私には本名の他に、もうひとつ名前がある。
落語を演る時に使う名前だ。今時は「高座名」というらしいが、私が落研にいた頃は「芸名」と呼んでいた。
私が古典落語を覚えて演るようになったのは、中学の時だ。中学卒業の謝恩会の時は「寿限無」を演った。その頃、芸名も考えた。「野良家耕安(のらや・たがやす)」という。まあ自分の出自が農民だということを自覚していたんだろうな。
大学に入って落語研究会に入部すると、芸名をもらえる。
初めての芸名が「楽家伝助(たのしや・でんすけ)」。初めての芸名は、一門の真打がつける。楽家は松風亭門下にあり、当時の真打は二代目松風亭紫雀(しょうふうてい・しじゃく)さんだった。『ビッグコミックオリジナル』で連載中の「釣りバカ日誌」の主人公から取ったという。
落研では、本名か芸名で呼ばれる。私は、ずっと「伝助」と呼ばれ、本名で呼ばれたことがない。それだけ、愛着の深い名前であった。
3年の夏合宿で真打に昇進した。その時に、私は、三代目松風亭風柳(しょうふうてい・ふうりゅう)を襲名した。
初代は、今でも社会人落語家として活躍中の、たちばな家半志楼さん。私が聴いた先輩の中では、この方と、二代目松竹亭金瓶梅(しょうちくてい・きんぺいばい)で、現在の鶯春亭梅朝(おうしゅんてい・ばいちょう)さんが双璧だと思う。
二代目は今も地元長野県で、水道家関ちゃん(すいどうや・せきちゃん)という名前で落語を続けていらっしゃる。
私も今、高座に上がっている。風柳三代、そろって今も落語を演じ続けているということになる。そういう芸名なのだろう。
私は卒業後、しばらく落語から遠ざかっていたが、2019年4月から、鶯春亭梅八(おうしゅんてい・うめはち)さんが主宰する、福の家一門で落語を始めた(梅八さんは、大学の先輩。現役時代は三代目松竹亭金瓶梅だった)。芸名は「福の家伝助」を名乗った。やはり「伝助」に愛着があったのだ。
半年ほど経つと、梅八さんから、「いつまでも伝助じゃないだろ。別の名前を考えろ」と言われた。そして、こうも言われた。
「お前、風柳を使いたいんだろ? でもな、落研の真打名は卒業の時にクラブに返したんだ。真打名は現役のものだよ。後輩がいつでも継げるようにしておかなきゃな」
なるほど、皆さん卒業してから落語を演る時には名前を変えていらっしゃる。そういう事情があったのか。そして、私はその考えに得心した。やっぱりうちの落研はきちんとしている、と誇りに思えた。
以前、小月庵という蕎麦屋で「粋蕎」という蕎麦焼酎を見かけた。私はそれを「すいきょう」と読んだ(正しくは「いっきょう」と読む)。それ以来「すいきょう」という名前はいいな、と思っていた。「粋」の字を使うのは粋ではない。「すい」は自分が酒好きでもあり「酔」の字を当てるのがいいだろう。これに、名人橘家圓喬の「喬」を合わせて「酔喬」。うちの落研にある小酒家の真打名にぴったりじゃないか。
梅八さんから言われて、まず浮かんだのがこの名前であった。
これだけででは、と思い、もうひとつ、「霞風(かふう)」というのを考えた。「風」を使いたかったのと、「荷風」に通じていていいかな、と思ったのである。
稽古の時、梅八さんにこの二つを見せた。梅八さんはためらいなく「酔喬にしろ」とおっしゃった。
こうして私は「福の家酔喬」となったのである。
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