先日、見つけた火の見櫓。小美玉市の旧美野里地区、三箇(さんが)にあった。
この道は何度も通っているのに気づかなかったよ。
ついでに同じ旧美野里地区の鶴田にある火の見櫓。
こちらは以前にも紹介しました。
旧美野里地区は火の見櫓の宝庫ですなあ。
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2019年8月9日金曜日
2019年8月7日水曜日
デグチプロと吉本
ジャニーズ事務所、吉本興業と、立て続けに芸能事務所と芸人・芸能人との関係が取りざたされている。
こういうニュースに接するにつけ、私は出口一雄のことを思い出す。
出口一雄。戦後の民放ラジオ草創期に、演芸部門で辣腕を発揮した名プロデューサーである。当時、昭和の名人、八代目桂文楽・五代目古今亭志ん生・六代目三遊亭圓生・五代目柳家小さんらと専属契約を結び、業界を震撼させた。TBS退社後はデグチプロを立ち上げ、芸人のマネジメントをした。
私は、出口の姪御さんとひょんなことでお知り合いになり、このブログで記事を連載した。
特にデグチプロにおける彼の仕事は、見事に芸人に寄り添うものであった。
出口一雄の姪、Suziさんは、私へのメールでこう言っている。
当時(今から55年くらい前になりますが)、伯父が、
「吉本はデカクテて古いところだけど、いつか何か起きるぞ。俺ン所は俺がやってるチイチャイこんな所で、俺は開けっ広げで10%取ってるだけだけど、芸人を大事にしない所は、いつかいつの時か何か起こる」
そういった伯父の言葉を思い出します。
デグチプロでは、事務所:芸人のギャラの配分は何と1:9だった。確かにジャニーズや吉本のような巨大事務所と、社長の他には従業員が二人しかいないデグチプロと単純な比較はできない。しかし、この、芸人に対するまなざしの違いはいったい何なのだろう。芸人というプレイヤーがいなければ、マネジメントなどは成り立たないはずなのに。
出口一雄には芸人に対するリスペクトがある。
そういえば、三代目三遊亭金馬についての文章の中で、吉本興業が出てくるのがあったな、と思い出す。探してみたら、大西信行の『落語無頼語録』に収められた「忘れられぬ金馬の居酒屋」という文章だった。以下に引用する。
山崎豊子の『花のれん』の吉本興業が、売れっ子の金馬を自分のところの専属にしたくて、金馬がそのころ惚れて通っていた吉原の遊女を、
「どうぞ身請けしてお妾さんになさいまし、費用はいっさい手前どのでナニしますから」
と、言葉たくみにささやきかけて来た。色と金で芸人を縛りつける。これは吉本の常套手段だった。多くの芸人が、この手にはまって吉本の専属になっていた。東京の芸人でも講談の神田伯竜だの柳家金語楼だの・・・。
しかし金馬は、時に傲慢さえ見えたあの意地っ張りのつよい顔で、ふふんとせせら笑って吉本の申し出をあっさりとはねつけて断った。
「金語楼にゃァなりたくねェ―」
と言って。
このエビソードは「惚れた女との甘い生活と吉本興業専属の芸人になることを天秤にかけて断ることの出来た」「金馬の怜悧さ」を示すものだが、吉本のあざとさも同時に示している。
というようなことを思っていたら、今度は吉本興業が「NSCの夏合宿」で、「死亡しても一切責任負いません」という誓約書を提出させていたという報道があった。会社側は「引継ぎがうまくいかず、修正前の規約を渡してしまった」とコメントをしているが、5年前に顧問弁護士の指摘を受け、修正していたというのだが、要はそのような「思想」を吉本は持っていたということだ。
最近吉本のベテランがこぞって、声を上げ始めた若手をたしなめるようなコメントを出しているけれど、それは年寄の奴隷が若者の奴隷を恫喝しているように見えてならない。
吉本が変わろうと変わるまいとどちらでもいいのだが、「そういう思想」を私は断じて受け入れることはできない。
最後にSuziさんがこのように総括してくれた。以下に記す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10%を取るという事は、その芸人さんが人気が出て、一席1万円が10万円になれば?
馬鹿でも分かる計算です。それで何人も伯父の所に集まったんです。
しかし、他の芸能プロは、何もかも面倒を見てくれます。住まいも宣伝も何もかもです。だからプロダクションはその芸人さんには、人気が出るまでには沢山の投資をしています。だから人気が出てギャラが上がった時も、しばらくは(?)最初の契約金でズーーーッと働く(働かされる?)わけです。そうしないと商売が成り立ちません。かけた投資の返却期間で、当然のことです。しかしその期間が問題ですよね。時には飼い殺し、とも思えない期間吸い上げられ、働かされます。だから契約書は必要なのです。一般企業と芸人社会の構成や、構造とは違いますが、700名の社員、6000人芸人さんの会社で、政府から金も出ている大企業(?)が芸人さん(言うなれば大事な社員であり、商品)と契約書を交わしていない、其処へ今回の、《怪我しても、死んでも文句言うな》の一筆あり、が判明。何とまあズサンで人権無視で、奴隷社会のような経営の骨組み実態。これは法に訴えることも出来る文書です。お粗末、そのものです。
しかし、芸人の生活は天国と地獄が現存の社会です。何かあれば、ベンツに乗っていた、ヨットを持っていた生活が、いっぺんにホームレスになるような、そんな社会が芸人社会です。
一般社会の人間からは想像もできない、すさまじい現実がある。芸人を軽い気持ちで目指す若者達には是非知ってもらいたい、と心より願います。そして最近では、裸だったり、ただのギャグだけで人を笑わせる芸人が増えていることも嘆きです。人気取りのためにそういうことをする期間があっても仕方ありませんが、どうか、《芸人》を目指すなら、「芸」を「笑い」の「本質」を学び、自分の物として身につけてほしいと願います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
確かに吉本所属の芸人6000人には驚いた。
ちなみに東京の落語家の数を調べたら次の通りだった。
【落語協会】 真打203 二つ目69 前座29 合計301(HPから)
【落語芸術協会】 真打95 二つ目45 前座27 合計167(HPから)
【圓楽一門会】 真打36 二つ目16 前座6 合計58(ウィキペディアから)
【落語立川流】 真打28 二つ目17 前座13 合計58(ウィキペディアから)
昭和53年当時は以下の通り。
【落語協会】 真打47 二つ目61 前座14 合計122
【落語芸術協会】 真打41 二つ目30 前座11 合計82
【落語三遊協会】 真打6 二つ目5 前座4 合計15
(『別冊落語界 現代落語家集成』より)
41年前に219人だったのが現在は584人。実に2.7倍に増えている。
芸人になる垣根も大分低くなっているのかもしれないなあ。
2019年8月4日日曜日
『締め込み』聴き比べ
この間、古今亭志ん朝の『締め込み』の記事を書いたら、moonpapaさんからコメントが来た。教えてもらった隅田川馬石の『締め込み』をYouTubeで見て、色々面白かったので、改めて記事にしてみる。
志ん朝の『締め込み』は、型としては父、志ん生のものだ。導入部で「間抜け泥」のくだりが入る。おかみさんの名前は「おみつ」。サゲまでは演らず、泥棒が「またちょくちょく伺います」と言ったのを受けて、「冗談言っちゃいけねえ」でサゲている。
志ん生のも聴いてみたが、志ん生は夫婦喧嘩の場面で、馴れ初めについては触れていない。仲裁に入った泥棒が、「俺が出なきゃ、夫婦別れをするところだったじゃねえか。お礼の一つでも言ったらどうだ」と、なかなか図々しいところをみせている。演出としてはドタバタ感が強く、笑いも多い。
志ん朝の方は、型は志ん生だが演出は文楽に近い。夫婦喧嘩の場面では、二人の馴れ初めをたっぷり語り、この二人が惚れ合っていることをしっかりと印象付けている。これがあるから、泥棒が仲裁の後で、亭主をいじる場面が生きてくる。
馬石は、志ん朝の兄、十代目金原亭馬生の弟子、五街道雲助の弟子である。源流をたどれば五代目古今亭志ん生だ。
しかし、馬石の型は、どちらかというと八代目桂文楽の方に近い。「間抜け泥」の場面はカットされ、いきなり泥棒が上がり込む場面から入る。おかみさんの名前は、文楽と同じ「お福」。夫婦喧嘩の場面のクライマックスに、お福さんが二人の馴れ初めを言い立てる所をもってくる。馬石の女は可愛らしい。端正な造りも黒門町だな。
ただ、文楽が志ん生同様、途中で切っているのに対し、馬石はきっちりサゲまで演っている。出処は柳家あたりか。
もう一人、古今亭右朝の『締め込み』を聴いてみる。1988年、右朝が真打に昇進したばかりの頃の音源である。
「いずれ天下を取る」と言われ将来を嘱望されただけあって、上手い。鮮やかな口調、滑らかな調子、それでいて志ん朝臭さを感じない、「右朝の語り口」になっている。53歳の死が本当に惜しまれる。
「間抜け泥」のくだりはないが、おかみさんの名前は古今亭系の「おみつ」。夫婦喧嘩の場面では馴れ初めには触れていない。かわりに、長屋を火事で焼け出され、亭主が人力車夫になって失敗するエピソードが挿入される。
右朝の『締め込み』のもうひとつの聴かせ所は、和解後、泥棒と酒を飲む場面だろう。泥棒の「親方みたいな人にもっと前に知り合っていたら、俺は泥棒になんかなっていなかった」という述懐、「何一つ持ち出されたものがあるわけじゃなし、この泥棒だって人間は悪くねえ」という亭主の台詞もいい。泥棒がただの狂言回しになっていない。きちんと主役級を演じている。サゲまで演る必然性が、ちゃんとある。
ここまで演者によって違うとは思わなかったな。それぞれ自分だけの噺に仕上げている。さすがプロの仕事だ。面白かった。
志ん朝の『締め込み』は、型としては父、志ん生のものだ。導入部で「間抜け泥」のくだりが入る。おかみさんの名前は「おみつ」。サゲまでは演らず、泥棒が「またちょくちょく伺います」と言ったのを受けて、「冗談言っちゃいけねえ」でサゲている。
志ん生のも聴いてみたが、志ん生は夫婦喧嘩の場面で、馴れ初めについては触れていない。仲裁に入った泥棒が、「俺が出なきゃ、夫婦別れをするところだったじゃねえか。お礼の一つでも言ったらどうだ」と、なかなか図々しいところをみせている。演出としてはドタバタ感が強く、笑いも多い。
志ん朝の方は、型は志ん生だが演出は文楽に近い。夫婦喧嘩の場面では、二人の馴れ初めをたっぷり語り、この二人が惚れ合っていることをしっかりと印象付けている。これがあるから、泥棒が仲裁の後で、亭主をいじる場面が生きてくる。
馬石は、志ん朝の兄、十代目金原亭馬生の弟子、五街道雲助の弟子である。源流をたどれば五代目古今亭志ん生だ。
しかし、馬石の型は、どちらかというと八代目桂文楽の方に近い。「間抜け泥」の場面はカットされ、いきなり泥棒が上がり込む場面から入る。おかみさんの名前は、文楽と同じ「お福」。夫婦喧嘩の場面のクライマックスに、お福さんが二人の馴れ初めを言い立てる所をもってくる。馬石の女は可愛らしい。端正な造りも黒門町だな。
ただ、文楽が志ん生同様、途中で切っているのに対し、馬石はきっちりサゲまで演っている。出処は柳家あたりか。
もう一人、古今亭右朝の『締め込み』を聴いてみる。1988年、右朝が真打に昇進したばかりの頃の音源である。
「いずれ天下を取る」と言われ将来を嘱望されただけあって、上手い。鮮やかな口調、滑らかな調子、それでいて志ん朝臭さを感じない、「右朝の語り口」になっている。53歳の死が本当に惜しまれる。
「間抜け泥」のくだりはないが、おかみさんの名前は古今亭系の「おみつ」。夫婦喧嘩の場面では馴れ初めには触れていない。かわりに、長屋を火事で焼け出され、亭主が人力車夫になって失敗するエピソードが挿入される。
右朝の『締め込み』のもうひとつの聴かせ所は、和解後、泥棒と酒を飲む場面だろう。泥棒の「親方みたいな人にもっと前に知り合っていたら、俺は泥棒になんかなっていなかった」という述懐、「何一つ持ち出されたものがあるわけじゃなし、この泥棒だって人間は悪くねえ」という亭主の台詞もいい。泥棒がただの狂言回しになっていない。きちんと主役級を演じている。サゲまで演る必然性が、ちゃんとある。
ここまで演者によって違うとは思わなかったな。それぞれ自分だけの噺に仕上げている。さすがプロの仕事だ。面白かった。
2019年8月3日土曜日
猛暑日
2019年7月28日日曜日
留守番の休日
金曜日の晩は、仕事仲間と石岡で飲む。
ヨット食堂からバードランドという黄金コース。
旨い酒が飲めた。
昨日は台風が接近しつつある、不安定な天気。
妻が仕事、長男が学校で、次男と二人で留守番。
図書館で借りた、中村文則のエッセー集『自由思考』読了。作家が委縮をしてはいけないという覚悟が見て取れる。こういう意見表明には、親衛隊やら突撃隊やらのような輩がわいてきて相当な攻撃を加える、といった空気が蔓延しているけど、そもそもそっちの方がまともじゃないのだということを、はっきりさせておこう。
昼は次男が作ったざるラーメンを食べる。
前山の山百合が満開を迎える。いよいよ夏本番。
昼過ぎ、妻と長男が帰って来る。
妻と次男は午後から妻の実家に行く。お祭りがあって、泊りで見物をするのが恒例になっている。長男は家に籠って勉強をしたいというので、今年は長男と留守番。
夕食は、コロッケ、串カツ、シューマイでビール。ウィスキーを少し飲む。
ビートルズ・アンソロジーのDVD、古今亭志ん朝の『船徳』を観る。
今日は長男と二人で朝食。御飯、味噌汁、昨夜の残りの串カツとシューマイ、納豆。
午前中、雨。長男は勉強。
私はビートルズ・アンソロジーと古今亭志ん朝の『締め込み』を観る。
ビートルズ・アンソロジーは1964年のアメリカ上陸からシェアスタジアムライヴまで。彼らが、ばりばりのライヴバンドだった時代だ。ポールのMC、髪を振り乱しながらドラムを叩くリンゴ、クールにソロをきめるジョージ、薄ら笑いを浮かべながらシャウトするジョン、素晴らしい。1本のマイクに頬を寄せ合って歌うジョンとポールにぐっとくる。
志ん朝はリズムとテンポが乗ったあの口調が魅力だが、それだけじゃない。しっかり人間が描かれているし、フラもある。所作もきれい。あれが天才というものの、ひとつの典型。もちろん努力の裏打ちがあるのは当然だが、努力できるというのもひとつの才能だと言えなくもない。志ん朝の落語を聴くと幸せな気持ちになる。
昼ぐらいは外に出ようと、長男を連れだす。
石岡の森樹でチキンライス。旨し。NHKのテレビ番組、「鶴瓶の家族に乾杯」にも登場したお店です。
食後のアイスコーヒーを飲みながら、テレビの「のど自慢」をまったりと見る。
いい時間を過ごせた。
暑くなった。夕方からは仕事がらみの宴会がある。
ヨット食堂からバードランドという黄金コース。
旨い酒が飲めた。
昨日は台風が接近しつつある、不安定な天気。
妻が仕事、長男が学校で、次男と二人で留守番。
図書館で借りた、中村文則のエッセー集『自由思考』読了。作家が委縮をしてはいけないという覚悟が見て取れる。こういう意見表明には、親衛隊やら突撃隊やらのような輩がわいてきて相当な攻撃を加える、といった空気が蔓延しているけど、そもそもそっちの方がまともじゃないのだということを、はっきりさせておこう。
昼は次男が作ったざるラーメンを食べる。
前山の山百合が満開を迎える。いよいよ夏本番。
昼過ぎ、妻と長男が帰って来る。
妻と次男は午後から妻の実家に行く。お祭りがあって、泊りで見物をするのが恒例になっている。長男は家に籠って勉強をしたいというので、今年は長男と留守番。
夕食は、コロッケ、串カツ、シューマイでビール。ウィスキーを少し飲む。
ビートルズ・アンソロジーのDVD、古今亭志ん朝の『船徳』を観る。
今日は長男と二人で朝食。御飯、味噌汁、昨夜の残りの串カツとシューマイ、納豆。
午前中、雨。長男は勉強。
私はビートルズ・アンソロジーと古今亭志ん朝の『締め込み』を観る。
ビートルズ・アンソロジーは1964年のアメリカ上陸からシェアスタジアムライヴまで。彼らが、ばりばりのライヴバンドだった時代だ。ポールのMC、髪を振り乱しながらドラムを叩くリンゴ、クールにソロをきめるジョージ、薄ら笑いを浮かべながらシャウトするジョン、素晴らしい。1本のマイクに頬を寄せ合って歌うジョンとポールにぐっとくる。
志ん朝はリズムとテンポが乗ったあの口調が魅力だが、それだけじゃない。しっかり人間が描かれているし、フラもある。所作もきれい。あれが天才というものの、ひとつの典型。もちろん努力の裏打ちがあるのは当然だが、努力できるというのもひとつの才能だと言えなくもない。志ん朝の落語を聴くと幸せな気持ちになる。
昼ぐらいは外に出ようと、長男を連れだす。
石岡の森樹でチキンライス。旨し。NHKのテレビ番組、「鶴瓶の家族に乾杯」にも登場したお店です。
| これにアイスコーヒーがついて700円はうれしい。 長男はエビピラフを食べた。 |
食後のアイスコーヒーを飲みながら、テレビの「のど自慢」をまったりと見る。
いい時間を過ごせた。
暑くなった。夕方からは仕事がらみの宴会がある。
2019年7月24日水曜日
小美玉市の火の見櫓 ~火の見櫓24~
小美玉市花野井の火の見櫓。
この前、内原イオンにいく途中見つけた。この辺りは何度も通っているはずなのに、気づかなかったなあ。
てっぺんなんか、なかなか凝った造りで楽しい。
足元には野の仏。
火の見櫓と野の仏のセットは多い。もともと公共性の高い所に火の見櫓は建てられたのでしょうなあ。(近くには必ずといっていいほど、その集落の集会所もあるし)
ついでに以前アップしたことのある小曽納の火の見櫓も撮りに行く。
道を挟んだ向かい側には神社があった。
鹿島・浅間神社らしい。
やはりここにも野の仏があった。
小美玉市の旧美野里地区は、けっこう火の見櫓が残っております。
この前、内原イオンにいく途中見つけた。この辺りは何度も通っているはずなのに、気づかなかったなあ。
てっぺんなんか、なかなか凝った造りで楽しい。
足元には野の仏。
火の見櫓と野の仏のセットは多い。もともと公共性の高い所に火の見櫓は建てられたのでしょうなあ。(近くには必ずといっていいほど、その集落の集会所もあるし)
ついでに以前アップしたことのある小曽納の火の見櫓も撮りに行く。
道を挟んだ向かい側には神社があった。
鹿島・浅間神社らしい。
やはりここにも野の仏があった。
小美玉市の旧美野里地区は、けっこう火の見櫓が残っております。
2019年7月21日日曜日
土日の日記
朝、御飯、味噌汁、ベーコンエッグ、納豆。
朝イチで床屋。散歩がてら歩いて行く。
8時に行って、私が3人目の客。田舎の床屋は朝が早い。
9時過ぎ終了。ぶらぶらしながら帰る。蓮の花が咲き始めたねえ。
昼は焼きそばと、揚げ玉入りのおにぎり。旨し。
午後、小美玉市旧美野里地区の火の見櫓の写真を撮りに行く。
写真は後ほど、「火の見櫓特集」でアップします。
帰り道、石岡の木比提稲荷神社に寄る。大正の頃には笠間稲荷神社をしのぐほどの繁盛ぶりを見せたという。(詳細は2018年5月8日の記事で)
| 石の大鳥居の向こうには、奉納鳥居が続く。 |
| この前に来た時より華やかになったような。 |
| 本殿。 |
| 本殿の前面は火事のため炭化している。 |
| 本殿の左側の透かし彫り。 瓢箪から狐が飛び出している絵柄。 |
| こちらは右側の透かし彫り。 鯉に乗った仙人ですかね。火事で焼けて真っ黒になっております。 |
| 杉苗200本が奉納されている。 |
| こちらは杉苗何と1100本。 どちらも大正年間のもの。木比提稲荷全盛の頃でしょうなあ。 |
| 「おこもり講」の文字が見える。落語『明烏』を連想させますな。 |
2時過ぎには帰る。
おやつを食べて、皆で「世界の果てまでイッテQ」の録画を見る。
妻は夕方から仕事。
夕食はチンジャオロース、シューマイでビール、酒。
風呂に入って、仕事から帰って来た妻と、冷たいビールとアイリッシュウィスキーを飲む。
今日の日記。
朝、御飯、味噌汁、ハムステーキ、めかぶ、チンジャオロース。
散歩がてら投票に行く。
前山の百合がだいぶ咲いてきた。
ミー太郎が庭の木に登っている。縄張りの見張りでもしているのだろうか。
昼はそうめん。旨し。
午後は長男の友だちが遊びに来る。
ごろごろしながら、『水戸天狗党』(田中真理子・松本直子共著、講談社、1977年刊)、図書館で借りてきた中村文則のエッセイ集『自由思考』を読む。
夕方ビール。
夕食は煮込みハンバーグ、じゃがいも、トマトのアボカド和え、マンゴーで白ワイン。
皆で「世界の果てまでイッテQ」の録画を見る。
選挙速報はもはやバラエティーかワイドショー、とても見る気がしない。
大正14年の石岡町(現石岡市)市街地図の一部。いちばん下に、昨日行った木比提稲荷神社が載っている。
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