の客のようだ。年配のご婦人が二人で切り盛りされている。

座敷に上がり、まずはサッポロ黒ラベルに中瓶を頼み、メニューを見る。品数があまり多くないな。アサリの料理を頼もうとしたが、やっていないとのこと。では、はんぺん、おっ、黒板を見るとめひかりがあるではないの、じゃ、それと一ノ蔵本醸造の燗を2合、と注文した。

ビールを飲み終えた頃に、お通し登場。


一ノ蔵は1合しかないということで、一合徳利できた。では、というので、新潟の鶴亀純米を2合追加。

そして、はんぺん到着。


「一ノ蔵旨いな」と高山T君が言う。「どこの酒だ?」

「宮城の酒だよ。旨いよな」と私。あっという間に飲んでしまうと、鶴亀登場。

「やっぱり新潟の酒も旨いなあ」と高山T君が言った。鶴亀は新潟市の酒だ。

刺身盛り合わせ、めひかりの唐揚げもきた。



刺身は、カツオ、マグロ、ブリのラインナップ。めひかりは外はさくっ、中はふっくら。これが日本酒に合わないわけがない。旨し。めひかりはマヨネーズも要らないぐらいだった。

はんぺんの時に醤油がきていたのだが、刺身でも別の醤油がきた。

「あれ、醤油きてるよ」と言うと、

「最初がヤマサで、次がヒゲタなんですよ」とおねえさんが言う。

ヤマサ、ヒゲタといえば、銚子が誇る世界的な二大醤油メーカーだ。

「片方だけではねえ。どっちの関係者がみえるか分からないし」

なるほど。土地によって、色々気を遣うんですなあ。ちょっと面白い。

鶴亀2合追加。きれいに飲んで、きれいに食って、お会計。締めて7000円ちょっと。

多少、もたもたしたところはあったが、それがかえって人間的でよかった。いい店だったよ。

駅前のファミリーソースでつまみと朝食を買い、ホテルで寝酒をやる。

味わい深い、銚子の夜だった。


今日は東日本大震災の日。あれから15年か。あの時は原発事故もあって、世界が終わるんじゃないかと思った。とりあえず、今も日常は続いている。ただ、あの時、一度私たちの世界は壊れたんだ。壊れたまま、それでも日常は続いているんだ。アメリカが世界を巻き添えにするかもしれない戦争を始めた今、私はそんなことを思っている。

2026年3月9日月曜日

大利根紀行② 高山T君、東国三社参りを達成す

高山T君念願の「東国三社コンプリート」のために、香取神宮に向かう。

祭神は経津主大神。鹿島の祭神建御雷大神とともに「国譲り神話」で活躍した神様である。明治以前、神宮を称する神社は、伊勢、鹿島、香取の三社のみだった。伊勢神宮が皇祖神を祀っているのを考えれば、いかに鹿島・香取が重く用いられているかが分かる。創建は、鹿島・香取、ともに神武元年だ。

参道の奥に総門があり、少しずれた位置に楼門、その奥に拝殿と本殿が鎮座する。表参道はほぼ90度にカーブしている。

「やっぱり普通の神社と配置が違うなあ」と高山T君が言う。

後で香取神宮のHPで確認すると、旧参道というのがあった。そして、その参道脇に拝殿・本殿が配置されている。それは鹿島神宮と同じ。それは伊勢神宮にも共通している。

拝殿は重厚な黒を基調にしている。

「楼門が赤だから、よけいに威厳を感じるよ」と高山T君が言った。

本殿が、また神々しい。

地下で鹿島神宮とつながっているという要石を拝んで、香取神宮を後にする。

高山T君のリクエストで、「水の郷さわら」に行く。昔、仕事で千葉に来た時食べた、落花生の味が忘れられないという。彼はほくほくしながら落花生を買い込んでいた。

利根川沿いを下流に向かう。途中、津宮の鳥居河岸に寄った。

祭神の経津主大神が上陸した場所とされている。今年は午年、式年幸神祭が行われる。ここから神輿を乗せた御座船が利根川を遡り鹿島に向かう。

小見川で利根川を渡り、再び茨城県へ。神栖市の息栖神社に行く。

これで、めでたく高山T君は東国三社をコンプリートした。

息栖神社。祭神は久斗那神。鹿島・香取の大神に従って東国に来たと思われる。創祀は応神天皇の御代とされる。

鹿島・香取の二大スターに比べると幾分地味だ。社殿は火事で焼け、昭和30年代に建て直されたもの。

私のイチ押しは一の鳥居。

常陸利根川沿いに立ち、鹿島神宮の南の一の鳥居を兼ねている。

常陸利根川。正面にはかすかに筑波山が見える。

近年、東国三社参りがブームになり、ここ息栖神社も参拝客が増えた。社務所が新築され、御朱印も常時対応できるようになったようだ。一の鳥居の前には、2025年に「神栖にぎわいテラス」がオープン。特産品市場やカフェ、食堂などが入っており、一の鳥居、常陸利根川の絶景を望む眺望テラスもある。観光の拠点として大いに期待したい。

気がつけば16時を大分過ぎている。そろそろ銚子に向かわねばならぬ。