朝、御飯、味噌汁、鮭、納豆。正しい日本の朝食。旨し。
今日はお休み。妻は多忙なので、一人でお出かけ。9時に家を出る。
ローソンのクーポンでコーヒーをもらい、城里町へ向かう。
県道石岡城里線を走れば着くはずなのだが、この道が曲者。途中で城里方面の道路案内が消えるのだ。今回も曲がる所を間違えて、道に迷う。ここで文明の利器、カーナビを使うことにする。最初から使えよ、という声もあるだろうが、自力で何とかしたかったのよ。
途中、くれふしの里古墳公園でトイレ休憩。ここには「はに丸タワー」なるものがあるのだ。
裏面。
大小いくつかの前方後円墳がある。
11時頃、城里町石塚の役場近く、町営駐車場に到着。ここから歩き出す。この街を歩くのは初めて。通ったのは何度もあるんだけど。
まずは、この建物に目を奪われる。
いやあ、ここで饅頭を買いたかったなあ。
縦横無尽に歩き回る。いい街だ。シブい建物が多い。たまらんなあ。
1時間程、歩き回り、お昼にする。目をつけていたお蕎麦屋さんに入る。
一三庵、けんちん蕎麦、800円。
これで大盛ではない。しばし呆気にとられたが、気を取り直して完食。もうお腹いっぱい。
この前の道は駅前通りというらしい。
その昔、茨城交通茨城線という鉄道があった。1926年(大正15年)、赤塚・石塚間で開業。後に御前山まで延伸する。御前山への観光客や茨城大学等への通学客で賑わったが、車社会の到来とともに業績が悪化。1968年(昭和43年)、大学前・石塚間が、1971年(昭和46年)には、ついに全線廃止となった。
| 駅前通り。この向こうに石塚駅があったものと思われる。 |
駅前通りを行くと、こんな建物を発見。
この造りは、もしかしたら、と思って看板を見ると、「駅前タクシー」と書いてあった。
なるほど、この辺りに石塚駅があったということだな。
平成の大合併前、ここは常北町。昭和の大合併前は石塚町だった。この地域の中心地だったと言ってもいいのかもしれない。
茨城百景には、石塚薬師と那珂西城跡が選定されておりました。
| 佐久山多門院薬師寺。 1957年(昭和32年)の石塚大火で焼失し、鉄筋コンクリートで再建された。 |
水戸を回って帰る。14時過ぎ、帰宅。
ボイラーの灯油がギリだったので、買いに行く。
夕食は、鶏のパン粉焼き、シューマイで燗酒。寝しなにホワイトホース。










