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2024年1月6日土曜日

高山T君に会いに行く⑥ 聖地巡礼

昔、高山T君が1本の音楽テープを作ってくれた。その中には「イヨマンテの夜」や「青春サイクリング」「嵐を呼ぶ男」「ハイそれまでヨ」などが入っていたのだが、ラストを飾っていたのが舟木一夫の「ロックンロールふるさと」であった。いやあ、この歌にはやられた。「おれのふるさと愛知県 濃尾平野のど真ん中~」というサビの、舟木一夫の自伝的一曲なのだが、これが素晴らしいのだよ。

舟木一夫といえば、橋幸夫、西郷輝彦と並ぶ昭和の男性アイドル御三家のひとり。ちなみに新御三家が、野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹。ロック御三家がチャー、原田真二、世良公則&ツイストである。

以前、私は舟木の自伝『風来坊』を図書館で借りて読んだ。妻を9人も持った無頼の父のもとに育ち、「高校三年生」で歌手デビュー。青春歌謡で一世を風靡し時代の寵児となるも、1970年代に低迷期に入る(彼が何度か自殺未遂事件を起こしたことは、幼心に覚えている)。その後、時代劇+歌謡ショーという舞台で復活を果たした。そんな激動の人生を、独特のべらんめえ調で語り尽くす、なかなか痛快な本だった。

その舟木一夫の生まれ故郷が、あの名曲「ロックンロールふるさと」で歌われている舞台が、この萩原町なのである(指示語が多いな)。

「ロックンロールふるさと」には、舟木の生家にたどり着くまでの道のりが歌い込まれている。名鉄の一宮から単線電車に乗り換えて12、3分、萩原駅正面を右折して徒歩で6分、突き当りに、その生家があるという。

萩原駅を出て、

線路の向こう側の道を右手に進むと、

コレがある。

現在はもちろん「俺様がお生まれになった長屋」はない。マンションというかアパートというか、現代風の「長屋」といえばそうか、それが建っている。そこには、しっかりここが舟木一夫ゆかりの地であることを示すプレートが掲げられていた。

在りし日の舟木の生家。

踏切を渡った向こう側には、舟木一夫の功績を讃える資料館がある。その日は残念ながら休館日であった。しかし、そこには「ロックンロールふるさと」の歌碑があった。やはり、歌は萩原の人にとって特別なものだったんだなあ。




そろそろ昼飯にしようというので、T君御用達の萩原駅前、華丸というラーメン屋に向かう。

駅前にはこんな舟木一夫物件もありました。

ところが、年末休みでこの日は休業。


それではと、お向かいの激シブの喫茶店に入る。


「喫茶フレンド」。実はこの店、かねてからT君が気になっていた店だという。

ここでスパゲティー定食なるものを食す。

スパゲティーナポリタンに御飯と味噌汁が付く。味噌は当然尾張の赤味噌である。

もうお腹いっぱい。地元の方々でほぼ満席。多くの人に愛されている店なんだな。何でこんなに満腹なんだと思ったら、その前に大判焼きを食べていたんだっけ。

聖地巡礼のT君のレポートは以前掲載した。リンクを貼っておく。

2024年1月5日金曜日

高山T君に会いに行く⑤ 布袋の大仏から萩原宿

小牧市から一宮市へと車を走らせていると、忽然とこのような風景が現れる。


近寄ってみるね。


これが名高き布袋の大仏である。正式名称は御嶽薬師尊。針灸医、故前田秀信氏が43歳の時、夢のお告げがあり、人々を病気の苦難から救おうと決意(前田氏は幼い頃体が弱く、御嶽薬師尊を信仰していたという)、私財をなげうって昭和29年(1954年)に設立したものである。高さ18mは奈良の大仏を凌ぐ。

裏側は住居と一体となっており、治療院が営業中である。


何と言ってもお顔がいい。知り合いにいそうなフレンドリーなお顔をしていらっしゃる。冬空に映えていい感じ。しばし見とれる。


私は高さ120mの牛久大仏を知っている。その巨大さは他を圧倒する。それでも熱量としては布袋の大仏の方が上だな。ただならぬパッションを感じるよ。


それから、私たちは一宮市街を抜け、萩原宿に行く。美濃路の宿場町だ。

美濃路は江戸時代、東海道の宮宿と中山道垂井宿を結んだ脇往還だった。関ヶ原の戦いでは、東軍の福島正則が進軍し戦いに勝った徳川家康が凱旋した道で、「吉例街道」とも呼ばれたという。本来、東海道は宮から桑名まで海路をとるのだが、海難事故を恐れて美濃路を行く旅人も多かったらしい。

高山T君が選んだだけあって、シブい町並みが続く。


呉服屋さん。

「結納」・・・だよね。


T君イチオシのはんこ屋さん

シブいよねえ。



 
のこぎり屋根の建物。

表もシブい。

焼いていた大判焼きが旨そうだったので買う。

ほかほかで熱い。旨し。

素晴らしいフォント。





老舗感たっぷりのお茶屋さん。

こちらも老舗感たっぷりの和菓子屋さん。


実は私たちが萩原宿を訪れたのは、聖地巡礼の目的もあったのだ。詳しい話は次回。

2024年1月3日水曜日

高山T君に会いに行く④ 陰陽の神社

お正月も三が日が終わる。高山T君との旅の話を続けよう。


翌朝、7時半にホテルトーノーをチェックアウト。ホテル前にはT君が迎えに来てくれている。

T君としては、朝食は何と言っても愛知岐阜の文化である喫茶店のモーニングだ。お勧めの喫茶店へと向かう。しかし、これが年末休みで開いていない。第二候補も駄目。じゃあ、春日井方面に向かって行けば何かあるだろう、と車を走らせる。すると春日井へ行く道の左手下に喫茶店を発見。行ってみると果たして営業中だった。


入ると、地元の高齢者でほどほどの賑わい。私たちもそこに仲間入り。もちろんモーニングを注文する。トースト、ゆで卵、コーヒーの見事なラインナップ。旨し。


 心置きなくモーニングを堪能して店を出る。開店は6時半だって。恐るべし。

そして、愛知県犬山市の大縣(おおあがた)神社に行く。

大縣神社、尾張の国の二之宮である。祭神は尾張国開拓の祖神、大縣大神。普通、神社というのは鳥居を抜けて参道の突き当りに本殿があるものなのだが、ここは参道沿い横向きに建っている。伊勢神宮とか鹿島神宮とかの配置だ。

拝殿は東向き、日が昇る方を向いている。

摂社として女性の守護神、玉比売命(たまひめのみこと)を祀る姫乃宮と大国主主神・事代主神を祀る大国恵比須神社とがある。

姫乃宮

大国恵比須神社

姫乃宮の裏手には「姫石」がある。あれこれと説明はしない。これである。


物事には陰と陽がある。女性が陰で男性が陽とされる。

では「陽」の方も案内しよう、とT君は小牧市田縣(たがた)神社へと車を走らせた。

田縣神社、祭神は須佐之男命の孫、御歳神(みとしのかみ)と玉姫命。こちらも鳥居を入って横向きに本殿が建っている。


こちらは南向き。

何と言ってもここは奥宮が有名。


御神体がこれなのだ。あれこれ説明しなくても分かるだろう。コレである。


あらゆる所にコレがある。

「珍宝窟」というものらしい。




こちらは陰と陽。

御覧の通り、コレには子授けの御利益がある。T君は平日に女性が一人で一心に祈っている姿を見たことがあるという。際物ではない。人の切実な願いが込められているのである。

世の中には色々なものがあるんだねえ。

2024年1月2日火曜日

息子と村松虚空蔵尊へ行く

朝、雑煮、おせち。

妻は仕事。息子二人を連れて村松虚空蔵尊へお参りに行く。



まあまあの賑わい。参道の酒屋の店頭で売っている甘酒を三人で飲む。

S君から高校の同級生の訃報が届く。

いつもの所で干し芋を買う。1㎏1000円のお値打ち品。

コンビニでサンドイッチ、カレーパンを買って、阿字ヶ浦の海を見ながら食べる。


大洗を通って帰ったのだが、改造車両乗り入れを県警が警戒していて、ものものしい雰囲気だったな。

3時頃、妹一家が来る。10人勢揃いで宴会。丸玉鮮魚店の刺身で男女川初しぼり、旨し。

夕方のニュースで羽田空港の事故を知る。海上保安庁の飛行機とJALの旅客機の衝突事故。飛行機が炎上する映像は衝撃的だった。海保機は地震の被災地に物資を送る予定だったという。乗組員6人中5人死亡。言葉もない。

地震の被害も次第に明らかになってきた。現時点で48名の死亡。珠洲市街では9割の家屋が倒壊したという。こちらも言葉もない。

2024年1月1日月曜日

本年もよろしくお願いします。

朝、雑煮、おせちで酒。

常会の総会及び新年会。12時頃、無事終了。

帰って、缶ビールを飲みながら新年会の仕出しの料理をつまむ。

年賀状を書いてポストに出しに行く。

氏神様にお参り。




皆でおやつ。長男とコーヒーを淹れて飲む。

穏やかないい元日だなあと思っていたら、いきなり緊急地震速報がくる。けっこう長い横揺れ。震度は4。これが実は石川県能登地方で起きた震度7の地震の揺れだった。日本海側の広範囲に津波注意報が出て間もなく、能登地方に大津波警報が発令された。どうしてよりによって元日に・・・。現地では火災が起きたり家屋やビルが倒壊したりしているらしい。

被災地の方々の無事を心から祈る。