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2026年5月31日日曜日

野暮用で上京

朝、トースト、ハッシュドポテト、紅茶。トーストには自家製タルタルソース、自家製苺ジャムをつける。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、NHK『自然百景』『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら飲む。『小さな旅』には古今亭菊之丞のおかみさんが出ていた。

ちょいと野暮用で上京。久し振りに水道橋の駅で降りる。

昼は日大経済学部3号館向かいの桂庵で大鱚天せいろ。旨し。


 それから、ドトールで時間をつぶし、14時頃から歩き始める。

せっかくここまで来たので、母校の神田校舎の界隈をぶらつく。



落研では週に1回の寄席と、月に1回ぐらい神田校舎で神田寄席があった。その度に私たちは、えっちらほっちら太鼓や座布団、めくり台を担いで、神田に行ったのだ。多摩丘陵の山の上とちがって、神田は都会だったなあ。

せっかくここまで来たので、九段の坂を上って靖国神社に行ってみる。

2005年1月、私は初めて靖国へ行った。(「2005年1月26日のこと」

その時、私は靖国を「すぐれた装置」だと思った。それは今も変わらない。

前回より人は多かった。皆、喪服のような黒い服を着ていた。幼い子どもを連れた若い夫婦も目についた。彼らは殊更丁寧に、作法通り参拝をしていた。

昔の茶屋はお洒落なカフェになっていた。生ビールが飲みたかったが、何だか飲む気になれず境内を出た。

何となく千鳥ヶ淵に向かう。すっかり緑が濃くなった桜並木を歩く。


ふと、ここには千鳥ヶ淵戦没者墓苑があったことを思いつく。

ボート乗り場の向かいに、それはあった。とても静かな佇まい。ここには日本に持ち帰られた名前の分からない戦没者の遺骨が納められている。ビルマで死んだ伯父の遺骨は還らなかったという。もしかしたら、ここにその一部があるかもしれない。


靖国でビールを飲まなくてよかった。微醺を帯びるのは、この場にそぐわない。

田安門から北の丸公園に入る。

日本武道館の向かいのカフェで休憩。生ビールを飲む。生き返る。


大学の入学式と卒業式は武道館だった。ビートルズやボブ・ディランのいた空間で、人生の節目を迎えたんだなあと思うと感慨深い。

神保町界隈をぶらぶらして、17時過ぎに水道橋を後にする。



今日は東京ドームで嵐のラストコンサートがあったらしい。大混雑の前に帰ることができてよかったよ。

19時半頃帰宅。

夕食はホットプレートで鶏、サイコロステーキなどを焼き、柴沼の焼肉醤油をつけて食べる。旨し。ビール、府中誉の冷や、これまた旨し。

食後にカティーサーク。

2026年5月30日土曜日

夏日の土曜日

朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、納豆。

いい天気。妻の号令一下、布団を干す。

コーヒーを淹れて『風、薫る』総集編を観ながら飲む。

妻は仕事に行った。

ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」、シューベルトのピアノ三重奏曲第1番を聴きながら『リチャード・ブローティガン』を読む。演奏はアルトゥール・ルービンシュタインのピアノ、サッシャー・フェッツのヴァイオリン、エマニュエル・フォイアマンのチェロ。素晴らしい。

昼は次男が作ったゴマ味の冷やし中華。旨し。

長男を駅に送ったついでに、高浜でちょっとだけ写真を撮る。






夕方、草刈り機の燃料が切れたらやめる、ナマケモノ草刈り。

夕食は、ズッキーニのトマト煮、そら豆、麻婆豆腐、チキン南蛮で燗酒。今日は夏日になったが、それでも燗酒が旨いな。麻婆豆腐は妻が友だちからもらったソースで作った。山椒が利いた本格派。辛いけど旨い。

寝しなにカティーサーク。


美しく憂鬱な五月が終われば雨季が来る。雨季が終わると酷暑の夏か。子どもの頃は夏が好きだったけど、この歳になるとさすがにきついねえ。


2026年5月24日日曜日

ナマケモノの一日

朝、パン、ウィンナーソーセージ、チキンナゲット、スクランブルエッグ、紅茶、苺ジャム。

地区のごみ拾い。『ディアにっぽん』を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。

妻は大学時代の友だちに会いに行った。

床屋。晴れてきたが暑くはならない。

ついでにセイミヤで酒を買ってくる。黒松剣菱の安売りが今月いっぱい。迷わず購入。

田圃も見てくる。いい感じ。


昼は次男が作った焼きそば。正しい日曜の昼飯だ。

カスミに買い物に行く。

長男が図書館で借りてきた『成瀬は都を駆け抜ける』(宮島未奈・新潮社)を読む。成瀬シリーズ最終巻。たっぷり堪能する。読みながら、カウント・ベイシー・オーケストラ、ロッシーニの序曲集を聴いた。夕方、読了。

大相撲は、大関霧島と小結若隆景による優勝決定戦の末、若隆景の優勝が決まる。完璧な相撲だった。右膝の大ケガで幕下まで落ちての復活だ。前の優勝から4年2カ月。最近数場所も右腕のケガに苦しんだ。今場所、相撲の神様は若隆景を選んだんだな。ずっと先頭を走ってきた霧島は悔しかったろうなあ。

夕方ビール。次男と缶ビールを分け合う。

夕食は、焼き鳥、イカ焼き、マカロニサラダで燗酒。

夕食後、妻が帰ってきた。カティーサークを飲みながら、妻の晩酌に付き合う。

一日、ゆっくり休んだよ。ナマケモノのように過ごした。


朝、『ディアにっぽん』を観ながら泣いてしまう。昼は「成瀬」で泣いてしまった。夜、YouTubeで、ハナレグミと忌野清志郎の「サヨナラCOLLAR」を聴いていたら泣けてきた。その度に、文楽師匠が「それが芸だよ」と言っている。


2026年5月23日土曜日

51回目のみほ落語会

朝、御飯、和風ポトフ、ウィンナーソーセージ、カニカマ入りスクランブルエッグ、納豆。

今日は勤務日。いつもより早めに職場へ行く。

一生懸命仕事をして、午前中に終わらせて、その後、休みをもらう。

実は「みほ落語会」があるのである。美浦に向かう。

北浦の東岸を南下し、北浦大橋を渡り、潮来市牛堀から霞ケ浦の西岸に出る。そこを北上して、開演間際に滑り込む。途中、セブンイレブンでランチパックと焼きそばパンを買い、車中でぱくつきながら昼食にした。一回の食事としてはもの足りないが、焼きそばパン、好きだから、いいか。

13時開演。この頃お客が増えた。地道にやっていれば、こういうことがあるんだなあ。今回で第51回。その中で、第1回からずっとの常連さんもいらっしゃる。こういう方々に支えられ今があるのです。多謝。

私はトリで『岸柳島』。昔は寄席でよくかかった噺。私たち世代では古今亭志ん朝の口演が印象深い。私はこの噺を演るにあたって、古今亭志ん生、志ん朝、三遊亭兼好の動画を参考にした。YouTubeで動いている志ん生を見ることができることに感動する。シンプルで、味があって、いいなあ。仕草はあまり上手くないけど、「そんなの関係ねえ」よな。

どれも登場人物の外見的描写が細かい。志ん生が源流なんだろう。彼は講釈師をしていたこともあって、地の文の描写が精密で巧いのだ。

この噺は、何と言っても、若侍の横暴から計略でもって皆を救う年寄り侍がいいのだが、実は私の実年齢よりも下なんだよな。私も歳を取ったもんだ。それでも、素で演じると、若くなってしまう。これは梅八さんに指摘された。だから、意識して老人にしている。長寿化の影響は、落語も受けているのだよ。

15時終演。15時30分解散。

帰って、テレビで大相撲を観る。大関霧島と小結若隆景が3敗で並んだ。すごい展開だな。若隆景のきれいな取り口が私は大好きだが、一方でただ一人大関として重責を担う霧島も応援したい。悩ましい。

夕食は、石焼ビビンバでビール、燗酒。寝しなにティーチャーズ。

リチャード・ブローティガンの小説『風に吹きはらわれてしまわないように』は既に読了。評伝の『リチャード・ブローティガン』を読んでいる。父親を知らずに育ち、感情の不安定な母との関係、継父からの虐待などに苦しむ幼少期は、つげ義春に重なる。切ない。つげは生き延び、ブローティガンは49歳で自死した。でも、その違いは紙一重でしかないのだろう。たぶん。

今日は晴れたが肌寒かった。来週はまた暑くなるという。寒暖差が激しい。体調に気をつけないとな。


では、来月の告知です。

2026年5月20日水曜日

【黒門町の言葉】「何でも芸だよ」

柳家小三治が八代目桂文楽についてこんなことを言っている。

 

「(小さんに入門して大師匠の文楽の家に挨拶に連れて行かれた時のこと、文楽が)「何でも芸だよ」ってなことを言ったんです。この言葉を今でもずっと覚えていますし、その通りだなと思います。「何でも芸だよ。怖いなったと思ったらそれが芸だ。いいなっと思ったらそれが芸だ」。とにかく何か思ったらそれが芸だってことを二、三度おっしゃいましたよね。教わったのはそれだけですね。ええ。だから、何かを感じたとき、感動したとき、何かに出会ったとき、それが全部芸だ。つまり生きていることすべてがそのまま芸だと言ったんではないかなと、だんだん自分なりに理解を深めていきましたね。」(『小学館CDブック 八代目桂文楽』より)

 

すごい話だな。文楽もすごいし、小三治もすごい。「生きていることすべてがそのまま芸」。ここには「芸」というものの本質が詰まっていると思う。

生きる中で起きる、心の揺れ、動き、そのひとつひとつを丁寧に拾い、自分の中に大切にしまっておく。そしてそれを表現に結び付ける。いや、むしろ、生きる中で起きる、心の揺れ、動き、そのひとつひとつを丁寧に拾い、自分の中に大切にしまっていこうとする態度そのものが、芸なのではないか。

ここでは、芸は技術ではない。生きる態度なのだ。

 

文楽は若い頃、四代目古今亭志ん生に自分の女をとられたことがある。志ん生にそのことを打ち明けられたとき、文楽は、激しい嫉妬、屈辱、敗北感に打ちのめされた。一方で、「この気持ちは『刀屋』に使えるぞ」と思ったという。

文楽のしたたかさ、芸に対する貪欲さを示すエピソードだ。だが、それだけではない。文楽は、この体験を『刀屋』という落語に使おうとしたことで、志ん生と女からの裏切りによる負の感情から解放されたのだ。

どんな不運に見舞われても、どんなに負の感情にとらわれても、それを芸にしようとした時点で、その苦しみから距離を置くことができる。そして、それらひとつひとつを丁寧に拾いあげ吟味することで、その苦しみは客観化され相対化されていくだろう。その態度は、結局、自分を守ることにもなる。そう考えることもできる。

 

文楽が、後に三代目三遊亭圓馬になる立花家左近のもとに稽古に通っていた頃のこと。彼がぼんやり庭の池を眺めていると、左近にいきなり後ろから背中を押された。文楽(当時は小莚)は「あっ」と言って池に転落し濡れネズミ。それを見て、左近はからりと笑って言った。

「小莚、今の『あっ』はいい間だったぞ。忘れるな」

文楽が「何でも芸だ」と思ったのはこの時かもしれない。 

2026年5月17日日曜日

新緑の季節

朝、パン、魚肉ソーセージ卵炒め、紅茶、苺ジャム。

コーヒーを淹れて、NHK『自然百景』『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら飲む。

いい天気。布団を干す。

裏庭の草刈り。草刈り機の燃料がもつまで。1時間半ぐらいやる。目も痛いほどの新緑。

ボイラーの灯油が少なくなっていたので買いに行く。5000円で40ℓしか入らない。高くなったな。まあ原油が入ってこないのではしょうがない。トランプさんも余計なことをしてくれたもんだ。

昼は妻と次男で作った、ほうれん草とベーコン、しめじが入った和風パスタ。旨し。

買い物に出る。ついでに田圃を見てくる。苗が風にそよぐ。世界は美しい。

おやつに義妹の京都土産の抹茶プリンを食べる。濃厚、旨し。アイスコーヒーを冷たい牛乳で割って飲む。

夕食は父が「鰹が食いたい」と言って買ってきた刺身、妻が作ったポテトサラダ、ふきの煮物、そら豆の茹でたので燗酒、酒はセイミヤで安売りをしていた黒松剣菱。旨いねえ。

食後にティーチャーズ。


作曲家でジャズピアニストの大野雄二氏が先日亡くなった。「ルパン三世」や「小さな旅」のテーマ曲の作者として知られる。氏を偲んでCDを聴く。洒落た、それでいて日本的な旋律。バンドメンバー全員で楽しんでいるような演奏。素晴らしい。大野雄二氏のご冥福を祈る。

2026年5月16日土曜日

S君とお笑いライヴに行く

朝、御飯、味噌汁、昨夜の残りのコロッケ。コロッケは味噌汁にダイブ。コロモが汁に溶けて旨いのよ、これが。

掃除をして、コーヒーを淹れて、『風、薫る』を観ながら飲む。

妻は仕事。スタン・ゲッツを聴きながら、リチャード・ブローティガンを読む。

11時過ぎ、長男に駅まで送ってもらう。今日は親友S君と水戸に行くのだ。

昼過ぎ、水戸着。S君と駅南のココ壱番屋で昼食。私はほうれん草カレーにする。初めて食べたが、旨い。


ぶらぶらと県民文化センターまで歩く。


いい天気。気持ちいい。

県民文化センターで、ヒロ松元のライヴを観る。私はこの人をお江戸広小路亭で観ている。あれは立川流の興行で、彼は一人コントで出ていた。

今は、日本国憲法ネタや権力批判ネタで知られている。当然、そのライヴは党派性が強くなる。客層もお笑いファンというより、そっち系の客が多い。笑芸というより、笑いの多い講演会、あるいはエンターテインメント化されたアジテーション、とも言える。

30分ほどのネタを3本、それにアンコールを入れて約2時間。これを一人で演じて、しかも客をそらさない。大したもんだんあ。口調はビートたけしの影響が強いか。

ライヴ終了後、S君と一杯やりに駅まで戻る。ここは水戸で勤めたことのあるS君にお任せ。16時過ぎから、北口近くの居酒屋「てんまさ」で飲む。焼き鳥、鰹の刺身、めひかりの唐揚げ、納豆と大葉の天ぷらなどで生ビール、酒。

酒は十王蔵、霧筑波純米。旨し。あん肝もたまらん。

昔は夜を徹して飲んだこともあったが、我々ももう歳だ。二人で五合も飲めば充分。18時には帰りの電車に乗った。

駅には妻が迎えに来てくれる。S君を家まで送って帰る。

皆が夕食を食べているところでビール、寝しなにティーチャーズを飲む。


付記。

私がお江戸広小路亭で観たのは、ヒロ松元ではなくモロ師岡でした。

こういう思い違いをよくする。ちゃんと確かめてから書けよ、ですな。反省しきりです。