朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ入りスクランブルエッグ、昨夜の残りの冷しゃぶ、納豆。
回覧板を回して、みほ落語会へ、クルマドの風景を撮りながら行く。
朝、御飯、味噌汁、ウィンナーソーセージ入りスクランブルエッグ、昨夜の残りの冷しゃぶ、納豆。
回覧板を回して、みほ落語会へ、クルマドの風景を撮りながら行く。
梅雨が明けて暑い日が続く。この週末も猛暑日となった。
どこへ行こうとか、何をしようとかという気になれない。
で、この二日間、樋口一葉を読んでいた。
「にごりえ」「たけくらべ」「わかれ道」「うつせみ」「ゆく雲」「われから」。一葉の描く女は哀しい。女が「ひとりの人間」として認められなかった時代。そこで女は子を生す器械か性的快楽を提供するものでしかなかった。その中で一葉の女は「ひとりの人間」であろうとしてもがく。それはほとんど悲劇として終わるのだが、それでもこの社会の歪みをはっきりと可視化する。それは明治の昔の話ではなく、今日的な問題として迫ってくる。
貧困の中で、自らを性の市場に差し出す女。何不自由ないはずの富裕層の女でも、夫のモラハラに苦しんだり、人ととして大切にされない苦痛に身もだえる。
一葉のヒロインは多くは美貌の持ち主だ。しかし、その美貌ゆえに男の欲望の対象にされ、否応なしに市場に提供されてしまう。一葉自身、『閨秀小説』という女性作家特集号で肖像写真が掲載されて注目を集めた。私が読んでいる、ちくま文庫の『樋口一葉小説集』の解説で菅聡子は「世間の評判の背景には、自分の女性であるという性に対する好奇心があることに気づいていた」と書いている。
だからこそ「たけくらべ」の美登利の「いやいや、大人になるは厭なこと」という台詞は痛切に響く。美登利が花魁として店に出されるのは必定のことだったからだ(美登利がこのように言ったのは、初潮を迎えたことによるという説と「水揚げ」説とがある)。
歴史的仮名遣い、文語文、会話は口語だがカギカッコがない、など読みづらく敷居は高いかもしれない。しかし、文章のリズムといい、品がありながら洒落た文体といい、下手に現代語訳などせず、原文で読むべきものである。ただ、現代仮名遣いにして、カギカッコをつけ、改行を多くするのはありだと思う。そういう監修があってもいいんじゃないかな。
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| 百合が満開 |
先日、父のリクエストで栃木県日光市今市の船村徹記念館に行った。
記念館は道の駅の中にある。朝8時に出て高速をぶっ飛ばし、10時30分頃に到着した。
船村徹、1932年(昭和7年)生まれ、2017年(平成29年)没。5000曲以上世に出した歌謡曲作曲家の第一人者だ。私はあまり得意なジャンルではないが、父にとってはかけがえのない人なのだろう。彼の代表曲、「別れの一本杉」や「王将」「風雪流れ旅」なんかは、私も口ずさむことができる。
美空ひばり、村田英雄、春日八郎、鳥羽一郎、北島三郎との交流を紹介した展示。舟木一夫のパネル。圧巻は歴代のレコードジャケットが並ぶコーナーだったな。撮影禁止とあって、父が残念そうだった。最近は撮影可のミュージアムも多い。ここもぜひ解禁してもらいたいなあ。
向かいの売店でお土産を買う。
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| この観覧車にも乗ってみたいねえ。 |
先日、笠間に行った帰り、旧岩間町に寄って来た。
難台山に向かっていくと、由緒ありそうな神社を見つける。
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| 社殿の裏に御神木の杉の大木が立つ。 |
その昔、磐筒男・磐筒女の二柱の神が日本武尊の東征を助けたところから、尊より羽梨山の尊称を賜り岩間朝日丘に鎮座したという。坂上田村麻呂の奥州征伐途上にも武運を祈られ、後に大任遂行に報いるための神殿が寄進された。武家の崇敬が深かったのもうなずける。小田の支族、宍戸氏の信仰厚かったが、1542年(天文2年)兵火により焼失。現在地に遷宮された。元の社域はゴルフ場になってしまったらしい。
| 正面に愛宕山。 |
| 奉納額は「韓信の股くぐり」であろうか。 |
すぐ近くには難台山普賢院龍光寺がある。
| 石岡市旧八郷町にある「有明の松」碑。松は枯死して切り株だけ残っている。 |
| 岩間駅前通りから見える愛宕山。 |