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2020年4月29日水曜日

カミュ『ペスト』、夏目漱石『二百十日』

カミュの『ペスト』読了。
このコロナの騒ぎで随分前から読まれているというのは知っていた。ふと本棚を見ていたら、高校時代に買った新潮文庫版が出てきた。長男が読んでみると言うので貸してやる。で、長男が読み終えたので、私も遅ればせながら読んでみることにしたのである。
何しろ40年ぶりだから初読同然、面白かったよ。
仏領北アフリカ、オランの街がペストに襲われ封鎖される。医師リウーを中心に、最前線で病疫と格闘する者たちを描く物語。それが今の状況に切実に符合する。
オランにペストの兆候が出始めるのが4月下旬、56月にはあっという間に蔓延し市が封鎖される。微妙に季節がかぶっている。ペストの勢いが衰えるのが12月下旬、終息が1月、とすれば、かなりの長期戦を強いられたことになる。
封鎖された市から脱走しようとする者、刹那的に夜の街に繰り出す者、迫りくる見えない敵に怯える者、今まさに我々が目にしている光景が、この小説の中にある。
しかし、オランの市民は、感染者やある民族・階層の人々を攻撃したりしない。20世紀のフランスの植民地の方が、現代の我が国より民度が高いように感じるのは気のせいだろうか。
主人公、リウーの言葉が胸に刺さる。

「こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は誠実さということです」

この国を動かしている人たちは、果たして誠実か。この国に住む者として、しっかり見届けていこうと思う。


今日はふと目に着いた漱石の『二百十日・野分』(新潮文庫版)を読む。
「二百十日」を読み切る。初読の時は、小説の形を借りたアジテーションのように思え、私としては駄作と断じていたのだが、読み返してみると味わい深い。ここに登場する二人の主人公が、子規と漱石に思えてくる。
阿蘇登山の場面がいい。

(前略)圭さんが、非常な落ち着いた調子で、
「雄大だろう、君」と云った。
「全く雄大だ」と碌さんも真面目で答えた。
「恐ろしい位だ」暫く時をきって、碌さんが付け加えた言葉はこれである。
「僕の精神はあれだよ」と圭さんが云う。
「革命か」
「うん、文明の革命さ」
「文明の革命とは」
「血を流さないのさ」
「刀を使わなければ、何を使うのだい」
 圭さんは、何も云わずに、平手で、自分の坊主頭をぴしゃぴしゃと二返叩いた。
「頭か」
「うん。相手も頭でくるから、こっちも頭で行くんだ」
「相手は誰だい」
「企力や威力でたよりのない同胞を苦しめる奴等さ」
「うん」
「社会の悪徳を公然商買にしている奴等さ」
「うん」
「商買なら、衣食の為めと云う言い訳も立つ」
「うん」
「社会の悪徳を公然道楽にしている奴等は、どうしても叩きつけられなければならん」
「うん」
「君もやれ」
「うん、やる」

どうだ、この今日性は。この国に住む、外国籍を持つ人や生活保護受給者などを分断し、攻撃をあおる人。そんな人の主張を垂れ流すメディア。それに賛同する人々。まさにそれは「企力や威力でたよりのない同胞を苦しめる奴等」ではないか。
確かに二人は青臭い。「奴等」との戦い方も漠然としているし、彼らの言うことは理想論にすぎるだろう。しかし、理想論を軽んじた結果が今の惨状を生んでいるのではないか。「企力や威力でたよりのない同胞を苦しめる奴等」「社会の悪徳を公然商買にしている奴等」を拒絶する青臭さが、私たちには必要なのではないか。

古典と呼ばれている作品の今日性というものについて、今日は考えさせられましたよ。


夕食はコロッケ、揚げ餃子でビール、酒。初物の筍の味噌汁。
寝しなにアイリッシュウィスキー。 

2020年4月26日日曜日

巣ごもりの休日

土曜日の日記。
朝、フレンチトースト、チキンナゲット、紅茶。
長男とケーズデンキへ行き、PCを買う。
昼は雑煮とおにぎり。
ずっとカミュの『ペスト』を読む。
夕食は自家製のピザ、フライドポテト、サラダでビール、白ワイン。
風呂に入って、アイリッシュウィスキー。
寝しなにカセットテープに録音していたローカル岡の漫談を聴く。
これが面白い。どっかんどっかんウケてる。綾小路きみまろに匹敵するウケ方だ。
茨城県出身の漫談師。ブレイクの兆しが見えていた2006年に62歳で死去。
今更ながらに本当に惜しかったなあと思う。

今日の日記。
朝、パン、スープ、目玉焼き。
家に籠って『ペスト』を読む。
誕生日のプレゼントで買ってもらった、ジャズメッセンジャーズとチャーリー・パーカーのCDを聴く。
昼は焼きそば。
妻は仕事。今日もお客はいっぱい来たという。
夕食は冷しゃぶ、ジャガイモの蒸かしたの、納豆油揚げでビール、泡盛。
食後にアイリッシュウィスキー。





昨日の新聞に載っていた言葉が印象的だったので、書いておく。中国の作家、閻連科の言葉だという。
「(当局の発表前に新しい感染症を知人らに伝えた武漢の医師)李文亮のように警鐘を鳴らす人になれなくても、その声を聞き取れる人になろう。大声で話せないなら、耳元でささやく人になろう。ささやくことすらできないなら、おぼえておく人になろう」
この騒ぎの中で色んなことが起きている。何があったか、おぼえておくことにしよう。油断していると事実はたやすく捻じ曲げられてしまうのだから。

2020年4月25日土曜日

在宅勤務

水曜日から3日間、在宅勤務。
この騒ぎで、とうとうこんなことになった。
一日中ずーっとパソコンに向かって、ひたすらExcelと格闘していた。
昼休み、気晴らしに家の敷地内を歩く。天気がいいのだけが救いだったな。



テレビを見てもコロナのことばっかりで気が滅入る。ネットを覗いても同じ。
一律10万円給付は決まったけど、案の定、「公務員は返上しろ」「生活保護受給者にはやるな」「外国人は除外しろ」なんていうことを喚き散らす人々が出てきた。アベノマスクに至っては不良品が続出。なのに「アベノマスク」というハッシュタグをつけて政府への感謝・賞賛のツイートがわんさと上がる。「こんな時には文句を言わず団結せよ」なんていう説教もされる。バカ言うな、文句言わなかったら給付金の代わりに「お肉券」が届いていたんだぞ。(給付金もマスクもまだだけど。つか、マスクはどうでもいいけど)美しい国だな、日本は。
こんなこと言うと、「日本が嫌いなら出ていけ」と言われるんだよな。いや、嫌いじゃないですよ。むしろこの国の風土、文化、芸能、大好きですよ。この国に住む人を分断し、差別に乗っかる人たちが大嫌いなだけですよ。敵を作り差別をあおる、そんな人が日本を代表しているわけがないでしょう。(現政権の支持者かもしれないけど)
・・・今日は口が悪いな。ストレスがたまってんのかな。

朝早く運転しなくて済むので、のんべんだらりと飲んでしまう。
『宇治拾遺物語』と『ペスト』に取り掛かる。『ペスト』は高校の頃買った新潮文庫版。長男に読ませたら面白かったというので、自分でも読んでみる。40年ぶりぐらいなので、ほとんど初読のようなものだ。明日はお休み、時間はたっぷりある。いい機会だ、色んなものを楽しもう。

2020年4月19日日曜日

久々の散歩 源氏読了

朝、御飯、味噌汁、ベーコンエッグ、納豆。
昨日とはうって変わって、きれいに晴れ渡る。


せっかくの晴天なので、子どもたちを連れて散歩に出る。



霞ケ浦に出て堤防を歩く。筑波山がきれいに見える。




1時間程歩いて帰る。
昼は子どもたちが冷やし中華を作る。
午後は『源氏物語』を読む。本日、読了。純粋に面白かった。
夕方ビール。
夕食は、大根と豚バラのトマト煮込み、ニラ玉で酒。

2020年4月18日土曜日

嵐からの隠れ場所

朝から雨。


朝、御飯、味噌汁、卵と魚肉ソーセージの炒めもの、納豆。
ミー太郎は外に出たかったみたいだが、あまりの荒天にあきらめてふて寝。


マイルズ・デイヴィス、チャーリー・パーカー、ビル・エバンスを聴きながら『源氏物語』を読む。
源氏は「宇治十帖」のクライマックス「浮舟」。光源氏をさらに肉食系にしたような匂宮。不義の子、薫。薫の最愛の人、故大君の異母妹、浮舟。細やかに気遣ってくれる薫に義理立てしながらも、匂宮に官能の炎を点けられてしまった浮舟は、二人の間で懊悩する。浮舟の耳に、入水を促すように宇治の水音が迫る。すごいなあ。これを書いた紫式部って、いったいどんな人なんだろう。
昼は子どもたちと和風パスタを作って食べる。
食後にぼんやりテレビを見ていたら、大林宣彦監督作品『時をかける少女』が始まった。ついつい最後まで見てしまった。昭和の尾道の風景、原田知世の可憐さが胸を打つ。



私としては、そのひとつ前の『転校生』がいちばん好き。これが最も尾道愛にあふれた作品ではないかと思う。大林宣彦監督のご冥福を祈る。
夕方、雨が上がる。早速、ミー太郎、外に出たがる。


しょうがないから出してやる。
夕食は肉じゃが春巻、葱と油揚げの炒めもの、マカロニサラダ、なめ茸おろしで燗酒。
夜になってミー太郎、御帰還。


寝しなにボウモア。

今日は一日、春の嵐が吹き荒れた。
ずっと家にいると、何だか難破船の中にいるような気分になったよ。
ふと、ボブ・ディランの『嵐からの隠れ場所』を思い出した。
ディランが私の頭の中で歌う。

「お入りよ」と彼女は言った。「あんたに嵐からの隠れ場所をあげるわ」

この国はこの国に暮らしている全ての人に、「嵐からの隠れ場所」を作る気はあるんだろうか。

2020年4月16日木曜日

落語『目薬』・『紋三郎稲荷』から


以前、落語『目薬』から「つけべし」という言い回しについて、あれこれと書いたことがある。


本来「べし」は終止形に接続するので、正しくは「つくべし」であろう。これは誤用ではないか、と思ったのである。
ところが、その後、夏目漱石の『坑夫』を読んでいて、「気をつけべきこと」という記述にぶつかった。どうやら明治の東京では、「つけべし」という使い方があったようだ。私は誤用だと思うのだが、誤用ではないのだろうか、合理的説明はつくのだろうか、色々疑問に思っていた。
ある時、「べし」の用法について、その辺りに詳しい人に聞く機会があった。彼はこう説明してくれた。
「それは誤用です。では、なぜそんな誤用が起きるかというと、『べし』というのは助動詞なんですが〝強い〟んですね。付属語なのに自立語の用言のような扱いを受けやすい。だから誤って連用形に接続するということがある。『つく』の連用形は『つけ』、よって『つけべし』という使い方はあるんです」
なるほど、そうか。すとんと腑に落ちた。ただ、同じ連用形でも「笑ひべし」とか「閉ぢべし」とかは言わないように思う。一方、下二段活用とは相性がよい。「受けべし」とか「掛けべし」とかは言いそうだ。つまりはエ段の音と相性がよいということか。
こういうことをあれこれ考えるのは楽しい。

もうひとつ、この間記事にした『紋三郎稲荷』。六代目三遊亭圓生は「今は取手(とりで)」と言いますが、昔は『とって』と言っていたんだそうで」と言っていた。
「取手」は「とりで」という読み以外はありえない。何たって「砦(とりで)」が語源なんだから。でも江戸の人が「取手」を字面から「とって」と誤読することは、いかにもありそうだ。
圓生は古い速記本を見てこの噺を作ったから、その演者も「とって」と言っていたのだろう。しかし、圓生の口ぶりから、昭和には既に「とりで」が一般的だったことが分かる。だったら、わざわざ「とって」を持ち出す必要はなかったはずだ。
ここで私は圓生の『紋三郎稲荷』が、その当時得意にしていた二代目三遊亭円歌のそれに対抗して作られたということに注目したい。圓生は円歌から稽古してもらった、弟子好生の『紋三郎稲荷』を聴いて、「これではまるで駄目だ」と言って作り直した。「自らの『紋三郎稲荷』こそが正統である」というメッセージがそこにある。
円歌は平馬が駕籠に乗る場所を「幸手(さって)の松原」で演じている。笠間から江戸に出るのに、わざわざ幸手に行ってから松戸に回るのは、水戸街道を上って取手を通るよりはるかに遠回り。病み上がりの平馬が、そのルートを選ぶとは考えにくい。円歌が「とって」と「さって」とを間違えて覚えた可能性がある。もしかしたら圓生は、「円歌さんは幸手(さって)でやっていますが、実は取手(とって)の間違いですよ」という意味を含めて、昭和の時代には一般的でない「とって」という読み方をわざわざ持ち出したのではないか。いささかうがち過ぎかもしれないけれど。
五代目柳家小せんも「とって」を出してくるが、これは圓生がやったままを演じているからだろう。鉄道路線図などで「取手」は「とりで」と読むのが一般的になっており、ここでわざわざ「とって」を持ち出さなくてもいいと思う。最初に「とって」と言われると、そこでつい引っかかってしまうんだよなあ。(茨城県民だけかもしれないけれど)

とまあ、色んなことに思いを巡らせてしまった。これも、コロナ禍でどこへも行けないからだろう。せいぜい家でおとなしく、猫を抱いたり(犬はいないので)、紅茶飲んだり、本読んだりしていましょうかね。

殿様、ついに国民に一律10万円を配ることにしたらしい。「こんな時に批判するな」「何もないよりマシ」なんて言っていた人たちの言うことを聞いていたら、「和牛券」やら「お魚券」か、小っちゃな布マスク2枚が届いていたかもしれない。声を上げるって大事なんだな。

ミー太郎、今、人間社会は大変なんだぞ。

2020年4月13日月曜日

週末の日記

週末の日記。
土曜日。朝、鯖チーズトースト、紅茶。
妻は仕事。落語を聴く。
いい天気。休校でずーっと家にいる息子たちと庭でキャッチボールをする。
昼はインスタントラーメン。サッポロ一番醤油味。
『源氏物語』、「総角」を読む。いよいよ「宇治十帖」。
夕方、タイヤ交換。
夕食は冷しゃぶ、さつま揚げ、刺身こんにゃくで酒。
寝しなにボウモア。

日曜日。雨の中、ミー太郎が朝帰り。その後はずーっと寝ている。


朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、納豆。
妻は今日も仕事。
『源氏物語』、「総角」と「早蕨」を読む。
昼はチャーハンを作って食べる。
『源氏物語』は「宿木」に入った。
夕方、皆で餃子を作る。



夕食は自家製餃子とハム、ちくわでビール、酒。
市販の冷凍餃子はあまり得意ではないが、うちで作るやつはさっぱりしてて何個でもいける。5人で60個を食べ切った。

では、昔の絵葉書をもう1枚。昭和初期の石岡。

金比羅神社前の中町通り。


2020年4月11日土曜日

『紋三郎稲荷』聴き比べ

例のコロナ騒ぎで家にいる。
徒然なるままに落語を聴く。先日コメントでmoonpapaさんが『紋三郎稲荷』について書いておられたので、せっかくだからこの機会に聴き比べをしてみる。
ネットで検索すると、あっという間に、二代目三遊亭円歌・六代目三遊亭圓生・五代目(当代)柳家小せんのが出てくる。便利な世の中だね。

『紋三郎稲荷』(円歌の型)のあらすじは次の通り。
常陸国笠間藩、牧野越中守家来、山崎平馬は参勤交代の折、風邪を引いて皆と一緒に出立することができなかった。ようやく二、三日遅れて江戸に旅立つ。幸手の松原で松戸からの帰り駕籠に乗る。八百文というところを、酒手を付けて一貫文にした。防寒のために割羽織の下に着込んでいた狐の胴服の尻尾が駕籠の外に出ていたことから、駕籠かきが平馬を紋三郎稲荷の眷属と思い込む。洒落っ気のある平馬はそのまま狐なりすます。松戸では紹介されて本陣に入った。主人は笠間稲荷を熱心に信心していることから、平馬を手厚く歓待する。やがては近所の者も次の間に集まってお賽銭を投げ込む始末。夜中、酔いから覚めた平馬は、後ろめたくなって七つの鐘とともに本陣から逐電した。その時、庭の隅に祀られていた稲荷の祠から狐が姿を現し、平馬の後ろ姿を見送りながら、「近頃化かすのは人間に敵わない」

もともとこの噺は二代目円歌の得意ネタ。まずは円歌を聴いてみた。
口演時間は15分足らず。円歌らしく明るく賑やか、軽い小品に仕上がっている。
びくびくする駕籠かきと洒脱な平馬とのやりとりが楽しい。
圓生の方は『圓生百席』からの音源か。客無しのスタジオ録音。マクラをたっぷり振って35分。噺自体は20分ほどである。
円歌に比べ、一人一人の登場人物の骨格をしっかりさせた重厚な造りになっている。
平馬が勤番となって江戸へ行くことになったが、風邪を引いて同僚より二、三日遅れて旅立つ。その時に病み上がりの身体を用心して狐の胴服を着込むということを、導入部で仕込んでいる。丁寧な構成である。
平馬が駕籠に乗るのは取手(とって)の渡しを渡った所。ちなみに円歌は幸手(さって)の松原。圓生は、「取手(とりで)は昔〝とって〟と言っていた」というけれど、取手という地名は「砦(とりで)」に由来するので、〝とって〟という読みはないと思うのだが、どうなのだろう。ただ、笠間から幸手を通って松戸へ行くのは、水戸街道を上って取手に行くより、かなり遠回りになる。圓生の型の方が合理的である。
小せんのは圓生の型。現在はこれがスタンダードなんだろうな。当代の小せん、寄席で聴いたことがあるが、改めて聴くと上手いね。きちっとした楷書の芸だ。

さて、この『紋三郎稲荷』に関しては、ひとつの不幸なエピソードがある。春風亭一柳著『噺の咄の話のはなし』にあるのがそれだ。
一柳がまだ圓生門下で好生を名乗っていた頃の話。二つ目になったばかりの好生は、大幹部の円歌に着物のたたみ方が気に入られ、目をかけてもらっていた。ある時「稽古においで」と言われ、『紋三郎稲荷』を教わる。ようやく高座にかけてよいという許しを得た頃、師圓生が自分の前で『紋三郎稲荷』をやってみろと言った。やってみると、圓生は「それでは丸で駄目だ」と言う。そして古い速記本を取り出すと、それを読みながら、噺をすっかり直してしまった。それは円歌から教えられた原型をとどめぬほどであった。
ちょうどその時、電話が鳴って圓生にテレビ出演の依頼があった。圓生は『紋三郎稲荷』を出すと答え、好生こう言った。
「あれはだいたいうちのお師匠さん(四代目橘家圓蔵)がやっていたもので、その弟子の円玉さんのを私は聞いて知っている。円歌さんは、その円玉さんに教わってやっているんで、私がやるぶんには一向差しつかえがない」
結局、好生は圓生版『紋三郎稲荷』を覚え直さざるを得なくなった。
加えて圓生は好生に若手勉強会で『紋三郎稲荷』をかけるように命じる。悪いことは重なるもので、その場に円歌がいた。円歌は自分が教えた噺の出来を楽しみにして、好生が出る若手勉強会に足を運んだのだ。
噺を聴いた後、円歌は怒りをにじませて好生に言った。
「お前はセコだよ。私が教えてやった噺をめちゃめちゃにして・・・。第一、円生君だってセコすぎる。弟子に教えたものを師匠がとって放送に出すなんて・・・」
以後好生は、それまで呼ばれていた円歌のトリ席に、二度と呼ばれることはなくなった。

完全主義者の圓生にとって、円歌の『紋三郎稲荷』は穴だらけだったのだろう。しかし、それは二人の向いている方向が違っていたからに他ならない。円歌は円歌で楽しいし、圓生は圓生で聴きごたえがある。しかし、圓生には自分の価値観以外のものは認められない。そしてその価値観を弟子にも求める。悪気がない、というよりも信念に基づいているだけに厄介だ。もうひとつ、自分より芸が劣る円歌が香盤で上にいる、という意識も影響していたと思う。だからこそ、円歌の噺が「まるで駄目だ」となるのである。その間で翻弄された好生は本当に不憫だなあ。

物置で見つけてきた昔の絵葉書から。
昭和初期の笠間稲荷神社拝殿。

現在の拝殿。昭和30年代に再建されたもの。


2020年4月7日火曜日

昔の絵葉書 ~朝日新聞~


物置で見つけてきた昔の絵葉書。昭和初期のものと思われる。
朝日新聞が作ったもの。「新聞が出来るまで」を解説している。


新聞の出来るまで(1)
政治・経済・社会外報・運動・学芸・写真・各部の記者・日本満州は勿論、全世界の枢要地に配属された通信部員に配置された通信部員の間断なき活躍に依って、ピックアップされたニュース・写真等は飛行機・鳩・電信・電話・電信写真等の連絡機関を利用して編集局内の整理部に集中され適当に取捨選択される。



新聞の出来るまで(2)
原稿は文選・植字の後ゲラ刷となって校正をうけ、製版された写真等と一諸(ママ)に紙型となり鉛版に鋳込み輪転機にかけて印刷にかかるのである。


 新聞の出来るまで(3)
刷り上がった新聞は自動的に折畳まれ、奔流の如くキャリーを使って発送所に飛び込み忽ちのうちに各販売店に荷造りされてコンベヤーから専属トラックへ。そして配達所(市内)へ、駅(地方)へ突進するのである。


通信手段が「鳩」だったり、出来上がった新聞がトラックに載せられ「突進」したりと、時代を感じさせる内容。裏面に「世界一の読者数を誇る、東京朝日新聞・大阪朝日新聞」とあるのが泣かせる。

2020年4月5日日曜日

引きこもりの一日

朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、納豆。
『源氏物語』は「幻」まで。光源氏も死んだか。
昼はレトルトのカレパ。



無印のカレーは旨い。
昨日とはうって変わって、天気が悪く肌寒い。
夕方になって晴れる。
柿の若葉が芽吹き始めた。


夕食は煮込みハンバーグ、サラダ、食パンの耳を揚げたので白ワイン。

今日、ブログを開けてみたら、カウンターが見事に3並びでした。


もう1枚。昨日物置で見つけてきた絵葉書。


あの名優、六代目尾上菊五郎。ちょっと感動。

2020年4月4日土曜日

春が来た

朝、ホットサンド、紅茶。
散歩がてら床屋に行く。桜が満開。





昨年の今頃、このブログの読者のさざなみmooさんに桜の花びらが走るのを教えていただいた。自分だけでは見えないものがあるんだな。今年はそれを楽しむことができました。ありがとうございます。

昼は長男と一緒にナポリタンを作って食べる。


妻は仕事。ドラッグストアのパートに出ているが、お客が殺気立っていて大変だという。
『源氏物語』は「夕霧」「御法」まで読み進む。とうとう紫の上が亡くなってしまったよ。

夕方、発泡酒ひと缶持って下の畑に花見に行く。旨し。

個人的桜を見る会。

月も出ていた。花見と月見が一緒にできた。

夕食は妹一家と家で飲む。刺身、ピザ、手羽先、蓮根と牛肉の炒めもので酒。旨し。子どもたちもいとこのお兄ちゃんに遊んでもらった。よかったねえ。

殿様がマスクをくださる。「何もないよりありがたい」という人たちが出てきた。テレビでは「布マスクの使い方」を教えてくれる。まるで大日本帝国に住んでいるみたい。

2020年4月2日木曜日

ちょっと昔の土浦

ちょっと昔の土浦の写真。だいたい20年ぐらい前のが多いかな。

モール505脇にあった佃煮屋さん。
震災で甚大な被害を受け取り壊された。
安西水丸が著書『小さな城下町』でイラストに描いている。

どの辺にあったのか、憶えていないが、もう今はなくなっているだろう。

中城町にあった床屋さん。床屋の建物はシブい。もう今はない。

駅前通りから真鍋の方に向かった所にあった。もう今はない。

筑波線の新真鍋駅の跡。
線路があった所は現在サイクリングロードになっている。

中城町、矢口酒店。震災前の姿。

モール505と駅前通りが合流している辺りにあった文房具屋さん。もう今はない。

「土浦名店街」の看板だけなくなっている。


駅前から亀城公園に向かう途中にあった時計屋さん。もう今はない。

中城町のお菓子屋さん。もう今はない。

桜町。これはまだあるかな。

桜町。建物はあるが営業はしていない。

上の写真のお隣。看板の女の人の眼光が鋭い。

大手町の辺り。

この建物も、もう今はない。


コカ・コーラの看板がある真ん中の並びは、きれいに取り壊されてしまった。

新装なった大徳呉服屋さんの裏にあった蔵。もう今はない。
 
真鍋の坂にある旧藤本蚕業土浦支店。
今は廃墟のようになっているが、この当時はこんな感じだったのね。


前述の文房具屋さんの近くにあった医院だった建物。もう今はない。
こう見ていくと、ずいぶんお気に入りの建物がなくなっちゃたなあ。

さて、殿様が「かつてない」「最大限の」「前例にとらわれない」対策をすると大見えを切った。和牛券やらお魚券やら、さんざ迷走した挙句に出てきたのが、全世帯に布マスク2枚配布するというもの。まあ確かに「かつてない」ものだわね。本土決戦を前に各世帯に竹槍2本ずつ配るようなものか。すげえなあ。どんな素敵なマスクが来るか、今から楽しみです。