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2018年3月14日水曜日

鈴本演芸場3月中席 夜の部

寄席は結局鈴本の夜にする。
次の日仕事なので、昼席を考えていたのだが、鈴本の夜が、桃月庵白酒の25周年感謝祭と銘打ち、ネタ出しの興行を打っているので、こっちにした。
開演間際に客席につく。この時点では五分の入りか。
前座は金原亭乃ヽ香、『平林』。そろそろ前座になって1年になるのか。美人というので密かに評判を呼んでいる。本人としては芸で評価されるようになりたいんだろうけど。素直な話しぶり。頑張ってください。
お次は二つ目、柳亭市弥。座る時、座布団の前が違っていたのか自分で直す。プロでもそういうことがあるんだね。この人は夕方のニュース番組で食レポやっているのを見たことがある。白っぽい羽織で、川崎の味噌だれ餃子を食べていたのだが、タレをこぼしたら大変だなあといらぬ心配をしてしまった。ネタは『真田小僧』。明るく素直。ごめん、昼酒が利いてちょっと意識が遠のいていた。
ここで、ペペ桜井のギター漫談が入る。ギター漫談をやっているのは、あとは堺すすむだけとのこと。自分で「絶滅危惧種」だと言っていた。林家ペーも入れてあげて。けっこうな芸だが、ちょっと台詞が聞き取りづらく笑いがはじけない。
古今亭志ん陽登場。志ん朝最後の弟子。『猫と金魚』に入る。私たちの世代では、八代目橘家圓蔵や十代目桂文治の印象が強い。どちらもこの噺では最初からはっちゃけていたが、志ん陽は落ち着いた語り出し。思わず『寝床』でも始まるのかと思ったよ。それでも後半ぐいぐい盛り上げていく。腕は確かだ。
柳亭燕路が『もぐら泥』を演じる。寄席では珍しい噺。桂小文治さんが、学生時代得意にしていたネタだ。明るくて軽くて、好きな噺家さんである。
青空一風・千風の漫才。昨年協会に入ったばかり。牛や豚の部位のリズムネタ。
そして怪人、三遊亭白鳥が高座に上がる。ツートンカラーの着物で、まず客をつかむ。ネタは『アジアそば』。名人口調でこそないが話術は巧い。白鳥らしいとっちらかった面白さ。この噺は柳家一琴でも聴いた。白鳥作『マキシム・ド・呑兵衛』は五明楼玉の輔も得意にしている。白鳥の新作はスタンダードになる力を持っている。ここで一挙に客席がはじける。
この芝居の中トリを務めるのは、白酒の弟弟子、隅田川馬石。ここんとこ、この人の高座によく当たる。『金明竹』のフルバージョンをたっぷり。ハンサムで様子がいい。特におかみさんが色っぽくて可愛いね。「木が違った」を「気が違った」と取り違える場面がなかったけど、金原亭の型なんだろうか。
ここで中入り。客席は八分の入りといったところか。
くいつきはアサダ二世の奇術。花粉症で調子が悪いと言っていた。飄々とした高座はさすが。
春風亭百栄、『誘拐家族』。気弱な誘拐犯が楽しい。身代金を50万円しか要求できなかったり、電話で思わず本名名乗っちゃったり。一癖ありそうな引きの話芸がいいねえ。マッシュルームカットがあやしいけど。誘拐された今時の女子中学生の承認欲求、誘拐犯を仲立ちにしないと成立しない親子の会話など、よく聴くとけっこう深い噺かもしれない。
膝替わりは翁家社中の太神楽曲芸。ベテランが亡くなったりして、現在は和助と小花の若者二人でやっている。「すげえ」を連発するお客あり。
そして、いよいよトリの桃月庵白酒。この度、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞した。今年の12月には50歳になるのかあ。もはや若手じゃないな。脂ののった、今が聴き時の噺家さんだ。
ネタは『花見の仇討』。私にとっては古今亭志ん朝の名演が今も耳に残っている噺である。
白酒は舞台を上野のお山という設定にしている。志ん朝や、白酒の大師匠である十代目金原亭馬生は、飛鳥山で演じていた。江戸時代、上野のお山は寛永寺の寺域であり、歌舞音曲が禁止されていたから、本来この噺は飛鳥山であるべきはずなのだが、お客がイメージしやすいせいか、上野でやる人も多い。今回は鈴本演芸場が上野公園に近いから、ということもあるのかも。(マクラでも上野公園入口の桜について触れていたし)
声よし、間もよし、テンポよし。噺のスケールが大きい。声量も音域もたっぷりあって余力がある。車に例えれば、ついているエンジンの排気量が違う、という感じ。やる時期が限られるため場数が踏めない、登場人物も多く、けっこう難しい噺だと思うが、楽しく聴かせてくれた。よくできた面白い噺だと思う。大満足の40分でありました。

上野公園入口の桜。もうずいぶん咲いております。


2018年3月12日月曜日

谷根千を歩く

昨日は、妻と子どもたちはお出かけ。「寄席にでも行ってお出でよ」という妻の言葉に甘えて、東京に行く。
ここんとこ、川崎づいていたので、今回は日暮里で下車。まずは谷中へと向かう。



夕焼けだんだんを下りて、谷中銀座にやって来たのが、11時半過ぎ。そろそろお昼にしたい。気分は中華かな。ということで、林家正蔵の「四時飲み」の本に出ていた一寸亭に行ってみる。谷中銀座から、ちょいと路地を入った所に一寸亭はある。


もやしそば、ビール。詳しくは後ほど「飲んだり食ったり」で書くけど、いやあ旨かった。
それから、谷中銀座を抜けて団子坂下へ。




団子坂下交差点近くには、「菊見せんべい総本店」がある。見るからに重厚な造りだ。
不忍通りを、取りあえず右に曲がってみる。しばらく歩いて道灌山の辺りまで行き、やっぱり根津の方へ行こうと引き返す。


団子坂下まで戻って、坂を上る。森鷗外の観潮楼跡に建つ資料館があったので入ってみる。入場料300円。岩波文庫の『青年』と明治42年当時の東京地図が載った冊子を買う。特別展は観潮楼に出入りしていた芸術家の紹介だった。


資料館の庭にあった碑。永井荷風筆とのこと。

観潮楼の前からは、今はスカイツリーが見えるのである。
資料館を出て、鷗外の散歩道だった藪下道を根津神社へと向かう。途中、わき道に逸れ、漱石が『吾輩は猫である』を書いた頃の住居跡を見る。

こちらは川端康成の筆。
根津神社をお参り。けっこう参詣客がおりました。



境内にある稲荷神社もなかなかいい。



さすが御膝元。立川談志一門の千社札がずらり。
それから池之端へ出て、不忍池は弁天様の前まで来たのが、午後2時過ぎ。さすがに少々くたびれた。ベンチに座り、鷗外の『青年』を読む。すると、そこに登場してくる地名のほとんどが、さっきまで歩いていた所なんだな。鷗外の筆で明治末の谷根千をさまよい歩く。それもまた楽しい。
2時45分、東日本大震災で犠牲者になった方々に1分間の黙祷をささげる。




3時過ぎまで本を読み、上野駅へ行って帰りの切符を買う。

「ここは、送風口から出る地下鉄の暖気で桜が早く咲くのだ」と桃月庵白酒が言っていた。
そしてアメ横近くの養老乃瀧で1時間ほどとろとろ飲む。これも詳しくは「飲んだり食ったり」で。


寄席の開場まで少しだけ時間があったので、黒門町の文楽師匠宅跡に聖地巡礼。


この空き地に文楽の家があった。
たっぷり寄席を堪能し、家に着いたのは夜の11時を過ぎておりました。
充実した1日でしたな。

2018年3月6日火曜日

土浦の火の見櫓(火の見櫓15)


つくばから土浦の高津へと向かう道。土浦特別支援学校を過ぎて少し行った辺り。
なかなか凝った造りの火の見櫓発見。


屋根の上に付いている、矢印みたいのはなんだろう。北を指しているのかな。
屋根が一部破損している。老朽化しているのかねえ。


逆方向からもう一枚です。

2018年3月4日日曜日

ひな祭り、数日遅れの誕生会


昨日の日記。
息子が二人ともインフルエンザになり、ここ1週間ほど学校を休んでいた。下の方は全快したが、上はまだ熱が出たりしているので、おとなしく家で過ごすことにする。
昼はオムライス。バターの利いたケチャップライスが旨い。
ぽかぽかと暖かい。家の周りを歩く。梅が見ごろを迎えようとしていた。


水戸では偕楽園の梅まつりが始まっている。先週、常磐線に乗ったら、偕楽園駅のホームで梅大使の御嬢さんたちが観光客を出迎えていたっけ。
夕方、妻が買って来てくれたハートランドビールを飲む。
夕食は、ひな祭りなので、ちらし寿司にあさりの吸い物。燗酒を飲む。
寝酒にジョニーウォーカー赤ラベル。八代目春風亭柳枝『堪忍袋』を聴く。

今日の日記。
朝はトースト、コーンスープ、ハムエッグ。
三代目桂三木助『加賀の千代』と五代目春風亭柳朝『義眼』を聴く。
午前中、コーヒー豆を買いに行く。
帰って、挽きたてを淹れて、長男と飲む。「この前のよりも酸味があるね」とは長男の弁。
コーヒーを飲みながらCDをかけ、ちょっとだけお絵かき。


昼はじゃじゃ麺。
午後は皆で「世界の果てまでイッテQ」の録画を見る。
昨日よりもぽかぽか陽気。最高気温は20度を超えたようだ。梅も満開に近くなる。


夕食は、私の何日か遅れの誕生会。親父が焼き鳥と刺身を買って来てくれる。燗酒を飲む。デザートは妻の手製のチーズケーキ。旨し。
どうやら子どもたちも、月曜から学校に行けそうです。

2018年3月3日土曜日

柚子冬彦著『筑波の義軍』

先日、柚子冬彦著『筑波の義軍』という本を買った。帯には「天狗党義挙の梁山泊となった紀州屋、その養女大久保たかの回想を通して描く志士たちの群像と時代の流れ!」とある。
著者、柚子冬彦は県内阿見町在住の農民作家。牛久助郷一揆を題材にした『地鳴りよ永久に響け』という歴史小説も書いている。
本書のあとがきで筆者は、最初、竹内百太郎か岩谷敬一郎を主人公に書くつもりだったが、竹内は最後まで天狗党幹部だったので、他の天狗党関係のものと違いが出せず、岩谷は貴重な生き残りだが、水戸城攻撃で失態を演じたので気が進まない。そこで、紀州屋の養女大久保たかに目をつけ、彼女の口から語らせるという体裁を取った、と言っている。だから、この本は史書と言うより、小説と言った方が適当だろう。ただ、取材量は豊富、歴史観も確かであり、読み物としてもおもしろい。時系列に整理されてて、天狗党事件を知るのに、とてもわかりやすい本だと思う。(あえて難を挙げれば、大久保たかが語っているというより作者自身が語っているような印象を与える部分が見られるということか)

紀州屋の女主人、大久保いくは、天狗党旗上げの首謀者、藤田小四郎から「おふくろ」と言われて慕われた。紀州屋には小四郎以下多くの志士が宿泊し、尊攘派の梁山泊といった様相を呈していた。
紀州屋があったのは、新地八軒と言われた所で、水戸徳川の支藩松平家が治めていた府中(石岡)の町の外れにあった。現在の金丸通りにある、鈴の宮稲荷神社を起点に東に向かって、街道の両側に八軒の妓楼が並んでいた。石岡市民俗資料館(現ふるさと歴史館)蔵の図では、稲荷神社隣から、金升屋、紀州屋、近江屋、松屋と並び、稲荷神社はす向かいから、三好屋、井関屋、山本、大和屋と並んでいる。この街道は、小川を通って潮来へと至る道で、現在の国道355号線の原型になったものと思われる。
妓楼とはいっても、いわゆる女郎屋ではない。料理屋と旅館を兼ねた店である。宴席に侍らす遊女を抱えていた。『筑波の義軍』によると、紀州屋では遊女3人、飯盛女を合せて6、7人の女がいて、その他に番頭が2人、料理人が2、3人いたという。
元治元年の天狗党挙兵の際は、新地八軒の各所の外に、陣屋近くの照光寺や東輝寺などに分宿した。そして3月27日、73名(楠氏が湊川で自刃したのが73人であったという故事にちなんで、人数合わせをしたのだという)が集結し、鈴の宮稲荷に目的遂行を祈願、筑波山へと向かったのであった。

普段散歩している何てことない小道に、とんでもない歴史が潜んでいたりする。石岡という街は実に奥が深いねえ。

鈴の宮稲荷神社。


新地八軒があった街道。(金丸通り)

稲荷神社の隣の空き地が新地八軒跡とのことである。

かつての新地八軒の写真。

照光寺。
ふるさと歴史館には刀傷がついた照光寺の柱が展示されている。


2018年2月26日月曜日

大洗散歩

宴会があった日は、例によって大洗の街をぶらついた。
大洗駅に着いたのは、12時過ぎ。観光地だけあって、けっこう人が降りた。



まずはお昼を食べないとね、と商店街へと向かう。
新しい道ができていたけど、やっぱり私は路地が好き。



昼食は前にも入った柳屋食堂にする。
まずはビール。



前回はラーメンだったが、今日は焼きそば。
古今亭志ん朝も言っていたけど、ビールにはソース焼きそばがよく合う。


ビールと焼きそばで1200円。地元の人に愛されている、フツーの食堂。そういう所が好きだなあ。
髭釜商店街から曲松商店街へと歩く。この通りはガルパンで有名だが、古い街角ファンも絶対に満足すると思う。








大洗の銘酒「月の井」の醸造元、月の井酒造直売店に入る。




部屋飲み用に純米酒の四合瓶を買う。
海が見たくなり、商店街を逸れて大洗漁港へ向かう。


市場の売店で買い食いでもしようか。せっかくだから、ちょっと飲んでもいいな。
近くのコンビニでワンカップを買って、売店を見る。



さざえのバター焼き(正確には赤ばい貝とのこと)が旨そうだったので、買ってしまう。350円。


漁港で海を見ながら、ワンカップをぐびり。カモメがいっぱい飛んでいたので、警戒しつつバター焼きをつまむ。そりゃあ旨いでしょ。
それから、大洗磯前神社にお参り。太平洋を望む高台、絶景のロケーションに鎮座ましましております。




お参りの後は鳥居下の大洗美術館を見学。
窓外に見える神磯の鳥居を見ながら、コーヒーをいただく。


水彩画やら版画やら押絵やらをゆっくりと鑑賞しているうちに、3時過ぎになった。
頃合いもよし、そろそろ今宵の宿へ向かおうか。
飲んだり食ったり歩いたり、いやあ充実したお散歩でした。