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2020年12月12日土曜日

今日は黒門町の命日

朝、御飯、味噌汁、ハム、鮭フレーク。

午前中はずっと大掃除。

昼はハムときゅうりのサンドイッチ。若い頃はきゅうりが苦手だったが、最近、かっぱ巻きとサンドイッチは食べられるようになった。むしろ旨いと思う。年を取れば変わってくるんだね。

午後、タイヤの履き替えに行く。

夕食は、芋煮で「男女川初しぼり」。つくば市沼田のお酒。妻の実家に行った時、頂いて来た。旨し。


今日、12月12日は、八代目桂文楽の命日。黒門町が亡くなったのが1971年だから、来年は没後50年か。

私が文楽と出会ったのが、中学2年。ラジオで聴いた『締め込み』だった。 

ということは、あれは文楽の死後3年のことであったか。

だから、私は文楽の生前の高座を知らない。かつてはそれを悔しく思っていたが、なまじ晩年の衰えた高座を知っていたら、私はここまで文楽のファンになっていなかったのかもしれない。

文楽の最期については以前記事にしてあるので、詳しくはそちらをご覧ください。

「桂文楽の死」


私がいちばん好きな酒。ボウモアと神亀。




2020年12月6日日曜日

忘年会のない師走


昨日の日記。

朝、パンにウィンナーソーセージとゆで卵を挟んて食べる。旨し。

妻は仕事。私は家に籠る。雨模様、寒い。

撮りためていた録画を見る。「❝イマジン❞は生きている ジョンとヨーコからのメッセージ」と柳家喬太郎の演芸番組。演芸の方は夏ごろにBSで放映されたもの。客無しのスタジオでの演芸。落語も物真似も漫談も、無人の客席に向かって演るのは大変そうだ。間も生きなくなるよなあ。ただ、見ているうちにその苦闘振りが面白くなってくるから不思議だ。

昼は子どもたちが作ったサッポロ一番味噌ラーメン。

ペン画を2枚、描く。



夕食は妹の所から来たお歳暮の肉でしゃぶしゃぶにする。父が買ってきた副将軍の純米吟醸も飲む。旨し。食後に妻と白ワイン。

寝しなにアイリッシュウィスキーを飲む。


今日の日記。

朝、御飯、味噌汁、ベーコンエッグ、納豆。

義父の命日が近いので、皆で墓参りに行く。


昼は妻の実家ですき家のテイクアウト。初めてウナ牛を食べたけど旨かった。

3時過ぎまでのんびりして帰る。帰りに牛久の天満屋で神亀を買う。妻の実家でも四合瓶2本頂いたので、しばらく酒には困らない。

妻と夕方ビール。

夕食は鶏鍋と義母お手製の鶏のレバー煮、菊正宗の燗酒。旨し。食後にアイリッシュウィスキー。


今年は忘年会もなし。寂しい年末だねえ。

2020年12月5日土曜日

ジョンとヨーコの物語

録画していたジョン・レノンとオノ・ヨーコの番組を観る。

ジョンとヨーコの美しい物語。

1966年11月、ジョンとヨーコは出会い、やがて恋に落ちる。しかし、出会った直後のヨーコはジョンに援助を求め、自殺をほのめかすような手紙を送ったという。

ジョンは音楽の枠にとらわれないヨーコにインスパイアされ、ありのままの自分をさらけ出す表現に目覚めた。しかし、ジョンのバックで奇声を上げるヨーコがその名演を台無しにしていたことを、私は知っている。

ジョンとヨーコは周囲の非難にもめげず自分たちの愛をはぐくんだ。しかし、1973年、ヨーコはメイ・パンをパートナーとしてあてがいジョンをたたき出して別居し、自分は彼氏とよろしくやっていたという話もある。

息子ショーンが生まれてからヨーコはビジネスに、ジョンは主夫として家事に専念した。しかし、実はショーンの子守や食事を作るスタッフが存在した。

息子ショーンはジョンと同じ10月9日に生まれた。しかし、それは帝王切開によるもので、意図的なものであった。

ジョンが1980年にカムバックしたのは、ショーンの「パパはビートルズだったの?」と言われたのがきっかけだった。しかし、ポール・マッカートニーの『カミング・アップ』を聴いて触発されたからだ、という説もある。

色々つらつら並べたが、でも、私はこの番組を見て、ぼろぼろ泣いた。感動したのだ。


朝日新聞土曜版で「今こそ聴きたいジョン・レノンの歌声」という特集のランキングで堂々1位に輝いたのが『イマジン』である。

これこそヨーコがプロデュースした「愛と平和の戦士」ジョン・レノンの代名詞的楽曲だ。「心でそう思えば世界は平和になる、というのはあまりに絵空事ではないか」と批判する人もいる。むしろそう言った方が「ちゃんとものを知っている」というポジションを得ることができるだろう。

でも、今に至るまで、これだけの人の心をつかんでいるという事実は無視はできないよな。理想に向かうためには、まずはそうであれと思う、というのが大切なんだ。ジョンの歌声は圧倒的説得力をもって私たちに迫って来る。


ジョンとヨーコはお互いを必要としていたし愛していた。ジョンはヨーコと結ばれたことが、本当に幸せだったと思う。それでいいじゃないか。

ジョン・レノンが選び死ぬまで求め続けたものがオノ・ヨーコだったのである。ポール・マッカートニーも最後はそれを受け入れたんだよな。

2020年12月3日木曜日

『芝浜』雑談

早いもので、今年ももう師走ですか。

師走というと、落語の方では掛け取りの噺がよくかかったもので。三遊亭圓生の『掛け取り萬歳』、柳家小さんの『睨み返し』『言い訳座頭』『穴どろ』なんてところがございます。

当節では『芝浜』でしょうか。立川談志がよみうりホールの独演会でかけた『芝浜』が、伝説の高座となっているのは有名な話です。(ただ、これは談志自身とそのファンによって、やたら神格化されてしまったような気がしますが)

私の世代では、談志だけではなく、古今亭志ん朝、柳家小三治の名演も耳に残っておりますし、先代の三遊亭圓楽も得意にしておりました。

昨今では、鈴本で『芝浜』を演者を変えて10日間演じさせてみたり、新宿末広亭では、「むかし家今松の『芝浜』を聴く会」なども企画されていたようです。

ま、よくできた噺だし、夫婦の情愛という普遍的なテーマを扱っているし、季節ものでもあり、この時期、人気の演目になるのも当然だと思います。

ところで、この噺の前半の見せ場に、主人公の魚屋が浜で煙草を吸いながら夜明けの海を見る場面があります。これは、この噺を売り物にした三代目桂三木助がこしらえたものだと思います。

ほとんどの落語家が、この三木助の型をベースにしているのに対し、古今亭志ん朝は、この場面をばっさりカットしています。志ん朝だけでなく、父志ん生も、兄金原亭馬生もこの場面はやっていない。ここをやらないのが、古今亭の型と言ってもよいでしょう。

この、「古今亭の型」は合理的です。この後、魚屋は金の入った革財布を拾い、その顛末を女房に話すことなるので、この場面があると重複してくどくなってしまう。また、さらにそれを夢にすることを考慮すると、あまり財布を拾う場面がリアルになってもいけない。あの場面は三木助と安藤鶴夫の文芸趣味によって作られたもので、鼻につく。カットするのが、むしろ本寸法なのではないか、という意見もあります。

京須偕充は『志ん朝の落語5 浮きつ沈みつ』中『芝浜』の解説で、こんなふうに述べています。

「ここで、どう絵画的レトリックを駆使しても、あるいは拾得の仕方を克明に演じても、しょせんは主人公の独白のみだ。やりとりでドラマを築く落語本来の醍醐味とは別種で、実は難易度の高い場面ではない。ここがリアルになると主人公が女房に言い負かされ、夢を信じるのがいっそう不自然になるという副作用も生じる。古今亭の思い切った省略は過度のフィクション性を防いでいるといえよう。」

まったくその通り。見事な論理です。

でも、私が『芝浜』をやるとしたら(実際やっていますが)、この場面、やりますね。もともと『芝浜』は穴の多い噺で、知り合いの魚屋さんに聞くと「正直違和感がある」と言います。そのいわゆる「過度なフィクション性」を夫婦の情愛一本でねじふせていくところに、この噺の醍醐味があるのではないでしょうか。

お客がこの場面を欲していて、演者がこの場面を演じたいと思うのなら、やるべきだと思う。私はその場面を演じたいと思います。

もちろん、そこをカットするというのも、演者としてのメッセージになる。それはそれで素晴らしいと思います。

要は演者の料簡です。私はどちらも否定しません。お客に「いい噺だったな」と思ってもらえれば、それでいいと思います。

結論としては、甚だ凡庸なものになってしまいましたな。お粗末様でした。


家のベランダからの朝焼け。
安藤鶴夫『三木助歳時記』には、三木助が妻の仲子と夜明けを見る場面がありました。


2020年11月29日日曜日

巣ごもりの休日、懐かしの狛江

昨日は車検でつくばへ行く。


イーアスでそそくさと買い物をして、帰り道にお昼を食べて1時ごろには家に帰った。

夕食は、ケンタッキー・フライド・チキンでビール、白ワイン。たまにはこういうの食べたくなるな。旨し。

寝しなにアイリッシュウィスキーを飲む。


今日の日記。

朝、御飯、味噌汁、卵とウィンナーソーセージの炒めもの、納豆。

一日中、喪中欠礼はがきを書く。

昼は日清チリトマトヌードル。ジャンクフードも旨いのよ。

妻と夕方ビール。

夕食は、お好み焼きで燗酒。食後にアイリッシュウィスキー。


この頃、いつも同じ枝に同じ鳥が止まる。

すぐ近くにもう一羽。つがいになったのかねえ。


テレビの「モヤモヤさまぁ~ず」で狛江に行っていたので、ついつい最後まで見てしまう。

大学が近かったし知り合いがけっこういたので、狛江にはよく行った。

小田急線狛江駅近くには、落研入部当時の代表、雀窓さんの下宿があった。入部の日に、私はそこで酒を飲ませてもらった。

狛江と和泉多摩川の間には、プロの落語家になった桂小文治さん、同輩の弥っ太くん、後輩の牛丼くんが歴代住んでいたアパートがあった。この近くには、安芸という飲み屋があって、よく通ったものだ。

いずれも狛江駅の南口から。番組は北口ばかりだったので、ほとんど見覚えのある所は出て来なかったな。でも雰囲気は味わえた。あんなふうに、住宅と畑が混在していた所だった。

何枚か、狛江の写真があるので載せてみる。

まだ狛江の駅が新しくなる前の駅前風景。

2015年の和泉多摩川駅前。

同じ年の多摩川の堤防。

こちらは狛江駅前。

まだ「立ち呑みや」の看板が残っております。

懐かしいなあ。

2020年11月28日土曜日

感動の須田うどん

ミニの車検でつくばに行く。

帰り道、昼飯を国道6号線沿いの須田うどんで食べる。20年振りか。結婚してからとんと御無沙汰になったが、昔はよく食べた。

もつ煮もうどんも食べたかったので、もつ煮セットにする。

もつ煮セット、900円。

 うどんは冷たいのをチョイス。このうどんが旨い。丸亀製麺上陸以前からある、腰の強いうどん。つるつると無心ですする。

また、このもつ煮が旨いんだよなあ。

それで、ちょっと行儀が悪いけど、最後はこうやってかっこむの。

旨かった。ちっとも変わらない、感動の味。

次々とお客が入ってくる。相変わらずの人気店だ。いつまでもそこにいてほしい。



埼玉に山田うどん、されど茨城には須田うどんあり! である。

2020年11月23日月曜日

3連休 続き

今日の日記。

朝、御飯、吸い物、ベーコンエッグ、納豆。

CD『席亭立川談志のゆめの寄席』第二夜を聴く。

上:「穴どろ」二代目古今亭甚語楼、「子供の教育」青空千夜・一夜、「味噌蔵」八代目三笑亭可楽

下:「子別れ(上)」七代目春風亭小柳枝、「火事息子」三代目桂三木助

可楽のちぎっては投げるような語り口、癖になるなあ。

小柳枝については以前記事にしている。(小柳枝の話 )よかったら読んでください。

三木助の「火事息子」。冒頭で主人公徳之助が母親の夢を見る型。一編の小説を読むようだ。この辺の文芸臭さ、好き嫌いが分かれるかもしれないが、私は好き。年を取ってくると、徳之助の両親の方に共感してしまうな。この後も徳之助は臥煙(がえん)として生きていくのだろうか。

昼は息子たちが作ったチャーハン。

昼過ぎ妻が仕事から帰る。ちょっと外に出ておいでよ、と言ってくれたので、石岡をぶらつく。







路地裏の猫。逃げない。



石岡を歩くのは久し振り。楽しかった。

『ジョンとヨーコ ラスト・インタビュー』(デービッド・シェフ、集英社、1990年刊)を読む。ジョン・レノン、40歳。あの衝撃の死の直前、アルバム『ダブル・ファンタジー』レコーディング中に行われたインタビューである。昨日読んだ『回想するジョン・レノン』よりも整理されていて読みやすい。感想は読み終えてから書きたい。

妻と夕方ビール。

夕食は、牡蠣と鱈と豆腐の鍋、いわしの煮たので燗酒。食後にアイリッシュウィスキー。

穏やかなお休みでした。