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2012年2月20日月曜日

瀧口雅仁『落語の達人』

この人の文章を読むと、その情報量に圧倒される。
落語を聴く機会。落語家との交流。私蔵する資料。どれをとってもだ。
佐藤多佳子の『しゃべれどもしゃべれども』の主人公、今昔亭三つ葉が、人形町の生まれで、幼い頃から寄席に親しんでいたのを、以前、私は特権階級の人だと書いた覚えがあるが、この人にもそれを感じる。
著者は東京中野生まれ。小学生の頃から寄席通いを始めた。羨ましい環境だ。もちろん落語に対する情熱についても敬服に値する。落語が好きな点においては、評論家として当代随一ではないかと思う。
この本で取り上げたのは、五代目柳家つばめ、三代目三遊亭右女助、橘家文蔵の3人の落語家。いずれも落語史上に残る名人といった存在ではない。だが、忘れ去られるには惜しい人たちだ。そこにスポットを当て、記録として残したいというのが著者の願いである。至極真っ当な人選であり、その志も高い。
柳家つばめについては柳家権太楼、三遊亭右女助は桂平治、橘家文蔵は林家正雀という所縁の深い人たちへのインタビューの形式をとっている。それが生の証言となって、3人の落語家の存在を生き生きと甦らせてくれる。
柳家つばめの、立川談志に匹敵する論理性、先進性。(これについては、私は河出文庫から出ている、つばめの2冊の本を読んで瞠目した。)弟子権太楼が語る、人間つばめの生真面目で優しい側面、落語家としての苦悩がいい。芸能人年金をまとめあげたつばめの功績を、私はここで初めて知った。
桂平治が語る三遊亭右女助の項では、1980年代の芸術協会を伝える第1級の資料となっている。私が好きな四代目春風亭柳好との交流も楽しい。芸術協会理事騒動後、右女助、柳好、春風亭華柳の3人が協会を脱退した経緯についても知ることができた。ありがたい。(個人的な話だが、華柳が梅枝を名乗っていた頃の手拭いを、私は落研時代、高座で使っていた。当時前座だった小文治さんが、貰った手拭いを部員にくれたのだ。)
そして、橘家文蔵。地味だったがいい噺家だったな。古今亭志ん朝が信頼を置いていた人だということは知っていた。(志ん朝が、弟子に『穴子でからぬけ』を稽古するために、改めて文蔵に稽古してもらったというエピソードは、よく知られている。)正雀が語る、その人柄が素晴らしい。
巻末に付いている、「落語家名鑑―平成以降の物故者」も充実しているなあ。本当に盛りだくさんの内容だ。
この、知る人ぞ知るといった人選もこの人らしいが、いつかこの人の手による「志ん朝・談志論」も読んでみたい。

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