2019年8月7日水曜日

デグチプロと吉本


ジャニーズ事務所、吉本興業と、立て続けに芸能事務所と芸人・芸能人との関係が取りざたされている。
こういうニュースに接するにつけ、私は出口一雄のことを思い出す。
出口一雄。戦後の民放ラジオ草創期に、演芸部門で辣腕を発揮した名プロデューサーである。当時、昭和の名人、八代目桂文楽・五代目古今亭志ん生・六代目三遊亭圓生・五代目柳家小さんらと専属契約を結び、業界を震撼させた。TBS退社後はデグチプロを立ち上げ、芸人のマネジメントをした。
私は、出口の姪御さんとひょんなことでお知り合いになり、このブログで記事を連載した。


特にデグチプロにおける彼の仕事は、見事に芸人に寄り添うものであった。


出口一雄の姪、Suziさんは、私へのメールでこう言っている。

当時(今から55年くらい前になりますが)伯父が、
「吉本はデカクテて古いところだけど、いつか何か起きるぞ。俺ン所は俺がやってるチイチャイこんな所で、俺は開けっ広げで10%取ってるだけだけど、芸人を大事にしない所は、いつかいつの時か何か起こる」
そういった伯父の言葉を思い出します。

 デグチプロでは、事務所:芸人のギャラの配分は何と1:9だった。確かにジャニーズや吉本のような巨大事務所と、社長の他には従業員が二人しかいないデグチプロと単純な比較はできない。しかし、この、芸人に対するまなざしの違いはいったい何なのだろう。芸人というプレイヤーがいなければ、マネジメントなどは成り立たないはずなのに。
出口一雄には芸人に対するリスペクトがある。

そういえば、三代目三遊亭金馬についての文章の中で、吉本興業が出てくるのがあったな、と思い出す。探してみたら、大西信行の『落語無頼語録』に収められた「忘れられぬ金馬の居酒屋」という文章だった。以下に引用する。

山崎豊子の『花のれん』の吉本興業が、売れっ子の金馬を自分のところの専属にしたくて、金馬がそのころ惚れて通っていた吉原の遊女を、
「どうぞ身請けしてお妾さんになさいまし、費用はいっさい手前どのでナニしますから」
 と、言葉たくみにささやきかけて来た。色と金で芸人を縛りつける。これは吉本の常套手段だった。多くの芸人が、この手にはまって吉本の専属になっていた。東京の芸人でも講談の神田伯竜だの柳家金語楼だの・・・。
 しかし金馬は、時に傲慢さえ見えたあの意地っ張りのつよい顔で、ふふんとせせら笑って吉本の申し出をあっさりとはねつけて断った。
「金語楼にゃァなりたくねェ―」
 と言って。

このエビソードは「惚れた女との甘い生活と吉本興業専属の芸人になることを天秤にかけて断ることの出来た」「金馬の怜悧さ」を示すものだが、吉本のあざとさも同時に示している。
というようなことを思っていたら、今度は吉本興業が「NSCの夏合宿」で、「死亡しても一切責任負いません」という誓約書を提出させていたという報道があった。会社側は「引継ぎがうまくいかず、修正前の規約を渡してしまった」とコメントをしているが、5年前に顧問弁護士の指摘を受け、修正していたというのだが、要はそのような「思想」を吉本は持っていたということだ。
最近吉本のベテランがこぞって、声を上げ始めた若手をたしなめるようなコメントを出しているけれど、それは年寄の奴隷が若者の奴隷を恫喝しているように見えてならない。
吉本が変わろうと変わるまいとどちらでもいいのだが、「そういう思想」を私は断じて受け入れることはできない。

最後にSuziさんがこのように総括してくれた。以下に記す。

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10%を取るという事は、その芸人さんが人気が出て、一席1万円が10万円になれば?
馬鹿でも分かる計算です。それで何人も伯父の所に集まったんです。
しかし、他の芸能プロは、何もかも面倒を見てくれます。住まいも宣伝も何もかもです。だからプロダクションはその芸人さんには、人気が出るまでには沢山の投資をしています。だから人気が出てギャラが上がった時も、しばらくは(?)最初の契約金でズーーーッと働く(働かされる?)わけです。そうしないと商売が成り立ちません。かけた投資の返却期間で、当然のことです。しかしその期間が問題ですよね。時には飼い殺し、とも思えない期間吸い上げられ、働かされます。だから契約書は必要なのです。一般企業と芸人社会の構成や、構造とは違いますが、700名の社員、6000人芸人さんの会社で、政府から金も出ている大企業(?)が芸人さん(言うなれば大事な社員であり、商品)と契約書を交わしていない、其処へ今回の、《怪我しても、死んでも文句言うな》の一筆あり、が判明。何とまあズサンで人権無視で、奴隷社会のような経営の骨組み実態。これは法に訴えることも出来る文書です。お粗末、そのものです。
しかし、芸人の生活は天国と地獄が現存の社会です。何かあれば、ベンツに乗っていた、ヨットを持っていた生活が、いっぺんにホームレスになるような、そんな社会が芸人社会です。
一般社会の人間からは想像もできない、すさまじい現実がある。芸人を軽い気持ちで目指す若者達には是非知ってもらいたい、と心より願います。そして最近では、裸だったり、ただのギャグだけで人を笑わせる芸人が増えていることも嘆きです。人気取りのためにそういうことをする期間があっても仕方ありませんが、どうか、《芸人》を目指すなら、「芸」を「笑い」の「本質」を学び、自分の物として身につけてほしいと願います。

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確かに吉本所属の芸人6000人には驚いた。
ちなみに東京の落語家の数を調べたら次の通りだった。
【落語協会】 真打203 二つ目69 前座29 合計301(HPから)
【落語芸術協会】 真打95 二つ目45 前座27 合計167(HPから)
【圓楽一門会】 真打36 二つ目16 前座6 合計58(ウィキペディアから)
【落語立川流】 真打28 二つ目17 前座13 合計58(ウィキペディアから)
昭和53年当時は以下の通り。
【落語協会】 真打47 二つ目61 前座14 合計122
【落語芸術協会】 真打41 二つ目30 前座11 合計82
【落語三遊協会】 真打6 二つ目5 前座4 合計15
(『別冊落語界 現代落語家集成』より)
41年前に219人だったのが現在は584人。実に2.7倍に増えている。
芸人になる垣根も大分低くなっているのかもしれないなあ。


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