あれはいつのことだったか。妻の実家で、土曜だか日曜だかの昼下がり、私は寝転がってテレビを見ていた。
テレビではNHKのゆるい演芸番組をやっていた。スタジオに即席の高座を作り、客(ほとんどはよく笑うおばちゃんだ)を入れて、落語や漫才を見せるといった類いの番組。
ここに立川談志が出演したのだ。
おそらく司会が爆笑問題だったからだろう。そうでもなきゃ、オファーもしないよな。
とにかく立川談志にこれほど似つかわしくない舞台もない。私はいささか緊張しながら、事の成り行きを見守った。
談志がかけた噺は『やかん』。ポピュラーなネタだが、談志の『やかん』は、談志言うところの「イリュージョン」。不条理ギャグ満載の、かなりとんがったものだ。とてもおばちゃん方の手におえるものではない。
当然、私はケラれると思った。ところが、おばちゃん方恐るべし。彼女たちはギャグのたんびに、げらげら笑うのだ。
理解できているのか、いないのか(多分できていないのだと思う)、とりあえず「ここで笑う」というポイント、ポイントで、声を限りに笑うのだ。それはほとんど条件反射と言っていいくらいだった。
談志は途中で噺を止めてこう言った。
「そんなに面白くねえだろう?理解(わか)って笑ってんのかい?」
事実、そんなに笑えるもんじゃなかった。一緒に見ていた妻も、妻の母親もくすりとも笑わなかった。
司会の爆笑問題(特に太田光)は、ここで脇の下にたらーっと冷たい汗を流したに違いない。
しかし、談志はそのまま噺を続け、無事にサゲまで持って行った。
可愛がっている爆笑問題の手前、そう事を荒立てるまでもないと談志は判断したのかもしれない。
そしておばちゃんたちはもう一枚上手だった。彼女たちは最後まで、ポイントごとにげらげら笑いを続けたのだった。まるで立川談志も綾小路きみまろも同じだと言うように。
平和な休日の昼下がり。ゆるいNHKの演芸番組。そこに立川談志。シュールな光景だったな。
あれから10年以上経つが、妙に忘れられない。
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