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2008年12月20日土曜日

八代目桂文楽 生い立ち

明治25年(1892年)11月3日、父親の赴任先である青森県五所川原町に生まれる。

本名並河益義。並河家はもともとは常陸宍戸藩松平家の家臣。士族の家柄である。

父・益功、母・いくの次男。七人兄弟の上から5番目。

父の益功は徳川慶喜の御典医小原家から養子にきた。今業平と言われたほどの美男子だった。

母・いくは器量はよくなかったが、明るく人の気をそらさない性格で、芸事にも優れていた。近所で催しがあると、高級幇間のような役で呼ばれたという。一方感情の起伏が激しく、怒るといわゆるキレる状態になったらしい。

こう見ていくと、文楽はこの母の性質を強く受け継いでいると思う。

文楽自身、円満な人柄ではあったが、実はキレやすい性格だった。しかし、彼は自らの欠点を知っており、周囲の者には「あたしを怒らせないでおくれよ」と言っていたという。

東京根岸に帰るのは、3歳の時。

ということは、文楽の言葉の獲得は津軽の地でなされたということだ。

あの江戸前の芸からは意外な感も受ける。

ちなみに同年の生まれでは、芥川龍之介ときんさんぎんさんがいる。(並べて書くとけっこう凄い)

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