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2014年4月6日日曜日

信月 塩しょうがラーメン

札幌での宴会は、まずは0次会をもつ焼き屋でやり、1次会はジンギスカン、2次会を炉辺焼きで
やった。ここでばらけて、私たちはバーへ。バーではシングルモルトの余市とボウモアを飲む。
シメはラーメン。信月の塩しょうが。宴会の後には、こういうあっさり系が旨いね。


信月は雑居ビルの1階の片隅にあった。

2014年4月5日土曜日

幇間考

前回、『鰻の幇間』の話を書いて、幇間についてつらつら考えてみた。
まあ変な職業だよな。同じ花柳界にあって、花魁や芸者のように、うまくイメージがわいてこない。
落語の中ではパアパア言いながら、客をヨイショしてご祝儀をせしめる役どころで出てくる、その程度。
幇間は、男芸者とも呼ばれた。歌や踊りで酒席を盛り上げる、旦那のお相手をするといったことが主な仕事だが、腕のある幇間は、旦那の財布を預かり、酒宴を取り仕切ったという。
まあいわば、旦那の遊びのプロデューサー的な存在ですかね。
ちょっと話がずれるかもしれないけど、宴会を仕切ってくれる、「気の利く後輩」がいるといいなあと時々思う。店の手配や女の世話なんかを一手に引き受けて、宴席でもカラオケで盛り上げてくれたり、話し相手にもなってくれたりする。タレントでいえば、今田耕司とかサバンナ高橋みたいなタイプね。飲んでて楽しそうだし、気は利くし、言うことない。
そして、それを職業としたのが、実は幇間なのではないかと、私は思う。
お旦の場合、その「気の利く後輩」がアマチュアだったら(例えば部下だったりしたら)、そいつの地位なんてのを配慮したり、それ以外の者との人間関係を考慮したりと、なかなか面倒臭い。
でも、それがプロならば、金銭で片付くわけだから、何かと便利だ。
かくして、お旦という富裕層が花柳界で遊んでいた時代には、幇間という職業に確実に需要があったのだ。お旦は、幇間の前で進んで自分の嫌な部分を見せることができ、我儘に振る舞うことができた。(落語の『幇間腹』や『つるつる』などは、そのような関係から生まれた噺である。)そして、お旦のような人種しか、そんなことに金は使わない。お旦階級の消滅とともに、幇間も消滅する運命にあったのだ。
しかし、幇間の本質が「気の利く後輩」であるとすれば、幇間的人物は普遍的な存在であるともいえる。(テレビの中に、今田耕司やサバンナ高橋がいるように。)幇間という職業が事実上消滅した今でも、幇間の噺が生命を持ち続けているのも、別に不思議なことではない。



2014年4月1日火曜日

ちょっとひと区切り

昨夜は、『笑っていいとも』のグランドフィナーレを最後まで見てしまった。
ふと、大学の頃を思い出す。あれは経堂の弥っ太君のアパートに泊まった翌朝のことだった。
弥っ太君がいきなり、「新宿に行こう」と言い出した。「タモリが昼の番組を始めたんじゃが、あんまおもろうないんじゃ。このままでは終わってしまいそうじゃ、見に行ってやろうぜ。」
弥っ太君は熱烈なタモリファンであったのだ。
私たちは、そのまま小田急線に乗って新宿に行き、スタジオアルタに向かった。そして、すんなりと入って生放送を見ることができた。
「友達の輪」は高田みずえがゲストで、トークの後には彼女が新曲を歌った。確かに新番組は手探り状態で、すごく面白いという印象はなかった。
それが32年続く長寿番組になったんだもんなあ。あの時は想像もつかなかった。
タモリは、私が高校の頃にデビューした。
初めて見たのは、和田アキコがゴッド姉ちゃんで売っていた『噂のチャンネル』だったかな。「4カ国語麻雀」とか「ハナモゲラ語」とか「イグアナのモノマネ」とか、いかにも怪しげな芸人だった。いや、いわゆる芸人臭さはなかったな。アンダーグラウンドのパフォーマーといった趣か。
その後、『タモリ倶楽部』や『今夜は最高』といった、自らがメインを張る番組を持つようになったが、いずれも深夜枠で、その彼が「民放のお昼の顔」になることには、多くの人が違和感を持ったに違いない。
でも、牙を抜かれたわけでもなく、タモリはタモリのまま、飄々と軽やかに「お昼の顔」になっていた。見事なもんだと思います。


3月が終わって4月になると、色んなことが変わる。消費税も上がったし、職場のメンバーも変わる。私も部署が変わって、新しい仕事に取り組むことになった。生来、変化には苦手な方だけど、ま、何とかやっていきますよ。

2014年3月30日日曜日

小樽を歩く


職場の仲間との北海道旅行。小樽での昼食の後、単独行動。
小樽の街を歩く。


小樽は30年振り。大学の頃、落研の仲間、八海君、悟空君、弥っ太君と来て以来だ。この時は、周遊券を使って、北海道を旅した。
上野から寝台列車に乗って青森まで行き、青函連絡船で函館に渡った。
函館では四代目金瓶梅さんのアパートに泊めていただいた。わざわざ午後から休みを取ってくださり、市内を案内してくださった。夜は函館の街でご馳走になった。金瓶梅さんは1年の時の4年生で、威厳のある怖い先輩という印象があったが、すごく優しい方だった。
それから、特急列車に乗って札幌に出た。札幌では八海君の叔父さんの家に厄介になる。叔父さんちの車を借りて、札幌市内観光をした。免許取り立てで雪道を走ったのだから、知らないとはいえ、度胸があったものだ。
札幌からは旭川、網走でそれぞれ1泊して、八海君の自宅がある根室へ向かった。釧路から根室へ向かう列車の旅が忘れられない。釧路駅で駅弁のかにめしを買って車内で食べたが、これが旨かった。蟹の炊き込みご飯だが、車窓から眺める景色と相まって、しみじみとよかったねえ。
根室でも札幌でも、腹がはち切れそうになるほど海の幸をご馳走になった。八海家の方々には本当にお世話になりました。
今思うと、随分時間を贅沢に使った旅だった。勤めの身では、あんな旅行はもうできないなあ。


あの時、弥っ太君がカメラを持って行ったのだが、カメラの調子が悪く、小樽での写真は残っていない。1時間余りほっつき歩いては、写真を撮った。あの時のリベンジが果たせた気分でした。


でん助という居酒屋発見。親近感がわくなあ。私が居酒屋やるとしたら、やはりこの店名でしょうな。
小樽港まで出て、市街の方に引き返した。
おでん屋さん。だいぶ雪に埋もれてる。何だか「ほんやら洞のべんさん」の宿みたい。こういう店で一杯やりたいね。
小樽駅。素敵な佇まいです。構内にはランプが至る所に下がっていて、いい雰囲気。


歩き疲れて喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、どやどやと職場の仲間が入ってきた。期せずして合流。寿司の後、鶏の半身揚げを食べたとのこと。胃が丈夫だねえ。
そして、夜の大宴会のために、私たちは札幌へ向かうのでありました。

2014年3月25日火曜日

もつ焼き いなり

職場の仲間で北海道旅行に行った。ここんとこ「飲んだり食ったり」で取り上げているのは、その時のものなのである。
札幌、すすき野のもつ焼き、いなり。昭和の雰囲気が堪んない。 日本盛の熱燗に、もつ焼きが合う合う。 ぼんやりテレビの大相撲中継を見ながら飲んだり食ったり。楽しいひと時が過ごせました。
タン刺し。
レバテキとカシラ。

2014年3月23日日曜日

風柳の根多帳③

4年の春合宿には『鰻の幇間』を持って行った。


うちの落研の合宿は、1年に3回。夏は伊豆は河津のいわたに旅館、冬は伊豆長岡の東屋旅館と決まっていた。春合宿だけが自由選択、その時の2年の渉外係の腕の見せ所だった。
私の1年の時は草津、2年では房総の千倉、3年は小諸だった。それぞれに何かしらの旅情があって、楽しかった。
4年の時、2年の渉外係は江の島を決めてきた。係の2人とも家が湘南で、近場で済ませた感がありありだった。
我々4年は「最後の春合宿にそれじゃあんまりだ。せめて旅行気分を味わわせろ」と言って、新宿集合、ロマンスカーで江の島へ向かうこととなった。(もちろん、湘南住まいの2人にも現地集合を許さず、新宿まで出て来させた。)
でも、考えてみれば、江の島に泊まったのは、あの春合宿の1度だけ。貴重な経験をさせてもらったんだな。五里ん君、紋次郎君、ありがとう。あの時は我儘言ってすまなかった。


さて、『鰻の幇間』。昭和落語の最高峰、八代目桂文楽、五代目古今亭志ん生、ともに得意ネタにした噺だ。
志ん生がうらぶれた野だいこを活写、秀逸なギャグで爆笑を呼んだのに対し、文楽は品よく幇間の悲哀を描き切った。古今亭志ん朝は2人のいいとこ取りかな。幇間はきれいで本寸法、志ん生譲りのギャグは、志ん朝の心地よいテンポにのって、どっかんどっかんウケてくる。
私は志ん朝のテープで覚えた。そりゃあ文楽のは大好きだが、これを演っても絶対ウケないよなあと、さすがに思ったのだ。「連隊旗と日章旗がぶっちがいになっている盃」とか「狐が三匹じゃんけんぽんしている徳利」とか「二宮尊徳の掛け軸」とか、演ってみたいよねえ。
だけど、このネタ、学生時代の立川志の輔も馬鹿な蹴られ方をしたネタなんだよね。私も発表会で演って全然ウケなかった。そりゃそうだ、皆志ん朝のを聴いているんだもん。
その後、川崎の議員さんの宴会に呼ばれて落語を演った時、高座に上がる寸前までこの噺を演るつもりだったけど、前に出ていた後輩たちの蹴られ振りを見て(客が飲み食いで盛り上がっていたのだ)、突如『豆屋』に替えて何とかウケた。あのまま『鰻の幇間』演ってたら惨敗だったろうな。賢明な選択だった。
結局、この噺を人前で演じたのは発表会の1度きり。真打になってから覚えた噺には、こういうのが多かった。





2014年3月22日土曜日

小樽、みよ福の寿司

小樽の昼食は、みよ福の寿司。
とりあえずのビールをいただくが、寿司がきたからには、燗酒を頼まずにはいられませんなあ。
特上で1900円。旨し。店の佇まいは、まさに私好み。ご主人やおかみさんの対応も丁寧で、居心地の良い空間でした。リピーターが多いというのも頷けます。