懐かしい落語家のことを少し書いてみたい。
六代目蝶花楼馬楽。
学生の頃寄席に行くと、必ずと言っていいほど聴いたものだ。
四代目柳家小さん門下。五代目小さんの兄弟子に当たる。
小さんがさっぱりとして男性的であったのに対し、馬楽はなよっとして女性的だった。声を作って人物を演じ分けるところがあり、正直言ってクサかった。『芋俵』の後半の演出などはくどかった。とりわけサゲの「いやあ器用なお芋だ。」という台詞廻しは、当時は嫌で嫌でたまらなかった。
だけど、今になって思えば、明治の匂いを伝える、貴重な落語家だったなあ。
CD―ROMの『古今東西落語家紳士録』に収録されている『応挙の幽霊』を聴いたが、結構なものだった。目立たないが、確かな腕を持っていた。
そういや、昔、東宝名人会で主任をとっていた馬楽を観た。
あれは正月じゃなかったかな。それでも客の入りは薄かった。その少ない客を前に、馬楽はこう言った。
「今日はお土産に珍しい噺をいたしましょう。」
そうして、バレ噺を始めたのだ。これがよかった。馬楽の女性的な感じ、それと老人の枯れた雰囲気が生々しさを消してくれ、からっと笑えるものとなった。
もちろん、内容はきわどい。小咄をいくつか並べたのだが、最後に持ってきたのは特に印象に残った。『落語辞典』で調べたら、『大根船』というタイトルが付いていた。こんな噺だ。
ある男が舟で川を下る大根売りを呼び止めた。「お前の大根は俺のモノより太いか?」大根売りは「当たり前だ。」と答える。「では比べっこをして負けたら全部買ってやる。勝ったらただでもらう。」という賭をすると、果たして、男のモノの方が太かった。大根売りは泣く泣く売り物を取られる。男は意気揚々と家に帰った。事情を聞いた女房が大根売りに同情して金を払おうと思い、川に向かって声を掛けると、大根売りが言った。「いけねえ、今度は舟を取られる。」
うん、いい思い出だ。あの馬楽を聴いておいてよかった。
金原亭馬生の死後、落語協会の副会長となった。いい晩年だったと思う。
川戸貞吉の『五代目柳家小さん芸談』という本に、小さんと川戸による、馬楽についての対談が載っている。これがすこぶる楽しい。お勧めです。
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