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2016年9月12日月曜日

続古今亭志ん朝と蕎麦

玉子丼という丼物。親子丼から鶏肉を抜いたもの、といえば手っ取り早いか。
まあ、あまりそそらないメニューだ。肉気は欲しいもんね。
学生時代、私は落研にいたのだが、合宿の時の最終日の昼飯が、必ずと言っていいほど、この玉子丼だった。がっかりしたねえ。玉ねぎが嫌いな先輩なんか、卵でとじている奴を懸命に取り除いていたっけ。

ところで、蕎麦屋にセットメニューってありますな。ミニ丼に、もりそばか、かけそばが付くやつ。ミニ丼のラインナップと言えば、カツ丼、天丼、親子丼といったところがメインだろう(ねぎとろ丼とか牛丼なんかもあるんだろうけど)。
じゃあ、ここに玉子丼があるとどうだろうか。そして、その相方が、かけそばだったら。その指名順位、相当に低いものになるのではないだろうか。それは、蕎麦屋の中で丼物部門と蕎麦部門において、最も軽んじられている者同士の組み合わせだと言っていい。(同じ蕎麦のみでも盛りの方はどこか通のイメージが漂う。)
しかし、この「玉子丼にかけそば」を好んだ人がいる。これが、あの古今亭志ん朝だと聞くと、誰しも意外に思うだろう。
江戸の粋を体現するような志ん朝だが、実はこの手の嗜好が強い。 

雑誌『太陽―特集そばを極める』に収められた「ささやかな道楽」の中で彼は、「食い意地が張ってるもんだから、そばはせいろとタネものと、両方いっちゃいますね」と言っている。ってことは「もりそばと天ぷらそば」なんて組み合わせもあるんだ。昔同僚が「ラーメンともりそば」を頼んでいるのを見て、「いくら何でもそれはないだろう」と文句を言ったのだが、志ん朝も同じようなことをしていたんだなあ。
また、「そば屋のネタを使って、自分で創作することもある」と言う。例として挙げられているのは2つ。
一つは尾張屋のかき玉そばとライス。はじめにかき玉そばのそばだけ食べて、残ったかき玉と餡をご飯にかけて、薬味のすり生姜を足してずるーっと食べる。これが風邪や二日酔いの時には最高だという。
もう一つは翁庵のねぎせいろとライス。本来温かいつゆに白髪ねぎと揚げ玉が入っている所に、ある時期から小さいイカのかき揚げが入るようになった。このイカのかき揚げをご飯にのっけて、つゆをかけてしばらく置く。そしてそばをつーっと食べて、そば湯をもらってつゆに足して、吸い物代わりにしながらちいちゃな天丼を食う、といった次第。
どうです?旨そうでしょ?

五街道雲助が前座の時分、古今亭志ん生の家に手伝いに行っていた時に、志ん朝が遊びに来た。
「腹が減ったから蕎麦屋に電話してくれよ」と頼まれた雲助は、粋にもりでも手繰るんだろうと思って「何に致しましょう」と訊くと、志ん朝に「カレーうどんに、ライスも付けてもらってくれ」と言われ、ぶっとんだという。
あまりに意外だったので仲間に話したら、回り回って当人の耳に届いた。志ん朝は雲助にこう言ったという。
「駒七(雲助の前座名)は粋がっているだけなんだ。蕎麦ばかり食うのが粋じゃないんだよ」
志ん朝が食うからカレーうどんも粋になるのか、さらっと自然体で食う姿が粋なのか、いずれにしてもこのエピソード、私は「粋」だと思いますがね。

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