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2011年2月13日日曜日

デジカメが壊れた


私が持っている唯一のデジカメが壊れた。
この間横浜に行った時、使おうとしたのだが、液晶が点かない。電源を切ってもレンズが引っ込まないのだ。
手に入れて1年と2ヶ月。惜しいことに保証期間はもう過ぎている。
今日、キタムラに行って見てもらったのだが、修理すると1万以上かかるという。
新しいのを買った方が安いとのこと、その際は1000円で下取りしてくれるとのことであった。
店員さんは親切に相談に乗ってくれたが、ちょっとがっかりしたなあ。
しょうがないか、もともと一昨年の忘年会のビンゴで当たったものだったし。
新しいのを買うかどうかは思案中。どうしようかなあ、好みとしては、フィルムの方なんだが、ブログには便利なんだよなあ。
写真は壊れたデジカメ。買い物の途中、ケータイで撮りました。

ブログの更新がしばらくなかったので心配してたけど、大福さん、ぎっくり腰だったんだ。そりゃ大変だった。
私も実は14年前、ひどいのをやりました。やったその日はトイレにも立てない。
尿瓶を買って来てもらって用を足しました。新婚早々、妻には下の世話をさせてしまった。申し訳ない。
大福さん、痛みが引いたら、腹筋背筋とストレッチはやっといた方がいいよ。

2011年2月7日月曜日

横浜へ行った


この前の土曜日、ふと思い立って妻子を連れて横浜に行った。
ナビちゃんの言うがまま、横羽線を通って行く。
羽田から多摩川を渡り、川崎から鶴見へ。左手は鉄錆色の工場地帯。右手には川崎の町並み。
宇崎竜童が歌う「住めば都」「鶴見ハートエイクエブリナイト」がぐるぐると頭の中を駆け巡る。何か心の奥が揺さぶられる風景だ。
ベイブリッジを渡って山下公園駐車場に入る。家から2時間ちょっとのドライブ。駐車場は空いていた。1時間500円で、30分ごとに250円ずつ上がる。高いかなと思ったが、歩いてみるとこれがけっこう良心的な値段だった。
すぐに中華街に向かう。ずいぶんな人出。中華街にはいるとすぐ、天津甘栗の売り子が次々と声を掛けてくる。試食した子どもたちが、どうしても欲しいと言うので、仕方なくいちばん小さいのを買う。1000円。決して安くない。ふと立て看板を見たら、「栗の押し売りにご注意下さい」と書いてあったぞ。
蒸かしたての肉まんを食べる。旨い。
食べ放題の店の客引きがしつこかったが、それを振り切って、保昌という店で昼食。チャーシュー麺、ねぎそば、五目焼きそば、五目チャーハン、それと海老ニラ焼き餃子を頼み、皆で分けて食べる。旨いなあ。中華街の店で外れたことがない。これだけ数があって潰れないで残っているのだから、古そうな店はどこも旨いんだろうな。
長男がどうしても見たいと駄々をこねて、やむなく「よしもと水族館」を見物。色々趣向を凝らしてあり、それなりに楽しめるだろうが、なぜここに水族館という釈然としない気持ちが残る。
お土産に肉まんと月餅を買い、山下公園へぶらぶら歩く。氷川丸を見学。子どもたちはスタンプラリーで大喜びだった。特別船室はさすがによかった。この時代の造りは品があるなあ。こういう部屋で船旅というのもいいよねえ。
そこから車で赤レンガ倉庫に移動。1時間ほどお店を見て回り、アイスを食べて帰る。
少々子どもたちに振り回された感があったが、楽しかったよ。横浜も案外思い立って行けるもんだ。また中華が食べたくなったら出掛けてみようね。

写真は保昌の五目焼きそば。ちょこっと見えるのが、子どもたちが食べているチャーシュー麺

2011年2月6日日曜日

夢之酒 冬の巻


私が愛読している『酒のほそ道』には、「夢之酒」という巻頭カラーのシリーズがある。そこでは四季折々の旨い酒のシチュエーションが妄想されるのだが、今回はそれを真似てみたい。
小唄の『初雪に』の文句が好き。「初雪に ふりこめられて向島 二人が中に置き炬燵 酒のきげんの爪弾きは 好いた同志の差し向かい 嘘が浮世か浮世が実か 誠くらべのむねと胸」というのだが、いいよねえ。
というわけで、季節は冬だ。
隅田川近くの二階の角部屋。ちょいと寝坊をした朝。やけに表は静か。窓を開けてみると、しんしんと降り積もる雪。
これじゃあ遠出はできないなあ。しょうがない、雪見酒といこう。
湯豆腐に燗酒。湯豆腐はごてごて具を入れちゃ駄目だぜ。鍋の底に昆布を一枚敷いて、その上に豆腐を賽の目に切って入れてくんな。たれはぽん酢じゃなくて、鰹節に生醤油。葱を刻んで入れてくれるとありがたい。
顔を洗って置き炬燵に座ると、酒肴が揃う。
すらりと背の高い白磁のお銚子と猪口。土鍋の中では湯豆腐がいい具合に温まっている。小鉢には鮪のぶつの醤油漬け。
燗は少し熱め。はふはふと豆腐を頬張る。鰹節醤油を、昆布のだしが出た湯豆腐のお湯でうすめる。温めると豆腐の味が濃い。口に含んだ純米酒の香りが、鼻腔の奥に立ち上る。鮪は赤身。醤油につけてあるので臭みはない。山葵をのせてぺろっといく。ねっとりとして旨い。
窓の外には東京の下町の雪景色。いつもは煤けたような街が、お化粧をしたように見える。
小一時間ほど飲み食いして、ごろりと横になる。
もうちょっとしたら、言問橋の辺りまで散歩してみようかねえ。

写真は次男の出産で妻が実家に帰っていた時にやった湯豆腐。こちらはけっこう侘びしいものでした。

2011年2月1日火曜日

芸名考 落研編その2

うちの落研では、初めての芸名を「茶話会」という新入生歓迎会でもらう。そこで芸名入りの会員証をもらって、自分の芸名を発表するのである。
芸名は一門の真打ちがつける。よくあるのは、セットでつけられる名前だ。
私の代の松竹亭一門は、悟空、八海、酒合丈(さごじょう)の西遊記トリオ。
私は楽家伝助という名前をもらったが、同じ松風亭一門は、他に赤兵衛、世之助。3つともビッグコミック系の漫画のキャラクターの名前だ。
我々の名前をつけてくれた3コ上の先輩(桂小文治さんの代です)が1年生の時の名前では、麻雀シリーズがあった。三色、ドラ八、ざんQ。時の真打ち(三代目金瓶梅さんの代だ)が、麻雀に興じながら考えたらしい。
私は4年の時、一門の新入生に、ちゃんちきちん、すけてんてん、てんどこどん、という名前をつけようとしたが、同輩の反対に遭い、やむなく、乱頭(らんとう)、牛車(うっしゃー)とつけた。プロレス漫画『1,2の三四郎』の三四郎の雄叫び「ウッシャー」と場外乱闘からとったのだ。
(ちなみにプロでもこの手のやつはあって、三遊亭歌之介の3人の弟子の名前は、ありがとう、ございます、しあわせ、という。)
判じ物みたいなのもあった。1コ下の松時(ショータイム)、小柳さんの前座名、亜留番(アバンチュール)。同輩で春”短(バルタン)というのもいた。でも、これが主流というわけではなかったよ。(現在の落研はこっちがほとんどみたい。)
印象的だったのは、当時のうちの落研は、入部時に短髪にしなきゃいけなかったのだが、後輩に見事に丸刈りにした奴がいて、これは、五里ん(ごりん)とつけられた。
夢三亭は下ネタが多い。2コ上の海太郎(かいたろう)さん、同輩の弥っ太(やった)、後輩では一発なんてのがいたなあ。(それぞれ「ゆめみてかいたろう」、「ゆめみてやった」「ゆめみていっぱつ」です。)
部員同士、芸名で呼ばれる人もいれば、本名で呼ばれる人もいる。先輩では、佐助さん、海太郎さんは芸名で呼ばれていた。(海太郎さんはそのままの名前で真打ちになった。)うちの代は、弥っ太、世之助。私も伝助と呼ばれていた。西遊記トリオは風貌的にはぴったりだったが、案外本名で呼ばれてたなあ。いや、八海だけは芸名で呼ばれてたか。
二つ目になると改名することができる。麻雀シリーズの代の先輩方は、ドラ八→梅吉、ざんQ→梅楽、亜留番→雀志となられた。1コ下の牛丼君は蘭丸に変えたっけ。
読みを変える人もいる。1コ上の先輩、風神さんは「ふうしん」から「ふうじん」に、私がつけた乱頭君は「らんず」にした。
私たちの代は、悟空、八海、酒合丈も世之助、弥っ太、伝助も、女子部員の夕姫、楓も、二つ目での改名はしなかった。(結局、残ったのは、この8人でした。)ということは、皆、自分の名前にそれぞれ愛着があったということだ。いい名前を頂いたんだな、と思います。ありがとうございました。

2011年1月29日土曜日

リンクできました


リンクできました。
やってみるもんですね。
大福さん、これからもよろしくお願いします。
これだけでも何なので、画像をひとつ。
渋谷道玄坂途中の古い建物。どうやら元は店舗らしい。こういうものがあったりするから、町歩きは面白い。

2011年1月26日水曜日

檀一雄 『火宅の人』

お伽噺である。大人の男の、お伽噺である。とても私にはできない。 妻子ある作家桂が、新劇女優恵子と天然の旅情で結ばれ、妻子のいる家を省みずに諸方を流転する物語(水上勉の解説より)。その妻子のいる家は、先妻との間に出来た長男が不良になるし、次男は日本脳炎のために全身麻痺で寝たきりのまま。虚実ない交ぜになってはいるが、この大筋は事実を元にしている。 さすが、最後の無頼派だ。世間の常識などものともしない。安定など糞食らえだ。見事に転がり続ける。まさにライク・ア・ローリング・ストーン的な人生。地獄の業火に焼かれても、自分のやりたいようにやる。いや、自分のやりたいようにしかやれないのだ。 ただ、そこには悲壮感も自己への陶酔もない。あるのは明るい諦念だ。どこかあっけらかんとしているところがいい。 私としては、矢島恵子と同棲を始めての最初の頃、浅草千束町に部屋を借りた辺りがよかったねえ。まるで檀版『浅草紅団』だな。下町の人々やいかがわしい芸人たちとの交流が生き生きと描かれる。私も浅草辺りに部屋を借りて、隠れ家にしてみたい。ふとそんな妄想を抱きたくなった。 それから、恵子との最初の別れ話の後の道行き。二人は上野から土浦まで常磐線でやって来て、土浦から船に乗って潮来に向かうのよ。牛堀の旅館での侘びしい交情。いいねえ。 もちろん、桂の流転はとどまることを知らない。放浪はやがてアメリカ、ヨーロッパへと拡大する。そこで桂は恵子の過去に対する嫉妬に狂い、菅野もと子という女と愛人関係になる。帰国後は新たに葉子という酒場の女と九州全土を放浪する。行き当たりばったりに女と関係し、盛大に煮炊きし飲みかつ食らい、湯水の如く浪費する。次第に桂の狂躁は凄惨さを帯びてくる。 やがて、女たちは桂の下を去り、彼は神楽坂の連れ込みホテルに流れ着く。彼の身を焦がした業火も、彼の衰弱と共に勢いを失っていく。ぶすぶすとくすぶるその残り火をもてあます寂寥の中、話は終わる。 檀一雄が死の直前まで書き続けた最後の長編。完成までに20年を要した大作だ。深作欣二の監督で映画にもなった。この間CSでやってたのをちらっと見たけど、映像だと主人公の勝手さだけが目に付くなあ。本の方が、はちゃめちゃの奥に立ち上る哀しさが感じられていい。いずれにせよ、女の人には、到底受け入れられない話だよねえ。 さて、リンクの件ですが、確かに、大福さんの言うとおり、読者の画像の中のリンクを使うのがいちばん簡単ですね。ご指摘ありがとうございます。(実はリンクを試みてはみましたが、結局、できませんでした。お騒がせしてすみません。)

2011年1月23日日曜日

麻生温泉白帆の湯


年の冬も、妻のしもやけがひどくなってきたので、麻生温泉白帆の湯に行く。
いい天気。二人の息子と一緒に、内湯、露天風呂とゆっくり入る。
いつもながら眼下の霞ヶ浦の景色が素晴らしい。
風呂上がりに三ツ矢サイダー。この頃これがお気に入り。
休憩室で昼食。南向き、日当たりがいい。海鮮かき揚げそばを食べる。
暫しうつらうつらしてから、2度目の入浴。
風呂上がりに牛乳の一気飲み。旨し。妻子はアイスを食べる。
ほかほかで帰る。
夕方、皆で餃子を作り、夕食で食べる。
家で作った餃子はしつこさがなく、いくらでも食べられる。例の「すだちぽん酢しょうゆ」が、ここでも活躍した。ビール、黒糖焼酎のお湯割りを飲む。

大福さんのブログにはどうやって行くの?という質問がありました。
紹介したわりには親切ではなかった。改めて反省。
そういやタイトルも書いてなかった。ブログ名は「夢三亭大福それなりに一所懸命」です。
私の詳細プロフィールを開けると、読者になっているブログのリストがあって(といっても1コだけだけど)、そこから行けます。
また、グーグルでもって「夢三亭大福」を検索かけると、いちばん最初に出てきますよ。大福さん、出てこないと謙遜してましたが、今は大丈夫です。
そうか、リンクを貼ればいいのか。でも、どうやってやるんだろ。大福さーん、もし、できたらリンク貼ってみていいですか?