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2011年6月21日火曜日

上田毅八郎『上田毅八郎の箱絵アート集』


「箱絵」というのは、プラモデルの箱のことである。あの、プラモデルの箱に描いてある細密画の画集なのだ。
私たちがガキの時、プラモデルの花形といえば、旧日本軍の戦艦や戦闘機であった。
私の母の実家が霞ヶ浦のすぐ側で、泊まりに行った時、どういうわけか従兄に戦艦大和のプラモデルを作ってもらった。それを霞ヶ浦に浮かべて遊んでいるうちに、いつの間にか沈んでなくしてしまったことがある。あの箱の颯爽と白波を切って走る戦艦大和の絵は、今も心に焼き付いている。
作者は旧日本海軍の兵士。乗り込んだ船が6回も撃沈されたにもかかわらず、その度ごとに奇跡の生還を果たす。戦争で利き手の右手の自由を失うが、戦後左手で絵を描き始めた。あの精密な絵は、実は利き手で描いたものではないのだ。そのことに、まず驚愕する。
大和、武蔵、榛名、陸奥、長門などの戦艦、妙高、筑摩などの巡洋艦、赤城、加賀などの航空母艦はもちろん駆逐艦、潜水艦から輸送船、病院船に至るまでの艦船の数々、ゼロ戦、紫電、隼などの戦闘機が、ページを捲るたびに目に飛び込んでくる。まさに圧巻だ。しかも、錆や塗装の剥がれなど細部も忠実に描写されているは、海域によっての海の色や天候による波の切れ方、煙のたなびき方なんかも描き分けられているは、もうとんでもない描写力なのだ。
途中に挿入されるコラムがまたいい。作者の職人気質を遺憾なく伝えてくれる。きっぱりとした骨太な言葉が心に迫る。
先日、新聞の記事で、ある戦争体験者が「日本はあの戦争で300万人が死に、全国が焦土と化した。我々はあそこから復興を果たした。今度だって出来ないことはない。」というようなことを言っていたのを読んだが、その通りかもしれない。この世代の凄みを感じるなあ。
利き腕の自由を失い、塗装業の傍ら、戦友の鎮魂のために描いた6000点の中から厳選された傑作選。決して兵器マニアでもない、あの戦争を賛美するものでもない私が圧倒された。大事な本が、またひとつ増えました。

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