旅行もしばらく行っていないなあ。
PCに残っているデータを発掘して「旅の思ひ出」と洒落込んでみましょうかね。
| 2012年の盛岡。 |
| この年は盛岡大付属が甲子園に行ったようだ。 |
| 2013年、修善寺虹の郷からの富士山。 |
| 湯ヶ島、たつたの朝ごはん。 |
| 湯ヶ島の渓流。 |
| 2014年、塩原温泉、ぬりやの晩ごはん。 |
| 宿の下を流れる箒川。 |
| お昼に食べたつけめん。 |
| 2012年、愛知県瀬戸市。 |
| 同じく。 |
| 水都、岐阜県大垣。 |
| 大垣のお寺。 |
| 2015年、猪苗代湖。 |
| 喜多方ラーメン。 |
| 喜多方の街。 |
旅行もしばらく行っていないなあ。
PCに残っているデータを発掘して「旅の思ひ出」と洒落込んでみましょうかね。
| 2012年の盛岡。 |
| この年は盛岡大付属が甲子園に行ったようだ。 |
| 2013年、修善寺虹の郷からの富士山。 |
| 湯ヶ島、たつたの朝ごはん。 |
| 湯ヶ島の渓流。 |
| 2014年、塩原温泉、ぬりやの晩ごはん。 |
| 宿の下を流れる箒川。 |
| お昼に食べたつけめん。 |
| 2012年、愛知県瀬戸市。 |
| 同じく。 |
| 水都、岐阜県大垣。 |
| 大垣のお寺。 |
| 2015年、猪苗代湖。 |
| 喜多方ラーメン。 |
| 喜多方の街。 |
昨夜は庭でバーベキューをやる。
肉や焼き鳥を焼いて、ビール、赤ワインを飲む。炭で焼く焼き鳥は旨い。
花火をやっておしまい。夏が終わるなあ。
今日は一日、夏季休暇を取る。
朝、こわ飯、味噌汁、目玉焼き、ウィンナーソーセージ。
午前中、行方市へ行って、新採の頃に作った銀行口座の整理をする。
ついでに玉造の街をぶらつく。
朝、パン、ハムステーキ、スクランブルエッグ、紅茶。
昨日、鳥取の落研の先輩、小柳流家元から梨が届く。新甘泉という品種。爽やかな甘み。旨しであります。
早速、お返しに土浦の小松屋さんから佃煮を送らせていただく。
長男と古本屋に寄る。
妻がBSで昔の朝ドラの「あぐり」を観ている。ヒロイン、あぐりの長男のモデルが吉行淳之介。あまり朝ドラ向きのキャラクターではないと思うが、ドラマでは好青年に描かれている。
それに影響され、吉行の本を二冊購入。『湿った空乾いた空』、『鼠小僧次郎吉』。『鼠小僧次郎吉』は高校の頃買った。どこかに行ってしまったので買いなおし。高校生には刺激が強かった。
『落語界・昭和51年2月号』も買う。五代目柳家つばめの追悼記事が2本、掲載されている。つばめの著書『落語の世界』『創作落語論』はお勧めです。
昼はスパゲティミートソース。
昨日、物置から持って来た、村上龍『限りなく透明に近いブルー』、読了。
甥が福生に住んでいるが、そう聞いて、まず思い浮かんだのがこの小説。1970年代半ばの、ドラッグ、セックス、ロックンロールの時代を体現するようなお話。まあ、内容は、ほぼドラッグとセックスだけどね。現在進行形が多用され、地の文と会話文が溶け合う文体の疾走感がすごい。どこにも行けない、行きつく先は死しかない。1970年代ってすごい時代だったんだな。何しろ1975年までベトナム戦争やってたんだ。ここで見られる、米兵の壊れっぷりもむべなるかな、と思わないでもない。
大学受験真っただ中で、ふと本屋で見つけて読んでしまった本だ。これじゃ、ろくな結果にはならないよなあ。
夕食は、春巻、春雨サラダ、枝豆でビール、酒。食後に妻と白ワイン。
秋も近くなって朝顔が盛んに花を咲かせている。
朝、ピザトースト、牛乳。
床屋に行く。田圃も、もうすぐ稲刈りだな。
鉾田のローソンでパンを買い込み、大竹海岸に行く。
ところが、緊急事態宣言のためか、駐車場が閉鎖されている。そこで、鹿島灘海浜公園に移動。こちらは通常営業。けっこう人がいたな。ずーっと家にはいられないよね。
日陰のベンチでお昼を食べる。まい泉のカツサンド、ジューシーハムサンド、カレーパン。旨し。海を眺める。
午後はテレビで高校野球を見る。落研時代の後輩、扇松くんの母校は惜しくも敗れる。長崎商の打線はすごいや。
妻と夕方ビール。
夕食はピーマン肉詰め、モロヘイヤのおひたし、佃煮、炒めものでビール、酒。
食後に酒、白ワイン。
昨日は、松任谷由実の『水の中のAsiaへ』を聴きながら帰る。
1981年発表のミニアルバム。当時のポップミュージックが欧米にしか目を向けていない中で、アジアをテーマにした画期的な作品だ。
冒頭を飾る「スラバヤ通りの妹へ」が圧巻。私にとってユーミンの最高傑作である。
インドネシア、スラバヤ通りで出会った15歳の少女との淡い交流を歌う。
歌詞の中に「痩せた年寄は責めるように私と日本に目を背ける」という一節が出て来て、どきっとする。アジアの国々が、戦争中、我が国がした行いをどのように見ていたか、およそ政治的だったとは思われないユーミンのアンテナにも引っかかって来るほどだったと思うと感慨を新たにする。
今、「あの戦争は、欧米の植民地だったアジアを解放する戦いだったのだ」と声高に叫ぶ人が増えた。「文句を言っているのは中韓だけで、台湾やインドネシアの親日ぶりを見よ」と言う人も多い。しかし、そんなことがまやかしであることを、この歌はさりげなく示している。
あの戦争で、日本は東南アジアで獲得した資源を手放す気はなかった。日本が勝っていれば、欧米諸国に取って代わったに過ぎなかっただろう。アジアが解放されたのは、日本が負けたからだ。
昔、妻とシンガポールに旅行した時、博物館で日本軍が現地の華僑を虐殺した事件の展示を見た。ガイドさんが「日本の皆さんは嫌な気持ちになるかもしれないが、それでも見ておいてください」と言った覚えがある。
よく「戦争で亡くなった英霊のおかげで今の日本がある」ということを耳にする。しかし、本当にそうか、と私は思う。正しくは「あの戦争に負けたおかげで今の日本がある」と言うべきだろう。あの戦争に勝って、大日本帝国のままだったら、今のような日本になっていただろうか。基本的人権が尊重され、75年以上も戦争をせずに済んだ日本になっていただろうか。
祖国を守るために彼らは命を捧げた、と彼らは言う。私の家の跡取りはビルマで、私の母方の祖父はニューギニアで戦死した。「祖国を守るため」と言うのなら、実直な農夫であった彼らが、なぜそんな遠くまで連れ出されて死ななければならなかったのだろう。
「祖国を守るため」と飛行機で体当たりをさせられた若者は死に、命令した者の多くは戦後も生き延びて天寿を全うした。美しい物語に酔ってはいけない。命令する側に回る為政者は、英霊に感謝するのではなく、時の為政者が彼らを英霊にさせてしまったことを深く恥じ悔いなければなるまい。今の政権与党の権力の中枢にいる者に、そんな人がいるようには思えない。
『水の中のAsiaへ』には「大連慕情」という作品もある。
父が大連から母へ宛てた手紙を見つけ、亡き父に思いを馳せる、というストーリー。大連は昭和初期、日本が中国北東部に建てた傀儡国家、満州国の都市である。
松任谷由実の父、荒井末男氏は2006年、93歳で亡くなった。ちなみに歌詞では「あなたが生きていたらそぞろ歩こう」とあって、「父」は死んだことになっている。(本作発表時は末男氏は存命だった)終戦時、彼は32歳。本業は呉服屋のはずだから、大連にいたとすれば、召集されて行ったのだろうか。(Wikipediaでは「作中の父親像は完全な創作」としている)
これもまた、戦争の匂いのする曲だ。
アジアをテーマにした以上は、戦争とも向き合わなければならなかったということなのだろう。1980年発表の『時のないホテル』に収められている「Miss Lonely」も、戦争で恋人を失った老女の話。当時の松任谷由実の志向が感じられ、興味深い。
その後、彼女は「恋愛の教祖」としてメガヒットを飛ばしていくことになるが、ここで見られた社会性はその頃にはもうなくなってしまった。(だからこそ売れた、とも言えるか)
帰り道の涸沼の風景。
ほぼ一週間続いた雨もどうやら上がり、今日は朝から晴れて暑くなった。
井上陽水の『スニーカー・ダンサー』を聴きながら職場へ行く。通勤にかかる時間は45分ほど。昔のLPレコード、ちょうど一枚分だ。
このアルバムは大学の頃よく聴いた。発売されて、もう40年以上になるかな。陽水が大麻所持で捕まってしばらく休んで、活動を再開させた時のシングル「なぜか上海」が収録されている。セールスとしては谷間の時期だな。でも、私はこの時期の陽水が好き。
改めて聴くと、夏向きのアルバムだねえ。レゲエなんかやってるよ。
この頃の陽水はシュールが持ち味。「事件」なんかすげえぞ。国技館の花道を退場する力士の体を触る観客に紛れて、何者かがカミソリで切りつけたというストーリーだ。相撲をネタにした歌なんて、これと、なぎら健壱の「悲惨な戦い」ぐらいしか思い浮かばない。隠れた名曲、「娘がねじれる時」もカッコいいよ。
そして、ラストナンバーは、私が最高傑作と認める「勝者としてのペガサス」。ここで海が見えるのよ。いいねえ。
通勤路の眺めは好き。
| 田圃の中のお稲荷さん。 |
| 野の仏。 |
今年のお盆は、ずーっと雨。肌寒いし、父は夏風邪で調子悪いし、コロナは感染爆発しているし、何だか気が滅入る。
昨日は甥が来て、皆で晩御飯を食べた。
昼飯はとんかつバーガーを家で作る。旨し。