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2015年3月8日日曜日

出口一雄と妻たち③

「二番目は向島の芸者の妹。お豊さんといいました。とっても陰気な人でした。伯父たちの住んでいたのは借家で、練馬だったと思います。
まだ戦後色の強い時代、戦争後の配給食時代だったか、少し回復した頃だったと思います。庭にはお芋を植えていたりしていました。その畑で遊んでいた私はバターンと倒れて、そこがホコホコの乾燥した粉みたいなドロで、顔中ドロのお化粧した、って皆に笑われたのを覚えています。
やがて二人の間に子どもができたんですが、生まれて10時間ぐらいで亡くなってしまいました。二番目の伯母とはほんの短い結婚生活でした。2年から4年くらいじゃないでしょうか(不明確ですが)。」 

「二番目の奥さんと離婚後の頃からでしょうか、女と別れると私たちの家にきて住みました。でも郊外ですので都心への出勤に時間がかかり、旅館住まいになりました。休日に戻り、母の家庭料理をおいしそうに食べる。そんなことしているうちにすぐ女が出来ちゃうんですよ。そうすると出て行って、どこか借家かアパート住まいをする。それが伯父の生活パターンでした。」 

そして、三番目の相手が圓生言う所の「割に若いお内儀さん」である。 

「この人は伯父の23歳年下でした。東宝のニューフェイスだったと思いますよ。伯父が前の女と別れて旅館住まいをしていた時、たまたまその旅館のオーナーの友人だった彼女と知り合ったということです。」 

京須も彼女のことを「たしかに出口さんには若い奥方で、長女と称しても世間を通りそうであった。」と書いている。 

「彼女も女優としての欲はないし、当時伯父はラジオ東京のディレクターとしてばりばりやってましたからね、(しょっちゅう彼女とその旅館のオーナーを公開録音会場に招待したんです。)その仕事ぶりにも惚れたんだと思います。確かに、イヤホーンを付けてラジオ局で『それQ!』などと足の長い色男が芸人さんやミキサー室を指示しているのは、子供心にも、ホー、カッコいいなあ、と思ったものです。同窓生を連れて局に行った時、その友達が『伯父さんカッコいいい!』って言ってましたね。今でも思い出しますよ。」 

彼女の人柄をSuziさんはこう語る。 「きれいで背が高くて、モダンで、今までの伯母さんの中で私たちが一番好きな人です。母も大好きで『開けっぴろげで明るくてきれいで、私大好き!』そう言ってました。そう、無邪気な人でしたね。『アメリカに遊びに来てよ』と私が言っても、決して来ないんですよ。飛行機が大嫌い、おっかなくて乗れないんです。
しかし伯母さんは残念なことに若い時点で子宮筋腫になり子宮摘出となりました。伯父はものすごくがっかりして、父に,『俺は生涯子無しって運なんだな』、と寂しそうに言ったそうです。大きくなって父から聞きました。」

撮影場所は出口家の親戚である善照寺の客間。
前列右端が出口一雄、左端が妻千枝子。
前列中央は親戚の寺の住職安藤厚。
後列安藤専(厚弟,そして一雄の紹介でポリドールに勤務)。
後列向かって右が弟出口利雄(Suziさんの父)。

正月に丸髷を結った千枝子夫人。
弟の利雄(Suziさんの父)が撮影したもの。

以上写真はSuziさん提供。


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