朝、パン、ウィンナーソーセージ、チキンナゲット、スクランブルエッグ、紅茶、苺ジャム。
地区のごみ拾い。『ディアにっぽん』を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。
妻は大学時代の友だちに会いに行った。
床屋。晴れてきたが暑くはならない。
ついでにセイミヤで酒を買ってくる。黒松剣菱の安売りが今月いっぱい。迷わず購入。
田圃も見てくる。いい感じ。
取り上げた落語家・作家等については基本的に敬称を省略しています。
朝、パン、ウィンナーソーセージ、チキンナゲット、スクランブルエッグ、紅茶、苺ジャム。
地区のごみ拾い。『ディアにっぽん』を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。
妻は大学時代の友だちに会いに行った。
床屋。晴れてきたが暑くはならない。
ついでにセイミヤで酒を買ってくる。黒松剣菱の安売りが今月いっぱい。迷わず購入。
田圃も見てくる。いい感じ。
朝、御飯、和風ポトフ、ウィンナーソーセージ、カニカマ入りスクランブルエッグ、納豆。
今日は勤務日。いつもより早めに職場へ行く。
一生懸命仕事をして、午前中に終わらせて、その後、休みをもらう。
実は「みほ落語会」があるのである。美浦に向かう。
北浦の東岸を南下し、北浦大橋を渡り、潮来市牛堀から霞ケ浦の西岸に出る。そこを北上して、開演間際に滑り込む。途中、セブンイレブンでランチパックと焼きそばパンを買い、車中でぱくつきながら昼食にした。一回の食事としてはもの足りないが、焼きそばパン、好きだから、いいか。
13時開演。この頃お客が増えた。地道にやっていれば、こういうことがあるんだなあ。今回で第51回。その中で、第1回からずっとの常連さんもいらっしゃる。こういう方々に支えられ今があるのです。多謝。
私はトリで『岸柳島』。昔は寄席でよくかかった噺。私たち世代では古今亭志ん朝の口演が印象深い。私はこの噺を演るにあたって、古今亭志ん生、志ん朝、三遊亭兼好の動画を参考にした。YouTubeで動いている志ん生を見ることができることに感動する。シンプルで、味があって、いいなあ。仕草はあまり上手くないけど、「そんなの関係ねえ」よな。
どれも登場人物の外見的描写が細かい。志ん生が源流なんだろう。彼は講釈師をしていたこともあって、地の文の描写が精密で巧いのだ。
この噺は、何と言っても、若侍の横暴から計略でもって皆を救う年寄り侍がいいのだが、実は私の実年齢よりも下なんだよな。私も歳を取ったもんだ。それでも、素で演じると、若くなってしまう。これは梅八さんに指摘された。だから、意識して老人にしている。長寿化の影響は、落語も受けているのだよ。
15時終演。15時30分解散。
帰って、テレビで大相撲を観る。大関霧島と小結若隆景が3敗で並んだ。すごい展開だな。若隆景のきれいな取り口が私は大好きだが、一方でただ一人大関として重責を担う霧島も応援したい。悩ましい。
夕食は、石焼ビビンバでビール、燗酒。寝しなにティーチャーズ。
リチャード・ブローティガンの小説『風に吹きはらわれてしまわないように』は既に読了。評伝の『リチャード・ブローティガン』を読んでいる。父親を知らずに育ち、感情の不安定な母との関係、継父からの虐待などに苦しむ幼少期は、つげ義春に重なる。切ない。つげは生き延び、ブローティガンは49歳で自死した。でも、その違いは紙一重でしかないのだろう。たぶん。
今日は晴れたが肌寒かった。来週はまた暑くなるという。寒暖差が激しい。体調に気をつけないとな。
では、来月の告知です。
柳家小三治が八代目桂文楽についてこんなことを言っている。
「(小さんに入門して大師匠の文楽の家に挨拶に連れて行かれた時のこと、文楽が)「何でも芸だよ」ってなことを言ったんです。この言葉を今でもずっと覚えていますし、その通りだなと思います。「何でも芸だよ。怖いなったと思ったらそれが芸だ。いいなっと思ったらそれが芸だ」。とにかく何か思ったらそれが芸だってことを二、三度おっしゃいましたよね。教わったのはそれだけですね。ええ。だから、何かを感じたとき、感動したとき、何かに出会ったとき、それが全部芸だ。つまり生きていることすべてがそのまま芸だと言ったんではないかなと、だんだん自分なりに理解を深めていきましたね。」(『小学館CDブック 八代目桂文楽』より)
すごい話だな。文楽もすごいし、小三治もすごい。「生きていることすべてがそのまま芸」。ここには「芸」というものの本質が詰まっていると思う。
生きる中で起きる、心の揺れ、動き、そのひとつひとつを丁寧に拾い、自分の中に大切にしまっておく。そしてそれを表現に結び付ける。いや、むしろ、生きる中で起きる、心の揺れ、動き、そのひとつひとつを丁寧に拾い、自分の中に大切にしまっていこうとする態度そのものが、芸なのではないか。
ここでは、芸は技術ではない。生きる態度なのだ。
文楽は若い頃、四代目古今亭志ん生に自分の女をとられたことがある。志ん生にそのことを打ち明けられたとき、文楽は、激しい嫉妬、屈辱、敗北感に打ちのめされた。一方で、「この気持ちは『刀屋』に使えるぞ」と思ったという。
文楽のしたたかさ、芸に対する貪欲さを示すエピソードだ。だが、それだけではない。文楽は、この体験を『刀屋』という落語に使おうとしたことで、志ん生と女からの裏切りによる負の感情から解放されたのだ。
どんな不運に見舞われても、どんなに負の感情にとらわれても、それを芸にしようとした時点で、その苦しみから距離を置くことができる。そして、それらひとつひとつを丁寧に拾いあげ吟味することで、その苦しみは客観化され相対化されていくだろう。その態度は、結局、自分を守ることにもなる。そう考えることもできる。
文楽が、後に三代目三遊亭圓馬になる立花家左近のもとに稽古に通っていた頃のこと。彼がぼんやり庭の池を眺めていると、左近にいきなり後ろから背中を押された。文楽(当時は小莚)は「あっ」と言って池に転落し濡れネズミ。それを見て、左近はからりと笑って言った。
「小莚、今の『あっ』はいい間だったぞ。忘れるな」
文楽が「何でも芸だ」と思ったのはこの時かもしれない。
朝、パン、魚肉ソーセージ卵炒め、紅茶、苺ジャム。
コーヒーを淹れて、NHK『自然百景』『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら飲む。
いい天気。布団を干す。
裏庭の草刈り。草刈り機の燃料がもつまで。1時間半ぐらいやる。目も痛いほどの新緑。
ボイラーの灯油が少なくなっていたので買いに行く。5000円で40ℓしか入らない。高くなったな。まあ原油が入ってこないのではしょうがない。トランプさんも余計なことをしてくれたもんだ。
昼は妻と次男で作った、ほうれん草とベーコン、しめじが入った和風パスタ。旨し。
買い物に出る。ついでに田圃を見てくる。苗が風にそよぐ。世界は美しい。
おやつに義妹の京都土産の抹茶プリンを食べる。濃厚、旨し。アイスコーヒーを冷たい牛乳で割って飲む。
夕食は父が「鰹が食いたい」と言って買ってきた刺身、妻が作ったポテトサラダ、ふきの煮物、そら豆の茹でたので燗酒、酒はセイミヤで安売りをしていた黒松剣菱。旨いねえ。
食後にティーチャーズ。
作曲家でジャズピアニストの大野雄二氏が先日亡くなった。「ルパン三世」や「小さな旅」のテーマ曲の作者として知られる。氏を偲んでCDを聴く。洒落た、それでいて日本的な旋律。バンドメンバー全員で楽しんでいるような演奏。素晴らしい。大野雄二氏のご冥福を祈る。
朝、御飯、味噌汁、昨夜の残りのコロッケ。コロッケは味噌汁にダイブ。コロモが汁に溶けて旨いのよ、これが。
掃除をして、コーヒーを淹れて、『風、薫る』を観ながら飲む。
妻は仕事。スタン・ゲッツを聴きながら、リチャード・ブローティガンを読む。
11時過ぎ、長男に駅まで送ってもらう。今日は親友S君と水戸に行くのだ。
昼過ぎ、水戸着。S君と駅南のココ壱番屋で昼食。私はほうれん草カレーにする。初めて食べたが、旨い。
県民文化センターで、ヒロ松元のライヴを観る。私はこの人をお江戸広小路亭で観ている。あれは立川流の興行で、彼は一人コントで出ていた。
今は、日本国憲法ネタや権力批判ネタで知られている。当然、そのライヴは党派性が強くなる。客層もお笑いファンというより、そっち系の客が多い。笑芸というより、笑いの多い講演会、あるいはエンターテインメント化されたアジテーション、とも言える。
30分ほどのネタを3本、それにアンコールを入れて約2時間。これを一人で演じて、しかも客をそらさない。大したもんだんあ。口調はビートたけしの影響が強いか。
ライヴ終了後、S君と一杯やりに駅まで戻る。ここは水戸で勤めたことのあるS君にお任せ。16時過ぎから、北口近くの居酒屋「てんまさ」で飲む。焼き鳥、鰹の刺身、めひかりの唐揚げ、納豆と大葉の天ぷらなどで生ビール、酒。
酒は十王蔵、霧筑波純米。旨し。あん肝もたまらん。
昔は夜を徹して飲んだこともあったが、我々ももう歳だ。二人で五合も飲めば充分。18時には帰りの電車に乗った。
駅には妻が迎えに来てくれる。S君を家まで送って帰る。
皆が夕食を食べているところでビール、寝しなにティーチャーズを飲む。
付記。
私がお江戸広小路亭で観たのは、ヒロ松元ではなくモロ師岡でした。
こういう思い違いをよくする。ちゃんと確かめてから書けよ、ですな。反省しきりです。
朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、納豆。
息子たちを駅に送り、『風、薫る』を観ながらコーヒーを飲む。
今日はお休み。久し振りに妻と二人で出かけることにする。
久々のつくばイオン。1時間程自由行動。私は本屋で、『リチャード・ブローティガン』(藤本和子/ちくま文庫)、『風に吹きはらわれてしまわないように』(リチャード・ブローティガン/ちくま文庫)を買った。
お昼は妻と二人、イオンに隣接するペニー・レインに行く。
妻は何回かここで食べたことがある。ビートルズ関係のグッズでいっぱい。ビートルズファンには天国のような所だ。入り口から『アビイ・ロード』のジャケットがお出迎え。
『たがや』という落語がある。こんな噺だ。
両国の川開きの日、両国橋は花火見物の客であふれかえっていた。そこを馬に乗った侍とたがや(桶のタガを締める職人)が、両側から無理に橋を渡ろうとした。やがて橋の真ん中で両者が行き会う。供侍が「道を開けろ」と言うが、無理。業を煮やして供侍はたがやの胸を突く。道具箱を落とす。その弾みに中に入っていた竹製の桶のタガが伸び、馬上の侍の笠を跳ね飛ばした。怒った供侍はたがやを屋敷に連れて行き、手討ちにしようとする。たがやは病気で寝たきりの母親のために必死で命乞いをするが、供侍は頑として聞かない。堪忍袋の緒が切れた、たがやの啖呵。切りかかってきた供侍の刀をたがやが奪う。たがやは、たちまち供侍二名を切って捨てた。観客の盛り上がりは最高潮に達する。最後の相手は馬上の殿様。殿様の槍に追い詰められるが、捨て身の誘いに殿様が乗った。たがやは身をかわし、槍の穂先を切り落とす。そして、飛び込みざま、殿様の首をはねた。首は勢い余って中天高く舞い上がる。すると、観客が声を合わせ、「たーがやー」。
サゲは花火の誉め言葉、「たまやー」の地口。夏の人気噺として、多くの落語家に演じられてきた。
もともとはたがやの首が飛ぶ話だったが、寄席の客が喜ぶ、今の形になったという。確かに侍の首が飛んだ方がカタルシスを得られるな。こうして噺は変わってゆくのだ。
この前、古本屋で四代目橘家圓蔵の速記を立ち読みした。圓蔵の演出では、たがやは酒に酔っていて、侍と行き会った時点で相手に絡み、啖呵を切っている。この辺、『首提灯』と同じだ。
だけど、これだと、たがやに対してシンパシーを感じることはできない。やはり、堪えに堪えた末の啖呵の方がしっくりくる。
ただ、この啖呵、「理不尽な権力に対するレジスタンス」という解釈でやると臭くなる。三代目桂三木助の型がこれに近かった。もっとも三木助は、臭くなる一歩手前で踏みとどまっていたが。
ここは、たがやの破れかぶれだろう。十代目金原亭馬生の啖呵は流暢ではなかったが、この「どうにでもしやがれ」感がびんびん伝わってきた。
啖呵の場面は、ただ早口でまくし立ててもウケない。学生時代の私がそうだった。福の家の稽古会で梅八さんは言った。「啖呵を早口でやることはない。言葉自体が早いんだ。かえってゆっくりやるといい」。目から鱗だったな。五代目柳家小さんも『大工調べ』の芸談の中で同じようなことを言っていた。
結局、この噺の主役は群衆だと思う。群衆の異様な盛り上がりによって、たがやも侍も後に引けなくなったのだ。そして、あの惨劇を演じてしまったのだ。
若き日の春風亭小朝もこの噺を得意にしていたが、群衆から「たがやコール」が起こる場面が売りだった。「たがやコール」に応えて、たがやが阪神の掛布みたいに刀を構えて見せ、笑いを取っていた。
桂小文治さんの『たがや』は人が死なない。供侍も殿様も川に放り込まれる。殿様は馬に蹴られて舞い上がり、そして「たーがやー」。やさしい『たがや』。これも一つの優れた演出だと思う。
私は、返り血を浴びたたがやと槍で対峙する殿様を、折しも上がった花火が鮮やかに浮かび上がらせた、という演出を採った。これは馬生の型だ。馬生の噺は絵画的なのだ。
小朝が前座の時、トリの馬生に「まだ花火の噺が出ていません」という形で『たがや』をリクエストしたという。馬生の『たがや』はいい。
『たがや』がいかにも落語なのは、殿様の首が飛んで終わり、というところだ。こんなことが実際にあったら大事件になる。ただでは済まない。殿様の家は、「町人に首を切られた」からには、たとえ後継ぎがいようと「お家断絶」ということになるだろう。遺児が、たがやを仇として付け狙うかもしれない。
それより前に、侍を三人殺したたがやを権力側は逃しはすまい。そんなことを許していたら、秩序が保てなくなる。躍起になってたがやを探し出し、極刑に処するだろう。
「誰も幸福にしない」噺だ。観客だけがカタルシスを消費する。彼らが奉行所に聞かれたら、ためらいもせず「たがやがやった」と証言するのではないだろうか。
そう考えると、なかなか怖い噺である。