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2020年2月21日金曜日

『力道山物語≪深層海流の男≫』(牛島秀彦・徳間文庫)


力道山という人に興味があった。
もう知らない人も多いのかなあ。日本のプロレス草創期のカリスマ。空手チョップで外人レスラーをばったばったとなぎ倒し、敗戦で沈んだ国民を奮い立たせた。
私が物心ついた頃は力道山既に亡く、ジャイアント馬場とアントニオ猪木の二枚看板の時代だった。それでも、力道山はその上に君臨する伝説のプロレスラーであった。
私の祖母も、川崎の伯母もプロレスファンで、特に祖母などは喘息でぜえぜえしながらも、コタツの足を握りしめて、テレビの日本人レスラーに必死の声援を送っていたものだ。

我が国の国民的英雄だった力道山が、朝鮮の出身だったということを知ったのは、大学を卒業した後だったと思う。
この本を買ったのもこの頃だ。奥付を見ると、1983815日発行、とある。
初めに読んだ時は面白いと思わなかった。「力道山の時代」を辿って行くだけで、肝心の力道山に対する記述は、それほど多くなかったからだ。(力道山より、児玉誉士夫や田岡一雄などのほうが紙幅を割いている印象があった。)
しかし、今回再読してみて、その面白さに唸った。
戦後の混乱期の裏歴史を丹念に綴って行く。これにぐいぐい引き込まれる。
帝国軍人の生き残り、戦犯上がりの政治家、闇屋、ヤクザ等々がGHQに取り入って、利権やら権力やらを手に入れていく過程がすごい。ソ連・中共に対抗し、日本を防共の砦としたいアメリカと、大日本帝国の亡霊たちの利害が一致したのである。彼らはもつれあいながら、お互いがお互いを利用し尽くす。(1960年に予定されていた、猛烈な反対運動が繰り広げる中でのアイゼンハワー来日において、政府は警官による警備体制が手薄だったのを、ヤクザで補強しようとした。この頃既に、権力と反社会的勢力は親和性があったのである。)
結局、戦後民主主義は、そのスタート時点で大きく歪んでいたのであり、むしろ、近代民主主義の根幹をなす個人の確立などという概念は、端から必要とされなかったのである。
力道山もまたそれらの闇社会と結びつき、持ちつ持たれつの関係を築きながら、プロレスのカリスマへとのし上がって行く。
彼は日の丸を背負った英雄でありながら、その出自ゆえのパラドックスを常に抱えていた。彼は栄華を極めながらも孤独だった。大きな試合の時は興奮剤を用い、その後酒場で暴力沙汰を繰り返す。(私がちょっと調べただけでも、力道山の暴力事件を報じた新聞記事の日付は、1954919日、195599日、19571017日、1959125日、同年1229日、1961年年69日。もう異常と言うしかない。)
そして、ついに力道山は1963128日、酒場でのいざこざがもとで暴力団員に腹部を刺され、1週間後の16日に入院先で死ぬ。暴力に明け暮れた力道山は、いわば暴力に飲み込まれた形で死んだ。
ラスト近くの、朝鮮総連国際局、白漢基の言葉が重い。少し長くなるが引用する。
「日本社会のなかに、朝鮮人に対する蔑視思想、即ち日本人は優秀民族で、朝鮮人は劣等民族であるということを徹底的に天皇制教育でたたきこんでおったようですね。これは、その時代の支配階級が政策としてやりましたけれども、三十余年たった今日においては、日本の子供はね、そういうことはほんとうは、よう知らないわけですよね。にもかかわらず、力道山時代を含めて、今日まで、スポーツ、芸能の世界で差別があるわけですが、力道山自身が自分の経歴を偽ったのか、周囲の人間が偽ったのか知りませんがね・・・。往々にして、日本の社会そのものが、そういう扱いをやっておるわけですよ。それで朝鮮人の名前では、一流の選手、芸人にはなり得ないという問題が一つありますね。(中略)日本人の母親といっしょに、差別に泣いた母子の物語、というのは出てきても、その陰にいる朝鮮人の父親の苦悩はぜんぜん現れないんですよね。日本人の対朝鮮人への抜きがたい蔑視といったものを、私なんかは、そういうところに感じるわけですよね」

この本が出た1983年当時より、状況はさらに悪化している。
我が国の、あらゆる階層の人々が(それがほんの一部であるにせよ)、隣国に向かって侮蔑の石礫を投げつけている。建前ではあったろうが、それでも我が国が標榜していたはずの「民主主義」が、今、目の前で、目に見える形で崩壊しようとしている。
力道山が空手チョップで打ち続けていたのは何なのか、酒場で荒れ狂っていたのはなぜなのか、私には分からない。
しかし、あの時代にあった「深層海流」は今も変わらず流れていて、それが不気味に姿を現しつつあるように、私には思えてならない。

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