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2021年11月19日金曜日

川柳師匠、さようなら

川柳川柳の訃報が届く。亡くなったのは17日。90歳だったという。

大学に入り東京に出て寄席に通うようになると、毎回のように出ていた。演るネタは決まって『ガ―コン』。腹を抱えて笑った。

見るからに破滅型の無頼派だった。酒の上のしくじりは数限りない。師匠圓生のマンションの玄関に酔っ払って大便をしたのはよく知られている。池袋の初席で酔っ払って噺にならなかった高座も見ているし、七代目橘家圓蔵師匠の通夜で、やはり酔っ払って「圓蔵は死んだんだ」と気勢を上げて顰蹙を買っていたのも見ている。マジで酒に溺れて早死にをするんじゃないか、と思った。


川柳の転機は、弟弟子だった春風亭一柳の死かもしれない。この頃のことを、自著の中でこう書いている。

 一緒に修行し、ともに破門された男の死は哀しかった。飲んで狂ってまた、したたかに血を吐いた。そのころはよく血を吐いた。以前から十二指腸をやられていて、バカ飲みが三日ばかり続くと患部が切れる。十日も酒をやめていると一応治る。また乱飲して吐血。また禁酒。この繰り返しだった。

 十年ほど前から、幾分、癖がよくなり、一夜飲むと三日干す。まあこういう稼業で酒席も営業のうちだから、キチンとは守れないが、それなりに努力して吐かなくなった。

 それでわかったのだが、あのころの酒は旨くなかった。毎晩飲むので旨くもなく、感動もなかった。今は酒が旨い。三日禁じて、今夜は飲めると思うと嬉しくて朝も早く目が覚める。その日の高座は楽しい。何だか長生きできそうだ。

(『天下御免の極落語』2004年刊 彩流社)


つくしという弟子もでき、川柳は丸くなった。ファンも増えて、マイナーな存在ではなくなった。

ネタは相変わらず『ガ―コン』が主だったが、そこにメッセージ性が加わった。「勝っていたのは最初の半年。後はずーっと負けっぱなし」という台詞が入ったのは、その頃ではなかったか。戦争の愚かさ、自由の素晴らしさを、川柳は笑いにのせて訴えていたのかもしれない。


私が川柳を最後に寄席で見たのは、2018年10月上席の池袋演芸場。その時の川柳はめろめろだった。口慣れた『ガ―コン』だったが、同じ話を何度も繰り返す、終いには前座が出てきて「師匠、時間です」と言って口座から下ろす、という、まるで伝え聞く三代目柳家小さんの晩年を見るようだった。あのクリアな川柳の頭脳が、老いのためには曇ってしまうのか、と思うとひどく寂しかった。

だから、いつかこの日が来るのを覚悟していた。とはいえ、いざそうなってみると、やはり寂しい。とても寂しい。

でも、見事な芸人人生だった。「死なない無頼派」ってのもカッコいいな。ずいぶん長く楽しませてもらったことを、改めて感謝したい。

川柳川柳師匠のご冥福を祈る。さようなら。ありがとう。


 

4 件のコメント:

moonpapa さんのコメント...

「ガーコン」、…老境から少しずつ衰えを見せ始めていた川柳師匠の高座を寄席で体験させてもらいました。生の芸人さんの生き様とでもいうのでしょうか…。寄席の番組からお名前が見られなくなって、気になってはいたのですが…ご冥福をお祈りいたします。端正な落語ばかりが寄席の魅力じゃねぇぞってことを教えてくれた芸人さんのおひとりだったと思います。 合掌

densuke さんのコメント...

川柳を見て、「寄席は楽しいなあ」と思いました。
「インテリの無頼派」、好きなんですよねえ。
私の青春を彩った落語家が、また一人逝きました。寂しいです。

隆一 さんのコメント...

私は川柳さんを直接聞いた事がないから詳しくは分かりませんが、
動画サイトに残っている数少ない音源を聴く限りでは、
やはりこの人の話し方は圓生さんの弟子だなって思いました。
圓生さんのお弟子さん達は良い意味でも悪い意味でも圓生さんに似てますね。
死んだ一柳さんの音源もニコニコで聴いたことが有りますが、圓生さんにそっくりですし。
圓生さんも、もっと他の人の所で修行させて噺にアレコレ口を出さなければ、
もっと多様性のある噺家さん達が生まれてたかもしれませんね。
川柳さんに関してはある意味これで良いのではと思いましたが、
彼が毎日酒を飲んでたことを考えるとかつての笑点の出演者の小圓遊さんや梅橋さんみたいに、
自分の芸とキャラについて悩んでいたのじゃないかと思い、
少し複雑な気持ちなります。

densuke さんのコメント...

川柳は圓生に惚れていたんだと思います。弟子だけに嫌な所もたくさん見ていたのでしょうが、それでもやはり惚れていた。
そうですか、川柳は圓生に似ていますか。川柳が聞いたら喜ぶのではないでしょうか。
ただ、どこかで彼は吹っ切れたんだと思いますよ。私が聴いていた頃は、『ガ―コン』をずーっと楽しそうに演っていました。
川柳の本は河出文庫になっています。よろしかったら読んでみてください。面白いです。