「石井式落語のブログ」の「黒門町型の芸」という記事を読む。
たぶん石井徹也が書いたものだろう。
五代目柳家小さんや十代目金原亭馬生に関する著書で知られる。私の好きな書き手の一人である。
文楽に対してはかなり批判的だ。というか、ブログだと随分攻撃的なんだな。
彼が文楽の落語をどのようなものとしているか。列挙してみる。
・フレーズの羅列。落語の本質とは関係ない。
・文芸的で文学コンプレックスのある人に評価されやすい芸。
・自分が如何に社会から高く評価されるかを目指した芸。
・自分の本質を悟られないように、小奇麗な芸と思わせるように自分をアピールしたいだけ。だから登場人物への愛情を感じない。
まあ全否定だね。
彼は何に怒っていたのだろう。多分「権威づけ」に関してだ。
安藤鶴夫や湯浅喜久治、飯島友治、江國滋などが、文楽や圓生といった古典文芸調の落語家ばかりを「名人」と持ち上げ、落語の本質に目を向けなかったことが、落語の見方を歪めたのだと言いたいのだろう。
事実、彼はこう続ける。
「文学者崩れをたぶらかして取り込み」、「目白の小さん師匠、談志家元、三平師匠を一門に供え」、「馬生師匠の仲人をし、志ん朝師匠を百年に一人の逸材と持ち上げ」、「敵を作らず」、「落語協会最高峰の位置を手に入れる」。「フレーズだけで落語まがいのものを作り上げ」、「知的レベルの低い文学崩れを取り込んで権威づけした」というのだ。
主語は全て八代目桂文楽か。
文楽が自らの権威づけを意図して、安藤らを取り込み、落語家仲間を懐柔して自分の地位を盤石なものにし、大したことのない芸を、さも名人芸のようにして見せた、と断じているようだ。
40年来の文楽ファンとしては切ないなあ。
文楽の芸は、磨きこまれた楷書の芸だが、正確には正統的なものとは言い難い。無駄を極端に省き、他の演者が30分以上かけて演る噺を20分足らずで演じてみせたりする。レパートリーは、盲人、幇間、若旦那等に偏り、演目も30足らずに絞り込んでいる。台詞を固め、口演時間は1分と違わない。
しかし、それはアドリブが利かず、テンションが高く長時間はもたないといった、彼の特性を克服するために、無器用に愚直に作り上げていったスタイルだ。
「敵を作らない」処世術にしたところで、10歳で口減らしのように突然奉公にやられ、落語家になれば初代小南という上方出身の師匠を持ち、しかも師匠には二つ目昇進の時に捨てられて旅回りを余儀なくされ・・・、といった人生経験の中で身に付けたものだろう。大きな庇護もなく係累もない社会で、「敵を作らない」ことが生きる術であったのだ。そして、三代目圓馬や五代目左楽といった頼みの綱には、とことん尽くす。文楽はそうやって必死に生きてきたのだと思う。
師匠に死なれた小さんを引き取り五代目にしたのも、三平に好意的な評価をしたことも、志ん朝を百年に一人の逸材と大事にしたのも、全て自分を偉く見せるためだと決めつけるのは、あまりに文楽が可哀相じゃないか。
私は文楽ファンである。それを指して「知的レベルの低い文学崩れ」と呼んでもらっても構わない。でも、60年も必死に芸を磨いてきた人を、全否定するのだけはやめてくれないか。
文楽・圓生の神格化を正し、三代目金馬・八代目正蔵・五代目小さん・十代目馬生を復権させ、落語の本質を取り戻そうという意図は分かる。ただ、自分の主張のために、一方を貶めるのはもうやめにしないか、と言いたいのだ。
それは安藤鶴夫が七代目可楽を絶賛する一方で、三代目金馬をくさし、小谷野敦が立川談志を称賛するのに五代目小さんを「お茶の間落語」と揶揄するのと同じじゃないのか、と言いたいのだ。
それでも石井氏の落語に対する見方考え方には、教えられることも共感することも多い。これからも氏の文章は読んでいくだろう。ただ、あのブログは誤字脱字も多く、いささか書きとばしている感がある。それを、氏のために惜しむのである。
9 件のコメント:
石井さんのブログを見させていただきました。
文楽さんや圓生さんに対する批判は強すぎますが、納得する部分も多少ありました。
私も文楽さんは好きで噺も上手いとは思うんですけど、
なぜか正統派落語と言われると少し違うのでは?と疑問をもっていたんですが、
落語の本質から離れているまでは言いませんが、文楽さんの落語は話によっては、そこまで重要じゃない別のシーンの方が目立ちすぎてる感じはありました。
個人的にはその演目の中でも「つるつる」が特にそうで、一八の芸者や旦那のヨイショするシーンをしっかり演じすぎて、お梅の事が気になって遊びに身が入らない感じが弱くなってるんでは無いかと思いました。
「明烏」の甘納豆など別に悪くは無いんですけど、そこまで重要じゃないシーンの方が目立つ傾向が文楽さんにはあると思いました。
まぁそこも含めて文楽さんの魅力でもあるんですけが。
小圓朝さん、本気の志ん生さん、正蔵さん、小さんさんみたい、話の筋をしっかり聞かせて重要なシーンを強く演じれる方達が本格派の落語家じゃないかって思いました。
でも文楽さんの「愛宕山」みたいに、話の筋を聴かせつつ重要なシーンも強く演じている話もあり凄い良いと感じるんですよね。
私は文楽批判はいいと思うんです。「文楽の落語は正統派とは言えない」と言うのであればそれはそれでいい。記事を読んでいただければ分かるように、私自身、文楽の落語は偏りがあると思っています。
ただ石井氏の文章は、文楽の人格、全存在を根こそぎ否定したものに思えたので、批判させてもらっただけです。倫理的文章に対比という、対照的なものを比較して持論を際立たせるといった技法がありますが、当時の批評には自分の支持するものを賛美するために、一方を貶めるという風潮があったので、それには異議を唱えておきたかったのです。
確かに文楽は「見せ場」を売り物にする人ではありました。おっしゃる通り、それが噺の本筋には関係ない部分であったことも少なくありませんでした。ただ、『明烏』の甘納豆のシーンに象徴されるように、観客がそれを求めたという側面もあったと思います。「客の反応に応える」という点では、彼は芸術家ではなく芸人だった、と言えるのではないでしょうか。落語は話者だけで作るものではなく、聴者との共同作業なんだと私は思っています。
すみません。黒門町に関しては惚れた弱みでね、どうしてもああいう論調には反応してしまいます。
でも、私にとって、八代目桂文楽という落語家に惚れたことは動かせないことなんですよね。
隆一さんのご指摘は色々参考になり有難く思っております。今後ともよろしくお願いいたします。
訂正 ×倫理的 → 〇論理的
コメントありがとうございます。
もし、気分を悪くさせたようなら謝罪します。
申し訳ありません。
densukeさんのように黒門町愛の強い方を傷つけるつもりは有りませんでした。
ただ、自分は噺に関してはその人の好き嫌い関係なく噺の上手さや面白さのみで判断するタイプ、言い方を変えるとドライなタイプな為、長所も短所も気になったことはズバズバ言いすぎてしまうです。
でもdensukeさん程ではありませんが、
私も個人的に黒門町が大好きで、
睦会に入った経緯や、志ん生さんを差別なく接してきたこと、小さんさんを預かって引き立てた事など、人間性が大き過ぎて、実際に接してみたら間違いなく惚れ込むと思います。
densukeさんみたいに噺だけでなく、噺家全てに惚れ込み熱く語れる方が羨ましいです。
全然気を悪くなんかしていません。むしろ、そのような視点でのご意見は大好きです。
私が傷ついたのは石井氏の文章に対してなので、隆一さんがお気になさることは何ひとつありません。
私も若い頃は嫌いな噺家がいっぱいいましたが、今はそうでもなくなりました。何と言っても、彼らは「噺家になる」という人生を賭けた大博打をしたわけで(私にはその覚悟はできませんでした)、彼らを語るには、やはりリスペクトは必要だと思うのです。リスペクトのない批評には、きっちりと批判したいと思っています。
黒門町の好きな人とお知り合いになれて嬉しいです。
ユリイカの最新号「柳家小三治」に石井氏が寄稿しており、露骨に小三治批判を展開していました。最初はむっとしたのですが、そういう見方もあるなと考えられる内容でした。ただ安藤鶴夫、白井良幹、川戸貞吉、存命の京須氏への嫌悪感があからさまで(しかもあまりロジカルとは思いませんが)辟易しました。その昔季刊落語に寄稿されていた文章(志ん朝論や小三治論)に関心したものですが、どうしてしまったのでしょう。
最近のtweetを見ると、これまた歌丸師を貶めていて辟易するのですが、そこでは、「志ん生・文楽・三代目金馬・彦六・先代小さん・先代馬生とは比較にならない程度の噺家」などとあって、ここには文楽師が入っているのですね。圓生師を入れないのは石井氏らしいですが。私生活面の乱れが文章に反映されているようで、いささか気の毒とも思う次第です。
同じくユリイカで以前出た米朝特集で、和田尚久氏が、評論家の上村以和於氏の「文楽は、文楽として巧かったのでしょう」という発言を紹介していました。これは、なるほど、と思うところでした。本当の名人なんて、圓喬、三代目小さんまでで、我々は知る由もないのでは、と思ったりします。
そうですか、石井氏、そんなになっていますか。私はその文章を読んでいないので、何とも言えませんが。
彼の本は好きなんですよ。でも、個人的な発信になると、どうしてあんなに攻撃的になるんだろう。不思議です。
でも、「人を語るのは、自分を語る」ですから、何か個人的なものが反映されているのかもしれませんね。
圓喬、三代目小さんは名人だと思います。ただ、彼らが神格化されるのは、「今、生きている者では、誰も聴いたことがない」からでもあります。映像も、ちゃんとした音源もない(SP盤の音源はありますが)。あるのは、いかに彼がが名人であったかを伝える、証言や文章だけです。
極端な話、談志に関する文章を読めば、後世の人は談志を大名人だと思うでしょう。でも、談志には膨大と言ってもいいい音源や映像がある。それに触れれば、どうしても賛否両論出てくると思います。
圓喬・小さんも、同時代の人に言わせれば「やっぱり圓朝・燕枝に比べるとなあ」だったかもしれません。
「本当の名人」よりも、それぞれの心の中の「おれたちの名人」を語っていけばいい、と私は思いますけどね
名人とは何か、という議論になりますね。歌舞伎役者でも邦楽でも、クラシックの音楽家でも言えることでしょう。おっしゃる通り「俺たちの名人」で、実際にしっかり聴いた範囲でしか判断できないのかもしれません。
その点では、五代目小さん師はそうだろうと思いますし、上方では先代春団治師か(米朝師も大好きなのですが)と思うところです。志ん朝、小三治を名人、と言っていいかは迷います。もっと良くなる可能性があったのかな、と。
「好きな人や、好きなものを語る」のは楽しい。
それで始めたブログですので、これからもそうやっていこうと思います。
よかったらお付き合いの程、よろしくお願いします。
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