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2026年7月18日土曜日

今日の日記

朝、トースト、ウィンナーソーセージ、トマト卵炒め、紅茶。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、『風、薫る』総集編を観ながら飲む。

CDのデータを、せっせとSDカードに取り込む。SDカードは車で聴いている。ランダム選曲にすると、有線放送みたいで楽しい。しかも、自分の好きなアーティストの曲ばかり流れるのだから、たまらない。もっとも、自分が買ったCDが基になっているわけで、当たり前と言えば当たり前か。

早お昼にじゃじゃ麵を食べ、父とお向かいの奥さんの告別式に行く。父はよくお向かいでお茶をご馳走になっていた。ひと回り年下の奥さんの死には、少なからずショックを受けたらしい。お別れに棺の中に花を入れる。お見送りをして帰る。

この頃、やけに蠅が目立つ。土間のじゃがいもがあやしいと目をつける。調べると、一部、腐っていた。エントロピーは増大する。しょうがない。取り分けて、腐った方を棄てる。

妻と次男と、夕方ビール。

夕食は父が買ってきた刺身、冷凍たこ焼き、じゃがいもの蒸かしたの。酒はいただきものの「渡舟大吟醸」。旨いねえ。鰹の刺身はにんにくで。これまた旨し。

寝しなにジェイムソン。


前山の百合が見頃。




皇室典範改正案が可決された。

天皇は私のひとつ上。私も30過ぎまで独身だったから、親からのプレッシャーはあった。彼はその比ではなかっただろう。結婚すればしたで「お世継ぎ」を作らねばならない。うちは結婚して5年、子どもができなかった。甥の双子のどちらかを養子に、という話もあった。偶然だが、うちの長男と、天皇家の長女は同い年。やっと生まれた子が女の子だったということで、男子誕生は皇室の悲願になった。現皇后は適応障害に苦しみ、弟宮妃は高年齢出産(39歳)による男子出産を余儀なくされた。

改正案は、男系男子継承を保持する形になった。改正案に賛成する、日大名誉教授、百地章はこう言う。


 男系男子による皇位継承が続く限り、養子が実現しても「男子を生まなければならない」という重圧に皇室の方々はさらされ続けるという指摘があります。それは申し訳ないことですが、皇室には「天皇に私なし」という伝統があり、国民にとっては感謝すべきこと。皇位とは公のものであって、私情はある程度抑えてでも皇位を伝えることが大事だと考えていただきたいです。(中略)

 ジェンダー平等や、長子優先に転換したヨーロッパの王室の先例から、男系継承に疑問を持つ声もあります。しかし、男系の皇統を守り伝えてきた皇室とジェンダー平等は最も遠いところにあり、そうした現代的価値観だけで2千年近い歴史と伝統を変えるのは、現代人の思い上がり以外の何ものでもないと考えています。(朝日新聞より)


つまり、「皇族には人権はない」と言っているに等しい。個々の人生よりも「存在することに意味がある」ということか。私はそんな彼らを気の毒に思う。江戸時代以前の皇室の方が、貧しくはあっても自由だったのではないか。そう思うのは、不敬なことだろうか。

昨日の豆ちゃん

2026年7月12日日曜日

新しいスマホを買う、百合が咲く

朝、マフィン、紅茶。

細々したことをやって、コーヒーを淹れ、NHK『自然百景』『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら飲む。『小さな旅』は三重県神島。三島由紀夫の『潮騒』の舞台だった。『潮騒』については触れなかったが、島の美しい風景に目を奪われる。

お向かいの奥さんが亡くなり、お隣と通夜葬儀の案内状を配って歩く。1時間ちょっとかかる。

昼はお向かいからいただいた弁当を食べる。

妻とauショップ。4年前に買ったスマホが突如不調になり、買い換えることにした。色々手続きをして、1時間ほどで新しいスマホを手に入れる。そのままPCデポへ行き、データの乗り換えをしてもらう。

17時過ぎ、PCデポでスマホを受け取る。

新しい機械は苦手。色んなアプリにログインし直すのが面倒くさい。こういうのにかまけるのは、文字通り「時間を溶かす」ことに他ならない。ストレスがたまる。

夕食は、茄子の肉巻き、冷やしトマト、人参しりしり、枝豆でビール、酒。酒は吉乃川。新潟県長岡市摂田屋の酒。純米酒信仰の向こうを張る、醸造用アルコールの絶妙の配分。飽きのこない味だな。常温の冷や、燗酒に合う。

食後にジェイムソン。


最近、女優と男優のドラマ撮影時のトラブルがあった。詳しくは知らないし、このことについて、特に意見はない。

ただ、女優に対して少なからぬバッシングがあったことについては、どうなのかなと思う。伊藤さんとか五野井さんとかの時と同じ匂いがするんだよなあ。

よく、「コンプライアンスが厳しくなって世の中が窮屈になった」と言う人がいる。でも、そういう人は、「窮屈ではなかった」世の中で、誰かが傷ついたり生きづらかったりしていたということに、思い至らないのだろうか。自分が窮屈な思いをしないことで、我慢を強いられてきた人が存在するということに、思いが至らないのであろうか。

そんなことを考えていたら何もできない、と言われるかもしれない。だけど、そんなことを思いながら、よりよい明日をつくっていく方がいいと、私は思う。


前山の百合が咲いた。例年より早め。これからますます暑くなるんだよな。




玄関のラベンダーも咲きました。

2026年7月5日日曜日

私の車遍歴

 車を買い換えた。乗っていたミニがオイル漏れをしていて、次の車検ではエンジンを下ろして修理しないと通らないと言われていた。エアコンもガス漏れで利かず、もうこれまでかな、と思ったのである。もっと乗り続けたかったんだけどね。


では、ここで私が乗った車を振り返ってみよう。

就職して初めて乗った車が、ホンダ・シティEタイプ。シティの中ではいちばん安いグレードだった。エアコンもついていなかったが、それだけに燃費はよく、リッタ21キロを誇った。

唯一残っている写真がこれだ。フェンダーミラーが時代を感じさせますなあ。もちろん、マニュアルですよ。

この車は、父が乗って事故を起こし、廃車となった。


次に乗ったのは、ホンダ・シビックシャトルのリアルタイム4WD。給料をためて、初めていちばん上のグレードの車を買った。もちろん、エアコンもついている。マニュアルの5速。電動サンルーフもついていて、運転していて楽しかった、

職場の同僚にそそのかされて、アルミホイルを履き、カーオーディオもいいのを買った。スピーカーはJBL。贅沢したよね。

空前のスキーブームで、私もこの車でよくスキーに行った。雪道でのポテンシャルの高さは群を抜く。

この車は10年ぐらい乗って、友だちに譲ったが、半年ぐらいで彼の父親が事故を起こして廃車となった。


そして、1992年、私はローバー・ミニに乗る。1300㏄が出た時の最初のモデル。私はいちばん安いのを、店頭に出ているそのままの形で買った。4速マニュアル、エアコンなし。ラジオさえついていなかった。

この車を買って間もなく、妻と付き合い始めた。その頃、妻は埼玉県の熊谷に住んでおり、私はこの車で、片道3時間かけて会いに行った。

結局、この車には22年間乗った。屋根の塗装が剥げてきたので、塗りなおした。同じ色では違和感があるというので白にしたら、ツートンになってカッコよくなったよ。


私の母は、この車が嫌いで、2014年に「金を出すから別の車を買え」と言ってきた。老いた母に、私も抗う術はなく、買い換えることにした。お互い歩み寄った結果、BMWミニでよい、ということになる。母の目には、BMWミニはフツーの車に見えたらしい。

妻が主に乗る車は、トヨタ・スターレット、ホンダ・ストリート、トヨタ・ノアと、いずれもオートマ車だったが、ここで初めて私は日常的にオートマに乗ることになった。

前のミニが、トラブルを直しながら完成に近づき、最後には至って快調だったのに対し、新しいミニは、最初は快調で次第次第にトラブルが多くなっていった。

それでも、好きな車だったよ。5ナンバー最後のミニだった。次のモデルチェンジで、ミニは全車種3ナンバーとなり、その後、どんどん大きくなっていった。もはや、今は「ミニ」とは言えない。ミニがかろうじて「ミニ」だった車に私は12年も乗ることができたのだ。

納車に行く前のミニ。長い間、ありがとう。


4台乗ってエアコンがついているのが2台、3台はマニュアル車。少数派だよな。新しい車は国産の軽でございます。

田舎なので、車がなくては生きてはいけない。生活必需品なんだけど、随分高くなったなあ。


夕食は妹夫婦からいただきのものの鰻で燗酒。旨し。

畑のトマトも立派になった。

2026年7月4日土曜日

コミュニティーのイベント、それから合歓の花

朝、トースト、チキンナゲット、紅茶。

今日は地区のコミュニティーのイベントがある。私は役員として参加。曇り空。かえって暑くなくていい。お年寄りから子どもまで、たくさん来てくださる。

片付けをして、12時過ぎ解散。

昼は、サッポロ一番塩ラーメンを作って食べる。

畑に行って、茄子を取って来る。

夕方、ビールを飲みたくなった。明日は雨だというから、その前に草刈りをやろうと思い立つ。労働の後の方がビールは旨い。いそいそと草刈り機のエンジンをかける。

燃料が尽きたらやめようと思っていたのだが、1回だけでは物足りず、もう1回満タンにしてやる。

草刈りは、生き物の命をとることだから、あまり好きではなかった。でも、草たちは強い。あとからあとから生えてくる。空き家の荒れっぷりを見ると、草刈りはやんなきゃなと思う。

結局、「いたちごっこ」なんだよな。草を刈る。また生える。また草を刈る。この繰り返し。人生はそんなもんだ。1回整えたらそれでいいというわけにはいかない。整えたものは必ず崩れる。エントロピーは増大するのだ。崩れたら整える。崩れたら整える。その繰り返しが人生なんだな。勉強になるなあ。

2時間やって終了。妻が、風呂に入れと言うので、入る。風呂上がりに夕方ビール。旨し。

夕食はピザ、スープ、とうもろこしで赤ワイン。ピザに使った、じゃがいも、茄子、バジルはすべて自家製。いいねえ。旨し。

摘んできたパセリとバジル。見た目もいいでしょ。

寝しなにジェイムソン。


イベントからの帰り道、合歓の花がきれいだった。


合歓の花といえば、松尾芭蕉『奥の細道』の象潟での一句、「象潟や雨に西施がねぶの花」を思い出す。芭蕉は「松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり」と書いた。

私は30年前、高山T君と象潟を旅した。もちろん、この『奥の細道』を意識してのルートだった。芭蕉は象潟に舟を浮かべたが、その後大地震によって地面が隆起し、今は陸地となった。


これはその時の写真。田圃の中にぽつんぽつんとある丘は、その昔、島だったという。

象潟はその時も寂しげだった。

2026年7月2日木曜日

7月になった

今日は少しばかり野暮用があり、午後から休みをもらう。

朝から雨。一時は激しく降った。

13時30分頃、帰宅。眠くてたまらなかったので、30分ほど昼寝。

野暮用を済ませ、絵を描きながらLPレコードを聴く。針圧を強くしたせいか、友部正人『大阪へやって来た』『また見つけたよ』もストレスなく聴くことができた。

夕方ビール。雨は上がった。

夕食は、妹夫婦からのいただきものの肉をしゃぶしゃぶにして食べる。


 旨し。酒は牛久からのいただきもの、白龍。新潟の酒。旨し。

食後にジェイムソン。これまた旨し。



7月になった。2026年も後半戦かあ。早いなあ。

朝日新聞に掲載されていた連載小説、柚木麻子の『あおぞら』が完結した。

終戦後の戦後民主主義草創期、女性たちが自らの権利を勝ち取っていく物語。シングルマザー立子が、戦争で息子を亡くした魚屋の弥生に助けられ、大学教授の娘秀子とともに保育園を立ち上げる。立子、秀子の成長譚でもあるが、柚木は一人ひとりの登場人物の人生を丁寧に拾いあげながら物語を紡いでいく。ああ、三人称の小説という構造が、見事に生かされているなあ。

また、この日本の男性優位社会で、いかに女性が割を食ってきたか、改めて思い知らされた。それにしても、この女性たちの、何としなやかで愚直で強く美しいことよ。一方で弱さ醜さもきちんと描かれる。すごいよ、柚木麻子。

新聞の連載小説を読むようになったのは、夏目漱石の『こころ』復刻版以来。だから、50代になってからか。今では毎朝のお楽しみになっている。もっと早く読み始めるんだったなあ。

2026年6月28日日曜日

水無月祓

 朝、パン、スパム卵炒め、紅茶。

細々したことをやり、NHK『自然百景』『小さな旅』『ディアにっぽん』を観ながら、コーヒーを淹れて飲む。『ディアにっぽん』は水俣の92歳の漁師の話。妻には水俣病で49歳の時先立たれ、自身も水俣病に苦しむ。しかし、彼はそのことについて話すのを拒む。番組後半になって、安全宣言の出ないうちに漁に出て、ヤミで魚を売ったことを告白する。賠償金の請求をしたら、チッソに勤めていた親戚から絶縁されたという話もあった。やりきれない話だが、時折挿入される水俣の海のシーンが美しい。

モーツァルトのCDを聴きながら、新聞のまとめ読み。

『力道山未亡人』読了。結婚して半年で夫を失い、莫大な負債と相続税に苦しみながら、魑魅魍魎がうごめく興行の世界を懸命に泳ぎ切る田中敬子。すごいなあ。図書館で借りなければ、まず読まなかっただろうな。やっぱり図書館はえらい。

昼食は妻が作った和風パスタ。旨し。

午後は用足しに出かける。

カスミでウィスキーを買ってくる。奮発してジェイムソンを買ったら、ミニボトルがおまけに付いてきた。ラッキー。

村社の前を通ったら、茅の輪くぐりが出ていたので、お参りをする。

そういえば、先日、「水無月祓」のお札が回ってきたなあ。今日も梅雨空、雨が降ったりやんだりだ。

妻と夕方ビール。義母からいただいた、アサヒスーパードライを飲む。旨し。

夕食は、長男の誕生祝。焼き鳥、コブサラダで酒。酒は甥からもらった純米吟醸。旨いねえ。ケーキもまた旨し。

食後にカティーサーク。


夜になって雨が強くなる。

猫は、ずーっと寝ておったよ。


少し経つが、蜃気楼龍玉が亡くなった。真打になったばかりの頃に、池袋演芸場で観た。ネタは『強情灸』。第一印象は「鯔背なあんちゃん」だった。その後、圓朝ものの怪談噺を得意にするようになる。師匠である人間国宝、五街道雲助のその部分を、しっかり受け継いだのだな。いい鉱脈を見つけたな、と思ったよ。きちんと聴かないうちに逝ってしまった。返す返すも残念だ。享年53歳か。若い、若過ぎるよ。これからが楽しみな落語家だった。

三代目蜃気楼龍玉師匠のご冥福をお祈り申し上げます。

2026年6月27日土曜日

台風が二つまとめてやってきた

朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ、昨夜の残りのスパムチャンプルー、納豆。

細々したことをやり、『風、薫る』2回分を観ながらコーヒーを淹れて飲む。

妻は仕事に行った。

今日はみほ落語会の日だったが、台風接近のため、昨日のうちに中止になった。

昨夜はけっこう強い雨が降っていたのだが、朝には上がっていた。台風8号は通り過ぎたらしい。ただ、台風7号がその後を追うようにやって来て、午後には最接近するという。

というわけで、ずっと家にいることにする。

カセットテープで友部正人のアルバム『6月の雨の夜チルチルミチルは』を聴く。

表題作は友部の自死した友人に捧げた歌だということを、私はYouTubeのコメント欄で知った。

「6月の雨の夜チルチルミチルは/からの鳥かごさげて死の国へ旅立った」というからには、心中をしたのであろう。しかも「半ズボンはいたチルチルは/二人の子どものお父さん」で「そのチルチルに誘われて/ミチルは生まれた町を出た」のだから、その男は妻でない女と、妻と子どもを残して死んだのだろう。その男はクズなのかもしれない。でも、その男にとっては、妻や子どもを残してもまでも、どうしても死ななければならなかったのだろう。残された妻や子どもを思うと、切ない。同時にその男もつらかったのだろうと思う。道連れになった女も悲しい。人が生きていくのは悲しい。

長男と図書館に行く。

昼は次男が作った焼きそば。旨し。

午後は、図書館で借りてきた『力道山未亡人』(細田昌志・小学館・2024年刊)を読む。

力道山夫人、百田(旧姓田中)敬子の物語。結婚して半年後、夫、力道山はやくざとの諍いで腹部を刺され、その1週間後に死ぬ。22歳で未亡人になった彼女は、やむを得ず夫の事業を引き継ぎ、波瀾万丈の人生を歩む。力道山は裏社会との関わりの強い人物だったから、当然、彼女もそういったことに巻き込まれざるを得ない。否応なしにそういう渦に巻き込まれてしまう人が、この世にはいるのだ。

夕方、地区のコミュニティーの会議。

夕食は、酢豚風豚肉とズッキーニの炒めもの、じゃがいも挽肉炒め、焼き茄子でビール、酒。

豆ちゃんはテレビの猫を食い入るように見る。

食後はカティーサーク。妻は白ワインを飲む。


台風は予想よりも南の進路をとった。おかげで、この辺りは大して雨も降らず、強風も吹かなかった。

それでも、同じ日に二つの台風が通過するなんて、めったにないことだ。今までの経験則が通用しない世界が、やってきたのかもしれない。