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2012年10月15日月曜日

安藤鶴夫『三木助歳時記』

久し振りに『三木助歳時記』を読む。
安藤鶴夫の絶筆。高校の頃、旺文社文庫版を買って読んだ。夢中で読んだな。大学の時、この本は八海君にあげた。今持っているのは河出文庫版。すっきりとした装丁できれいな本である。
三代目桂三木助の一代記。人呼んで「隼の七」。長い間博奕に狂い、不遇を託った落語家。一時踊りの師匠として生計を立てていた頃の女弟子に恋におち、一念発起、生活を立て直して落語に精進し、やがて、文楽・志ん生・圓生・小さんとともに、戦後古典落語の旗手として大成するが、その全盛期に癌に倒れた。鯔背な江戸前の落語家であった。十八番の『芝浜』は、彼の代名詞にもなっている。
今回読んだ感想としては、前半の不遇時代がよかったな。賭場に向かう佃島の場面や、いわゆる土手組の寄席の場面なんかがいい。大正の東京の、いわば場末の雰囲気の臨場感たるや、見事。闇の深さ、空気の匂いまで、まざまざと感じさせる。安藤鶴夫の筆力を、再認識したな。
あと、ストーリーとは関係ないけど、食べ物が出てくる所もいいよ。前述の佃島で、ミルクホールでトーストを食べる場面、ミルクのほんのりとした甘さ、さくっとしたトーストの歯触り。大正の洒落た感じも漂う。惚れ抜いた女弟子、後の仲子夫人に叉焼麺を食べさせる場面、ここで三木助は仲子が食べ終えた後のスープだけを飲むのだが、これがものすごく旨そうなのよ。黒門町の文楽の自宅に招かれて、文楽と鳥鍋をつつく場面なんか、まさに一幅の絵を見るが如きだな。
ただねえ、安藤の分身、こんかめ先生が登場してくると、いささか煩わしい。何かいい役回りを演じたがるんだよな。『巷談本牧亭』でもそうだったけど、いいとこをさらっていく感じ。
それから、素人のこんかめが三木助の落語を見てやって駄目を出すという場面を得々と描くのも、今は違和感を感じる。当時としては、作家先生の方が落語家ふぜいより偉かったんだろうが、6歳年長の三木助がこんかめにやたらへりくだるのもなあ。しかも、書いてるのが当の安藤なんだからね、自分で自分のことを書いているんだもんなあ。もうちょっと控えめでもいいんじゃないかな。
そうは言っても、あの落語黄金時代をびしびしと感じる。人形町末廣があり、文楽が、志ん生が、圓生が、生き生きと描かれる。たまんないよねえ。
安藤の死によって未完に終わったのが、返す返すも惜しい。
最後になっている場面、三木助が、娘茂子の一言に傷ついて、酒に酔って泣く。自らの老いを振り返り、年若い妻、幼い子どもを思う。これが、また、しみじみと切ないんだよねえ。

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