昨日の日記。
朝、ホットサンド、冷たいコーンスープ。
父が水戸でやる日本酒祭りに行きたいと言うので、駅まで送る。
ついでに石岡の街を散歩する。
昼は次男が作った冷やしスダチうどん。
長男をバイトに送った帰りに本屋に寄って、『落語の凄さ』(橘蓮二)、『切腹考 鷗外先生とわたし』(伊藤比呂美)を買う。
父を迎えに行く。
夕食は担々鍋、肉じゃがで酒。寝しなにカティーサーク。
アントニオ猪木が死んだ。
学生の頃、村松友視の『私、プロレスの味方です』を熱狂して読んだ。当時、プロレスを見ることは、文学行為の一種だった。その象徴がアントニオ猪木だった。
猪木伝説の絶頂はIWGPだったと思う。ハルク・ホーガンに敗れ、彼の緩やかな下り坂が始まったのではないか。私にとってのベスト・バウトはストロング小林戦だったな。あのジャーマン・スープレックス・ホールドには痺れた。
政治家への転身、闘魂注入、「だぁー」・・・、見事に外連(けれん)の人だった。合掌。
今日の日記。
朝、御飯、味噌汁、チキンナゲット、スクランブルエッグ、鮭フレーク。
布団を干す。
コーヒーを淹れて飲みながら、『せきれい』(庄野潤三)、『落語の凄さ』(橘蓮二)、『切腹考 鷗外先生とわたし』(伊藤比呂美)を読む。
昨日から読んでいた『落語の凄さ』、読了。 著者は演芸写真家。春風亭昇太、桂宮治、春風亭一之輔、笑福亭鶴瓶、立川志の輔との対談が収められている。彼らに共通するのは「優しさ」だと橘は言う。登場人物に対して、観客に対して、仲間に対して、彼らは人に対して謙虚で優しい。気持ちのいい読後感。
昼はナポリタンを作る。玉ねぎを入れるのを忘れた。惜しい。
豆が風呂場の網戸を破って外に出たので、回収する。網戸の修理。
Sくんが来て、映画の切符を買わないか、と言うので購入する。『オレの記念日』という映画。布川事件の犯人とされた桜井昌司さんのドキュメント。彼は冤罪が認められ釈放されたが、がんの余命宣告を受けている。当日は桜井さんの舞台挨拶もあるという。
妻と夕方ビール。今日は暑かった。
たらたらと『せきれい』を読む。何気ない、かけがえのない日常。日曜の午後に読む小説として、これに勝るものはない。
夕食は秋刀魚の煮たの、冷奴、卵あんかけ、肉じゃが、茗荷の梅酢漬けで酒。酒は父が昨日買って来た、常陸大宮市根本酒造の「○上純米吟醸」。旨し。
食後にカティーサーク。
2 件のコメント:
なにかこう、噺家さんって続くときは続くなぁという思いで悲しいですが、
楽太郎さんの高座は去年の3月にぎわい座で見たのが最後でした。
猫の皿、あくび指南、寝床の3席。
話を途中で止めたり、嫌味というか能書きが多くてかなり談志掛かってきたなという感じで、ちょっと寂しかったですね。
そういう意味で、やはり寄席の定席って大切なんだなぁと思いました。
ただ、「俺がセコ圓生と呼ばれてもいいから一旦継いできっかけ作ってあげないと。」とか「俺はパイプ役でいいから、いつかみんな協会1つにまとまっていけるように。」という思いと行動は誰も真似できないしとても素晴らしいなぁと思ってます。
圓窓さんは、最近Youtubeも初めて金馬さん同様に色々発信してくれるのかなと思ってた矢先で残念です。
なぜこんなに上手い人がそういうところに出ないのか、呼ばれていないのかというのが疑問でした。
(本人が断ってるのか、単に呼ばれなくなったのか)
日本の話芸で「猫定」を聴いたときに本当に上手いと思いましたし、圓生さんよりも上手いと私は思ってます。
講釈種や地の部分が多い噺が合ってたのかもしれませんね。
densukeさんの仰るとおり、定番の噺を聴いてみたかったです。
船徳でも、親子酒でも、花色木綿、元犬、金明竹、らくだ、なんでもうまく面白く演ってくれたと思うんですけどねぇ。(特に、圓生系統よりも、元の柳枝系統の噺が聴いてみたかったです。)
本当にもったいない、、、。
そういう意味で林家に似ちゃったのかもしれませんね 笑
「丈熱Bar」というYoutubeチャンネルに圓窓さんのロングインタビューがありますが、
やっぱり本来はこういう楽しいおじさんだったんだよと思わせる非常に微笑ましい動画ですよ~。
金馬、圓窓、圓楽とみんな笑点メンバーで、もうこれ以上続かないでくれと願うばかりです。
橘蓮二さんはいつも色々といい本出してくれて落語ファンとしてとても嬉しいです!
コメントありがとうございます。
円楽の晩年の高座の様子、興味深く読ませていただきました。
昨年から、川柳、圓丈、圓窓、円楽と、圓生系の人たちが次々と逝ってしまいました。圓丈の『御乱心』の登場人物はほぼ鬼籍に入ったことになります。
圓窓について、圓丈が「圓窓兄さんは過去20年、寄席のトリを10日間以上取ったことがないでしょう。いつも声が出なくなったとかで、途中で放棄している」と書いていますが、そんなこんなで世間を狭くしていったのではないでしょうか。協会分裂騒動以前は小三治の1枚上だった香盤が、復帰後は馬風の下に下げられていますし、分裂騒動の際は圓楽の下で鬼軍曹のような存在になって一門の直弟子たちの人望を失いと、彼もまたあの騒動で深く傷ついたのでしょう。どこかすねたところがあったような気がします。
ここ10年以上はアマチュア落語の指導に熱心でした。私の今の落語仲間にも彼の指導を受けた人がけっこういます。昨年に収録された指導用のYouTubeを見てみました。正座はきついのか、立ちで喋っているようでしたが、衰えはまったく感じませんでした。
茨城では稲敷市出身の横綱、稲妻雷五郎の一代記を落語に仕立て上げ公演もしたとのことです。
「丈熱Bar」見てみようと思います。
橘蓮二は、写真も文章も好きです。彼のレンズの前では、噺家さんたちも自然に内面をさらけ出してしまう。彼の人柄なんでしょうね。
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