夏合宿から帰ると、いよいよ最後のS大寄席に向けて、『芝浜』に取り組むことにした。
S大寄席は、当時、うちの落研では最も重きを置いた対外発表会であり、ここで、私はトリをとることが決まっていた。ネタも早くから『芝浜』を考えていた。
かつてS大寄席では、二代目松竹亭金瓶梅さんが『芝浜』でトリをとっている。
あの名人金瓶梅さんと同じネタを演るのは大それたことだという気持ちもあったが、それでも、どうしても『芝浜』を演りたいという思いは強かった。ここで演っておかなければ後悔する、そう思った。
用意したテープは、三代目桂三木助、古今亭志ん朝、立川談志、柳家小三治の4本。
それぞれの演出を聴くうちに、どれか1本に絞るより、自分なりに構成してみたいと思うようになった。
全体の構成は三木助。登場人物の気分としては小三治。志ん朝のは、おかみさんが勝五郎に財布を拾ったのが夢だと思い込ませる場面を取り入れた。談志については、どうせ口調は談志になってしまうだろうし、気が入ったら3年目の大晦日の場面が特にそうなるだろうな、と思っていた。
結局、4人のいいとこ取りみたいな演出になったが、自分なりに噺を作ろうという意思が出てきたのは確かだった。
稽古を始めてみると、この噺、意外と演りやすい。何といっても、登場人物は夫婦二人だけだ。人物描写に悩むことはほとんどなかった。ストーリーもよくできているし、感情移入もしやすい。夫婦の愛という普遍的なテーマだから、それぞれの思い入れで、独自性も出せる。
みんなが演りたがるのが分かるような気がした。
サゲまで35分ぐらいで仕上がる。聞き手を最後まで引っ張るには、時間的にはこのぐらいまでだろう。
ネタ下ろしは、落研部内の発表会。
マクラでは、早く結婚して子どもが欲しいなあ、なんてことを軽く喋って、すぐに本題に入った。
噺の中に入り込みながらも、部員の反応を見る。こちらの気が入るにつれて、聞き手も乗り出してくるのが分かった。手応えはある。どうにか何とかなりそうだ。
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