遅まきながら、『しゃべれども しゃべれども』を読む。映画にもなった有名な話だ。
芸の壁にぶち当たり、スランプ中の二つ目の噺家、今昔亭三つ葉が、ひょんなことから素人相手に落語を教えることになる。
この相手が一筋縄じゃいかない。吃音のテニスコーチで三つ葉のいとこでもある良。関西弁の小学生、村林。周囲の者に敵意むき出しの猫のような謎の女、十河。口下手で性格の悪い野球評論家、湯河原。どいつもこいつも他人とのコミュニケーションの取り方に問題を抱えている。
彼らと三つ葉とがぶつかり合いながら、お互いを理解していく過程が、甘酸っぱく、胸がちりちり痛い。
まず、今昔亭三つ葉がいい。古典落語に惚れ、師匠に惚れ、気持ちがまっすぐで、落語に正面から向き合うが故にスランプに陥る。そこを悩みながら、不器用に、でも逃げることなく壁に立ち向かっていく。たたずまいは古風だが、それでもしっかりと今時の若者に描かれている。(私のような田舎者には、人形町で生まれ、幼いうちから祖父に連れられ寄席に通う彼の生い立ちは、こと落語に関しては、特権階級に見えるけど。)
楽しいのは、三つ葉の師匠、今昔亭小三文とその弟弟子の草原亭白馬。小三文は柳家小三治、白馬は立川談志がモデルで間違いはないだろう。いかにも彼らがしゃべりそうな台詞が出てきて、おもわずにんまりしてしまう。リアリティーを持たせつつ、白馬を弟弟子とすることで、うまくフィクションとして処理している。
読んでいて、とても気持ちがいい。歯切れのいい、さわやかな語り口。見所もふんだんにある。
クライマックスは今昔亭の一門会における三つ葉の高座、それから、村林と十河による「東西『饅頭怖い』対決」だろうが、それに至るひとつひとつの場面が心に残る。いいなあ。
これは、優れた青春小説であり、芸道小説であり、恋愛小説だな、と思います。
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