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2026年9月13日日曜日

今年は早い彼岸花

朝、ピザトースト、紅茶。

細々したことをやって、朝イチで床屋。雨が降りそうだが、歩いて行く。


彼岸花が咲いている。今年は涼しいせいか、早いような気がする。


大分前のことになるが、読者のさざ波mooさんからコメントで、彼岸花は蕾のまま地中から生えてくる、ということをうかがった。この方からは、散った桜の花びらがアスファルトの上で走ることも教えていただいた。人から教わったことはよく覚えている。こうして世界の見方を身に着けていくんだな。ありがたい。

9時頃帰る。前山を見たら、やはり彼岸花が生えていた。



変な茸も見つけた。


昼はサッポロ一番塩焼きそばのチャンプルー風。妻と次男が作った。

袋麺の焼きそばは珍しい。サッポロ一番シリーズから出ていたのか。知らなかったなあ。旨いよ。

すっかり秋めいてきたので、ジョージ・ウィンストンの『オータム』を引っ張り出して聴く。ぽつぽつと『アメリカの鱒釣り』を読み進める。

今日から、大相撲秋場所が始まった。宇良の相撲は面白いなあ。藤の川の小気味よさ、熱海富士の大関挑戦、霧島の綱取り、今場所もまた、見どころが多い。高安が琴桜にあっさり逆転負けを食ったところで、生涯学習センターに向かう。

地区の会議。来週行われる敬老会の打ち合わせ。

19時過ぎ、帰宅。夕食は焼き鳥、刺身、春雨サラダでビール、酒。次男のお祝い。旨し。

食後にカティーサークを少しだけ。明日は仕事だあ、頑張ろう。

2026年9月12日土曜日

今日も雨

 朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、なめたけ、ふきの佃煮。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、『風、薫る』総集編を観ながら飲む。

妻は仕事。朝から雨。かれこれ1週間ぐらい、ずーっと降ったりやんだり。気が滅入る。

実はこの間、縁石に当てて、車が入院中なのだ。そして、これが長期入院になりそうなのだ。自走もできるし、へこみもそんなに目立たない所なのだが、そうなるのだという。まったく気が滅入る。

なので、車で聴くSDカードに、せっせとCDをコピーしている。昼までに10枚以上、コピーした。

さすがにそればっかりも飽きるので、並行して、チャーリー・パーカーを聴きながら、伊藤比呂美『ショローの女』を読む。この本の中で、彼女は60代半ば。ちょうど私とおなじぐらいだ。伊藤さん、ちっとも枯れていない。悩み、怒り、嘆き、じたばたする。そうだよな、60半ばぐらいで、達観なんかしていらんないよな。私も、ちゃんとじたばたして生きよう。

昼は次男がスパゲティを茹でてくれる。それぞれ、お好みのソースで。私はたらこソースをまぜまぜして食べる。旨し。

ずっと家にいるのも何なので、コンビニに買った本の支払いに行く。昨夜、何気なくネットをのぞいていたら、『林家正蔵昭和日記 1959-1961』が出ていた。高かったのだが、むらむらと欲しくなり、えいやっ、とポチった。本だけは衝動買いをしてもいいことにしている。

帰りに霞ケ浦の堤防に行く。連日の雨で増水していた。


堤防ではコスモスが咲き始めた。

『ショローの女』読了。何年か前、同じ作者の『切腹考』を読んだ。そこでは、夫が弱って死んでいく様子が綿々と綴られていた。今回は一人になった伊藤さん。早稲田で教壇に立ち、忙しいながらも充実した日々を送っている(多少、キャパオーバーみたいだけど)。文章が明るい。元気だな。

裏庭に行ってほおずきを採ってくる。机の上の一輪挿しにさす。

夕方になると、カラスが飛んでくる。電線に止まったカラスを見ながら、豆ちゃんが、「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃ」と小さな声で鳴く。話しかけているのか。そんな小さな声じゃ聞こえないぞ。

男はバイトに行った。妻は職場の飲み会。次男が夕食を作る。次男と夕方ビール。

夕食はハンバーグ、肉じゃが、厚揚げで酒。ハンバーグ、肉厚で旨し。

風呂に入って、カティーサーク。

長男と妻の帰りを待つ。待つ人がいるというのは、きっと幸せなことなんだろう。

2026年9月10日木曜日

初秋刀魚

北海道の八海君からサンマが届いた。

今年は不漁と聞いたが、見事なサンマ。まだ高いだろうに、ありがたい。


早速、夕食に塩焼きにしていただく。今夜は涼しいので、酒も燗にした。酒はこの前買ってきた、神崎の仁勇純米。

大根おろしに、生姜を合わせる。これが、燗酒に合う合う。たまんない。

次男は「ワタもちゃんと旨い」と言っていた。舌が奢ってるな。

じっくり味わう。いやー、旨いなー。

完食。デザートには梨。秋の味覚だねえ。

シメに駄句を一つ。

  意に染まぬ一日なれど初秋刀魚


久し振りに八海君と電話で話す。お互い色々あるが、元気で何より。

2026年9月7日月曜日

夏の昼飯

 夏の昼飯。

まずは、妻と行った阿見アウトレットのイタリアン、エノテカ・ドォーロ・プレミオ。ここは茨城の食材を使ったメニューが売り。久し振りに行った。

妻がピザ、私がパスタのランチセット。

妻が頼んだジェノベーゼ。

私が頼んだ、ローズポークのミートソースのスープパスタ。

サラダ

飲み物はアイスコーヒーにした。

ピザはもっちり、パスタのローズポークはでっかいかたまり、ほろほろで旨し。二人で4000円いかなかったから、リーズナブルと言える。妻はランチセットにデザートが付かなくなったのと、パスタがスープパスタに特化されていたのが残念そうだった。



お次は、鉾田の天宝。ここも久し振り。

ここでも諸物価高騰の波には抗えず、以前900円だったスタミナラーメンは1150円になっていた。

今回は半チャーハン、ラーメンセット。1000円。

惚れ惚れするビジュアル。小鉢に漬物も付いているじゃありませんか。

いかにも町中華のチャーハン。旨いのよ、これが。

これぞ、醤油ラーメン。ここのはスープに独特の甘みがある。

ご夫婦と思われる二人での切り盛り。ずっと変わんない、正しい町中華。玉ちゃんの番組を観るとここで食べたくなる。

店構えもいいねえ。




シメはこの前家族で行った、福島県いわき市「いわき・ら・ら・ミュウ」内、レストランふぇにっくす。

私と次男が頼んだ、鯵フライご膳。1700円。

壮観。味噌汁はあおさ。

鯵フライが分厚いの。めひかりの唐揚げも付いてくる。うれしい。

刺身も欲しいよね。まぐろ、サーモン、鯵かな。

食べ応え十分。大満足の一品。旨かった。また、皆でどこか行きましょう。


2026年9月6日日曜日

神崎町、楽々亭

朝、御飯、昨夜の残りの鶏すき焼きうどん、ウィンナーソーセージ、スクランブルエッグ、佃煮。

細々したことをやり、NHK『自然百景』を観ながらコーヒーを淹れ、『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら飲む。朝から雨。

妻はカスミに買い物に行った。

私は千葉県神崎町の楽々亭。霞ケ浦の東岸を南下し、利根川を遡る。10時45分頃、神崎町に入る。

道の駅で昼食を買った。

11時に会場入り。高座を作る。

エアコンは故障中。窓を開け、外気を入れる。外は雨。それほど暑くはない。

昼食は、道の駅で買ってきた、焼きそば、赤飯のおにぎり。旨し。

13時30分、開演。雨で客足が心配だったが、常連さんが来てくださり、ツ離れの入り。ありがたい。

私はトリで『青菜』。反応が良いお客様。おかげで演りやすかった。梅八さんから「今日は間が決まっていたな」と言われた。うれしい。やっぱり、落語はお客との共同作業なんだな。今日は高座で気持ちよく遊べたよ。でも、お客の反応によって、出来不出来が左右されてしまうとすれば、おれも弱いな。

仁勇純米酒、葱いちばんを買って帰る。

夕食はとんかつ。妻が朝イチでカスミに行ったら、1枚900円する豚肉が半額以下になっていたという。でかした、奥さん。揚げたてのとんかつ、コブサラダでビール、酒。とんかつは、ビールでも酒でも合うんだよね。分厚くて柔らかい。旨ーし。

食後にカティーサーク。

明日、関東地方は大雨らしい。被害のないことを祈る。


千葉県市川市の在日本大韓民国団市川支部に、剃刀の刃と15円50銭の入った郵便物が届いたという。「15円50銭」というのは、関東大震災の朝鮮人虐殺事件において、朝鮮人のあぶり出しに用いられた言葉だ。「15円50銭と言ってみろ」と言われて、うまく言えなかった者が、朝鮮人認定されて虐殺された。中国人や、方言の強い地方出身者も犠牲になったという。それを否応なしに想起させる、卑劣な行為だと思う。

関東大震災における朝鮮人虐殺は、日本人にとって大いに後ろめたいことだが、それを取り上げるのは「日本を貶める」ことだと考える人がいるのだろう。その人たちにとって、差別意識をむき出しにしてまで守りたい「日本」って何なんだろう。彼らも、その意味では、かわいそうな人たちだとも言えるが、やっていることは、とんでもなく罪深いと思う、

2026年9月5日土曜日

地味に忙しい土曜日

朝、御飯、味噌汁、ハッシュドポテト、鮭フレーク、なめたけ。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、『風、薫る』総集編を観ながら飲む。

妻は仕事に行った。朝から雨。涼しい。九州屋久島では、今まで経験したことのないような雨が降っているという。1週間にいっぺん、日本のどこかで「今まで経験したことのないような雨」が降る。気候変動はここまできたのか。

カウント・ベイシー ・オーケストラのロンドン・ライヴを聴きながら、乾燥機にかけた洗濯物をたたむ。

豆ちゃんは洗濯籠が好き。

伊藤比呂美『ショローの女』を読む。伊藤比呂美を知ったのは大学の頃だ。その頃から、すごい詩を書いていた。伊藤の詩には、生身の女の叫びがあった。やがて伊藤は妻になり、母になる。親を見送り、夫を見送った。それでも、ずっと、伊藤の文章には生身の女の叫びがある。今は彼女も独居老人か。私より6歳上。『ショローの女』での伊藤は60代半ば。その時を私は今生きている。

猫が膝に乗ってくる。

息子たちとPCデポ。パソコンをメンテナンスに出す。

昼は、次男が作った焼きそば。旨し。

昼から晴れる。さすがに晴れると暑くなるが、風は涼しい。このまま秋になってくれるといいのだが。

先日、鳥取の小柳家元が梨を送ってくださった。お返しに、土浦へ行き、小松屋の佃煮を送る。

帰って、ごろごろしながら、八代目桂文楽『かんしゃく』『心眼』『船徳』を聴く。いずれも1956年(昭和31年)の録音。黒門町、64歳。えっ、今の私より年下なの? テンポが速い。この疾走感がたまらない。

猫の蚤取りの薬を買いに行く。

米ができたので、取りに行く。去年よりマイナス30㎏。次男が手伝ってくれたので、私が運ぶのは半分で済んだ。ありがとう。

夕方、地区の会議。

夕食は鶏すき焼きでビール、酒。酒は府中誉、常温の冷や。シメのうどんまで、しっかり食べる。旨し。

デザートに桃。妻と白ワインを飲む。桃には白ワインがよく合う。

寝しなにカティーサーク。今日はあちこち動いたなあ。


今の机の上。


奥、右から。昔、ペナン島で買ってきた錫製のマグカップ。イタリアの魚の形をしたワインボトル、カティーサークの計量カップを載せている。この前、アクアマリンふくしまで買ってきた安西水丸風の灯台。手前、右から。琉球ガラスかな、入れてあるのは猫消しゴム。箱根焼の一輪ざし、犬の鉛筆をさしている。那須で買ったミニカー。オースチン・ヒーレー・スプライト、通称「カニ目」。そして、ミニ。こういうものを見るのが好き。


2026年9月3日木曜日

村中華で飲(や)ろうぜ

先日、家族で宴会をした中華屋。開店したのは、私が中学生の頃だった。昔は、役場の下、今の郵便局の駐車場の辺りにあった。

その頃、私は夜になると、高校受験のための勉強をしに、お寺に通っていた。当時、私は数学が壊滅的にできなかった。 住職が理数系が得意だというので、教えてもらいに行ったのだ。

本堂で机を寄せ合い、2、3人の子どもが勉強をしていた。文字通り、私たちは寺子屋の子どもだったのである。

住職は、まだなったばかりの若者で、卒塔婆の字を書くために、私たちと同じ書道塾に通っていた。私たちは友だちのように、彼を「けんちゃん」と呼んでいた(彼はその後、議員になって偉くなり、気軽にそんなふううに呼べなくなった)。

冬の寒い夜、その「けんちゃん」が、この店にラーメンを食べに連れて行ってくれた。カウンターですする醤油ラーメンは、舌が痺れるほど旨かった。

この店は繁盛し、今の所に移転した。マスターは日本料理店で修業した人で、ここで出す刺身は絶品だった。宴会も頻繁に行われ、店内はいつも満席だった。

うちも、お客が来たときは出前を取ったり、何かあると店に食べに行ったりしたものだった。


ちょっと間が空いたが、それでも、いつもの雰囲気。居心地がいい。

まずは生ビール。この後、私は日本酒の冷やにした。

餃子と鶏の唐揚げ。

これは外せない、レバニラ炒め。

ビールや酒のアテにもいい、固焼きそば。

写真には撮っていなかったが、チャーハンも食べた。それに父はシメに味噌ラーメンを食べたのだから、元気だねえ。旨いから食っちゃうんだな。

開店から50年を超えたか。マスターも歳をとって随分腰が曲がったが、それでも元気に鍋をふるっている。昔はおかみさんと二人で切り盛りしていたが、この日は4人体制。まだまだファンは多い。また来よう。

市街地にあるわけではないので、町中華とは言い難い。誇りをもって「村中華」と呼ぼう。

村中華で飲(や)ろうぜ。