3連休。別に遠出をするわけでもなく、のんびりと過ごす。
まず1日目。雨。
午前中、物置から本を持って来る。つかこうへい著、『娘に語る祖国』。
昼にインスタントの味噌ラーメンを食べる。
午後は長男の模擬試験の送迎。
床屋。本屋で田崎健太著、『真説・長州力』を買う。
晩飯はおでんでビール、酒。今シーズン初おでん。旨し。
寝酒にタラモアデュー。
2日目も雨。
長男が妻と高校見学に行く。私は次男を連れて土浦イオンへ。
古今亭志ん朝のCD(「宮戸川」「片棒」「野ざらし」が収録)を買う。
昼はフードコートでケンタッキーフライドチキン。
次男と二人、志ん朝の落語を聴きながら帰る。
晩飯はおでんとグラタンでビール、酒。2日目のおでん、味が染みて旨い。
寝酒にタラモアデュー。
3日目。曇り。気温は20度前後。少し肌寒い。
午前中は子どもたちを連れて本屋に行く。
次男は『ざんねんな生き物事典』、長男は科学雑誌『newton』、私は立川談四楼著、『談志が死んだ』を買う。
昼はかけ蕎麦。
晩飯は親父が買って来た刺身で酒。
この3日で、『娘に語る祖国』、『真説・長州力』、『談志が死んだ』、読了。
つかこうへい、長州力、立川談志、偶然だが、いずれも大学時代私を夢中にさせた人たちである。
この3日間は写真も撮らなかった。
文字だけでもさびしいので、この前撮った霞ヶ浦の写真を載せておきます。
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2016年10月7日金曜日
2016年10月3日月曜日
佐野元春
ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドの翌年の学園祭は、佐野元春が来た。
当時高校3年だった私の妹は、このライブをぜひ観たい、と言って、私に切符を買わせた。
当日は向ヶ丘遊園の駅で合流して大学に行った。ライブの前に落研の部室に連れて行った。突然の女子高生の来訪に落研部員は色めき立ったものだ。
まあいい。 佐野元春は、名曲「アンジェリーナ」をひっさげてデビューしたばかり。「ダウンタウン・ボーイ」とか「ガラスのジェネレーション」も演ってたな。ラストは「サムデイ」だったような気がする。佐野もまだ若かった。上質なシティポップスが瑞々しく躍動する、素晴らしいステージだった。
間もなく、佐野元春は、アルバム『サムデイ』で大ブレイクする。このアルバムは落研内でもよく聴かれていた。
同期の悟空君が大好きで、表題曲「サムデイ」の、「素敵なものを素敵だと素直に笑える心が好きさ」という歌詞を引用しながら、「お前にはこういうところが欠けているんだ」と諭された覚えがある。
大学を卒業し、社会人になってすぐ、佐野の新作『ヴィジターズ』が出た。日本初のラップを取り入れた楽曲は賛否両論を生んだ。 私の友人は「つまらん」と言って、さっさと佐野のファンをやめた。私は、その友人から『ヴィジターズ』をダビングしたカセットテープを貰う。
かっこよかったんだ、これが。「トゥナイト」、「カム・シャイニング」、「ニューエイジ」・・・。どの曲も、行ったことのないニューヨークの匂いがした。
それから佐野の新作が出ると買うようになった。『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』まで買って、何となくこれ以上のものは出てこないだろうな、と思って買うのをやめた。
そんなふうにして10年以上が過ぎた。ある日、内原イオンに入っているCDショップで佐野元春の『ザ・サン』を見つける。
何の気なしに買って聴いてみると、これがいい。相変わらずとんがっているけど、年を経て深みを増している。1960年代半ば過ぎ(ボブ・ディランでいえば『ブロンド・オン・ブロンド』の頃か)を思わせるサウンドが、しっくりと肌になじむ。悠々と日常を歌う佐野元春に、私は大人の風格を感じた。
そうだ、それはまさに「大人のロック」というべきものだったのだ。
そしてまた、私は佐野元春の新作をせっせと(と言うほど次から次と出ているわけではないけど)買うようになっている。
アルバム『ゾーイ』の中の1曲、「虹をつかむ人」がいい。
「仕事に生活に人のことばかり 毎日に追われてきた君
街には音楽が溢れてるけれど 誰も君のブルースを歌ってはくれない」
切ないなあ。さり気なくこういうことを歌ってくれる人、いなかった。そして今、佐野元春が歌ってくれている。
でもこれで終わんないんだ。続けて佐野はこう歌う。
「波に向かって風を切って ひるむことなく立ち上がる君
まるで野に咲く花のように 嵐が通り過ぎるのを待っている
おおらかな人生を夢見てる君 虹をつかむまであともう少し」
もうこの辺まで来るとね、目頭が熱くなる。
日々の暮らしは思うようにならない。それでも頑張らなきゃな。素直にそういう気持ちにさせてくれる。
佐野元春の背中を見ながら、ともに年を重ねて行く。それが、今の私にとって大きな喜びなのである。
当時高校3年だった私の妹は、このライブをぜひ観たい、と言って、私に切符を買わせた。
当日は向ヶ丘遊園の駅で合流して大学に行った。ライブの前に落研の部室に連れて行った。突然の女子高生の来訪に落研部員は色めき立ったものだ。
まあいい。 佐野元春は、名曲「アンジェリーナ」をひっさげてデビューしたばかり。「ダウンタウン・ボーイ」とか「ガラスのジェネレーション」も演ってたな。ラストは「サムデイ」だったような気がする。佐野もまだ若かった。上質なシティポップスが瑞々しく躍動する、素晴らしいステージだった。
間もなく、佐野元春は、アルバム『サムデイ』で大ブレイクする。このアルバムは落研内でもよく聴かれていた。
同期の悟空君が大好きで、表題曲「サムデイ」の、「素敵なものを素敵だと素直に笑える心が好きさ」という歌詞を引用しながら、「お前にはこういうところが欠けているんだ」と諭された覚えがある。
大学を卒業し、社会人になってすぐ、佐野の新作『ヴィジターズ』が出た。日本初のラップを取り入れた楽曲は賛否両論を生んだ。 私の友人は「つまらん」と言って、さっさと佐野のファンをやめた。私は、その友人から『ヴィジターズ』をダビングしたカセットテープを貰う。
かっこよかったんだ、これが。「トゥナイト」、「カム・シャイニング」、「ニューエイジ」・・・。どの曲も、行ったことのないニューヨークの匂いがした。
それから佐野の新作が出ると買うようになった。『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』まで買って、何となくこれ以上のものは出てこないだろうな、と思って買うのをやめた。
そんなふうにして10年以上が過ぎた。ある日、内原イオンに入っているCDショップで佐野元春の『ザ・サン』を見つける。
何の気なしに買って聴いてみると、これがいい。相変わらずとんがっているけど、年を経て深みを増している。1960年代半ば過ぎ(ボブ・ディランでいえば『ブロンド・オン・ブロンド』の頃か)を思わせるサウンドが、しっくりと肌になじむ。悠々と日常を歌う佐野元春に、私は大人の風格を感じた。
そうだ、それはまさに「大人のロック」というべきものだったのだ。
そしてまた、私は佐野元春の新作をせっせと(と言うほど次から次と出ているわけではないけど)買うようになっている。
アルバム『ゾーイ』の中の1曲、「虹をつかむ人」がいい。
「仕事に生活に人のことばかり 毎日に追われてきた君
街には音楽が溢れてるけれど 誰も君のブルースを歌ってはくれない」
切ないなあ。さり気なくこういうことを歌ってくれる人、いなかった。そして今、佐野元春が歌ってくれている。
でもこれで終わんないんだ。続けて佐野はこう歌う。
「波に向かって風を切って ひるむことなく立ち上がる君
まるで野に咲く花のように 嵐が通り過ぎるのを待っている
おおらかな人生を夢見てる君 虹をつかむまであともう少し」
もうこの辺まで来るとね、目頭が熱くなる。
日々の暮らしは思うようにならない。それでも頑張らなきゃな。素直にそういう気持ちにさせてくれる。
佐野元春の背中を見ながら、ともに年を重ねて行く。それが、今の私にとって大きな喜びなのである。
2016年9月30日金曜日
今日はお休み
9月も今日で終わり。平日の休み。
昨夜アマゾンで注文したCDの代金を石岡のセブンイレブンで支払う。
筑波山がきれいに見えていたので、その帰り、霞ヶ浦の堤防に出る。
爽やかな秋晴れ。頬を撫でる風が心地よい。
湖上には鴨の群れが泳ぐ。
30分ほど、ぶらぶら歩く。
10時過ぎに帰り、黒門町の『厩火事』をレコードで聴く。
昼食は妻と石岡の珈琲哲学。
妻はシーザーサラダとピザ・マルゲリータのランチ。
私はキャベツと海老のペペロンチーノと、ランチミックス・ピザのランチ。
久し振りに夫婦水入らずの食事を楽しむ。
午後は風邪気味の長男を医者に連れて行く。
帰りに買ったハートランドビールを、夕方飲む。旨し。
夕食は、ホットプレートで焼いたビビンバで酒。
1日、のんびり休ませてもらいました。
昨夜アマゾンで注文したCDの代金を石岡のセブンイレブンで支払う。
筑波山がきれいに見えていたので、その帰り、霞ヶ浦の堤防に出る。
爽やかな秋晴れ。頬を撫でる風が心地よい。
湖上には鴨の群れが泳ぐ。
30分ほど、ぶらぶら歩く。
10時過ぎに帰り、黒門町の『厩火事』をレコードで聴く。
昼食は妻と石岡の珈琲哲学。
妻はシーザーサラダとピザ・マルゲリータのランチ。
私はキャベツと海老のペペロンチーノと、ランチミックス・ピザのランチ。
久し振りに夫婦水入らずの食事を楽しむ。
午後は風邪気味の長男を医者に連れて行く。
帰りに買ったハートランドビールを、夕方飲む。旨し。
夕食は、ホットプレートで焼いたビビンバで酒。
1日、のんびり休ませてもらいました。
ソバの花。
茨城のソバも旨いよお。
霞ヶ浦には鴨が泳ぐ。
鯉の養殖場。
霞ヶ浦越しの筑波山。
ヒガンバナも満開でした。
2016年9月27日火曜日
2016年9月24日土曜日
ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンド 川崎 鶴見
ここんとこ、ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドの「鶴見ハートエイク・エブリナイト」と「住めば都」をヘビロテで聴いている。大学の頃、川崎の四畳半のアパートで、サントリー・レッドをあおりながら、本当によく聴いたナンバーだ。
1980年、ダウンタウン・ブギウギ・バンドは、それまでのヒット曲を封印し、ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドとして、性的な歌詞の、過激な歌をひっさげてライブ活動を始めた。そして、この年のうちの大学の学園祭のライブが、このダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドだった。
私は知り合いの実行委員から、「あまり売れ行きがよくないの、買って」と言われてほいほい買ってしまったのだが、いやあ買ってよかった。聴いてぶっとんだよ。(この時のステージは客のノリがいまいちということもあり、宇崎竜童は不満そうだったが。)
過激な曲もよかったけど、宇崎の疾走感がたまらなくかっこよかったなあ。「シネマ横丁」、泉谷しげるのカバー「春のからっ風」、そして何より京浜工業地帯を色濃くイメージさせる「鶴見ハートエイク・エブリナイト」と「住めば都」に心を奪われた。
夏休みに帰省した時、今はなき石岡の西友のレコード屋でアルバム『海賊版』を見つけ、速攻買った。そして、それを90分のカセットテープにダビングして川崎のアパートに持ち帰ったのである。
中でもいちばん好きなのは「鶴見ハートエイク・エブリナイト」である。
「定期便が走る度 揺れる国道沿いの街
俺の女が今 横断歩道渡る
窓越しに見えるのは 空にそびえるコンビナート
見飽きた風景の中 昨日と同じ俺がいる」
とか、
「サンダルをつっかけて 店に出るのさ今日もまた
長い髪をかき上げ もの憂げに振り返る
煤煙の染みついた モルタルの壁にもたれりゃ
夜を狩りだすように 見えない夕日が沈む 」
なんてフレーズがしびれるよなあ。
You-tubeにライブ映像がアップされているので、是非見て欲しい。かっこいいぞお。
この曲を聴くと、あの頃の川崎の夜を思い出す。(鶴見は横浜市だけど、歩いてもすぐのお隣さんです。)
私のアパートは幸区にあり、臨海工業地帯に程近いとは言えなかった。それでも近くには東芝などの工場があり、路地から通りに出れば、高い煙突の先に点滅する赤い灯が見え、その向こうの夜空はオレンジ色をしていた。
そして「住めば都」。(これもYou-tubeにライブ映像がアップされている。)「駅からゼロ分駅ビルの街」が泣かせるなあ。(当時の川崎駅ビルは東洋一の威容を誇っており、「駅からゼロ分」はそのキャッチフレーズだった。)
キャロル(特にジョニー大倉)もそうだが、川崎・鶴見と言った京浜工業地帯は、まさにロックンロールの似合う街なのだよ。
八丁畷商店街。
浜川崎駅構内。
浜川崎駅を出た所。
2016年9月21日水曜日
お彼岸
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、きちんと涼しくなるんだねえ。
この前の敬老の日(ハッピーマンデーの月曜日でした)は、彼岸の入り。家族と墓参りをして来た。
天気も悪かったので、雨が降る前にささっと行っちゃおう、ということになったのだ。
うちのお墓は、ご先祖様が裁縫所をやっていた時の教え子が建ててくれた。
墓石を見ると、明治34年と刻んである。祖父が明治18年生まれだから、16歳の時か。その時にはもう養子に来ていたのだろうな。
戦死した伯父の墓石には戦歴が刻んである。伯父はビルマ派遣軍森隊10357部隊に所属していたことが分かる。ネットで調べても、この部隊の詳細は分からない。どの師団に入っていたのだろう。
花を手向け、線香をあげる。
こういう時、長男も次男もとても丁寧に手を合わせ頭を下げる。
この後本屋に行って、中山康樹の『誰も書かなかったビートルズ』を買う。
昼は家で盛り蕎麦。岩手の乾麺だが、これが腰があって蕎麦の風味が濃く、旨い。
夕食は次男のリクエストで秋刀魚の塩焼き。府中誉を冷やで飲む。
この前の敬老の日(ハッピーマンデーの月曜日でした)は、彼岸の入り。家族と墓参りをして来た。
天気も悪かったので、雨が降る前にささっと行っちゃおう、ということになったのだ。
うちのお墓は、ご先祖様が裁縫所をやっていた時の教え子が建ててくれた。
墓石を見ると、明治34年と刻んである。祖父が明治18年生まれだから、16歳の時か。その時にはもう養子に来ていたのだろうな。
戦死した伯父の墓石には戦歴が刻んである。伯父はビルマ派遣軍森隊10357部隊に所属していたことが分かる。ネットで調べても、この部隊の詳細は分からない。どの師団に入っていたのだろう。
花を手向け、線香をあげる。
こういう時、長男も次男もとても丁寧に手を合わせ頭を下げる。
お寺の本堂は数年前新築したばかり。
このお堂は修理するのだろうか。壁が取り払われていた。
子どもの頃、ここの縁の下で土団子を作って遊んだっけ。
ヒガンバナが咲きはじめ。
この後本屋に行って、中山康樹の『誰も書かなかったビートルズ』を買う。
昼は家で盛り蕎麦。岩手の乾麺だが、これが腰があって蕎麦の風味が濃く、旨い。
夕食は次男のリクエストで秋刀魚の塩焼き。府中誉を冷やで飲む。
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