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2011年2月20日日曜日

何もない週末


次男がインフルエンザになったので、この週末はずっと家にいる。
予防接種が効いていたのか、熱が出たのは初日だけで、後は元気。
昨日はイーグルス、今日はニール・ヤングを聴きながら、本棚の奥から見つけた、村上春樹の『神の子どもたちはみな踊る』を読む。読了。
夕方、買い物がてら石岡に行く。
今は雛祭りの真最中。時間も遅く、天気も悪かったせいか、ひっそりとしている。
30分程、カメラを提げてぶらぶら歩く。
喫茶店四季の斜向かいの駄菓子屋が火事で全焼していた。隣の肉屋も半焼。焼けたばかりなのか、まだ片付けられていなかった。
帰りにカスミでワインと厚切りベーコンのおつまみを買う。
夕食は、カルボナーラ、たらこスパゲティー、ポテトサラダ、厚切りベーコンで赤ワイン。
子どもを寝かしつけて、アイリッシュウイスキーを飲む。

2011年2月17日木曜日

こんなことやってる場合じゃないのだが


ここんとこ忙しくって、まとまった文章は書けないが、ストレス解消にちょっとだけ。
妻が早々と寝てしまったので、久々に文楽のDVDを観る。
「馬のす」と「大仏餅」の2席をいっぺんに演ったもの。昭和45年の映像(彼の死の1年前だ)。
この2席はセットでよく演じられた。どちらも短い噺なので、30分もかからない。
それにしても「馬のす」は枝豆が出てくるくらいだから夏の噺だし、「大仏餅」は雪の夜の噺で季節は真逆だ。多分、時間の関係だけでこの二つをセットにしたのだろう。こうしてみると、文楽も案外ずぼらなところがあったのかもしれない。
「大仏餅」は文楽としては珍しい、くすぐりの全くない噺(あの「心眼」にだって、「仲見世だあ」の場面では笑いがくる)。談志などは酷評しているし、私も正直つまらないと思っていた。
ところが、これがなかなかいいのだ。わずか15分の噺だが、静かな情愛が心にしみる。この噺が、この1年後、文楽を引退に追い込むことになるなど、とても思えない出来だった。
思わずいい気持ちになったので、書き留めておくことにしました。今日はこれまで。

ついでに画像をひとつ。たきの井食堂、外観。ちょっと前の写真。

2011年2月15日火曜日

肉煮込み定食


今日の昼食は、鉾田市、たきの井食堂。
肉煮込み定食。豚肉と玉葱、蒟蒻を甘めに煮ている。生卵が付いて750円。
七味焼き定食のがつんとくるのに対し、こちらはあくまでやさしい味なんだなあ。
一番人気は七味焼きだが、こちらも捨てがたい。
旨かったっす。

2011年2月13日日曜日

デジカメが壊れた


私が持っている唯一のデジカメが壊れた。
この間横浜に行った時、使おうとしたのだが、液晶が点かない。電源を切ってもレンズが引っ込まないのだ。
手に入れて1年と2ヶ月。惜しいことに保証期間はもう過ぎている。
今日、キタムラに行って見てもらったのだが、修理すると1万以上かかるという。
新しいのを買った方が安いとのこと、その際は1000円で下取りしてくれるとのことであった。
店員さんは親切に相談に乗ってくれたが、ちょっとがっかりしたなあ。
しょうがないか、もともと一昨年の忘年会のビンゴで当たったものだったし。
新しいのを買うかどうかは思案中。どうしようかなあ、好みとしては、フィルムの方なんだが、ブログには便利なんだよなあ。
写真は壊れたデジカメ。買い物の途中、ケータイで撮りました。

ブログの更新がしばらくなかったので心配してたけど、大福さん、ぎっくり腰だったんだ。そりゃ大変だった。
私も実は14年前、ひどいのをやりました。やったその日はトイレにも立てない。
尿瓶を買って来てもらって用を足しました。新婚早々、妻には下の世話をさせてしまった。申し訳ない。
大福さん、痛みが引いたら、腹筋背筋とストレッチはやっといた方がいいよ。

2011年2月7日月曜日

横浜へ行った


この前の土曜日、ふと思い立って妻子を連れて横浜に行った。
ナビちゃんの言うがまま、横羽線を通って行く。
羽田から多摩川を渡り、川崎から鶴見へ。左手は鉄錆色の工場地帯。右手には川崎の町並み。
宇崎竜童が歌う「住めば都」「鶴見ハートエイクエブリナイト」がぐるぐると頭の中を駆け巡る。何か心の奥が揺さぶられる風景だ。
ベイブリッジを渡って山下公園駐車場に入る。家から2時間ちょっとのドライブ。駐車場は空いていた。1時間500円で、30分ごとに250円ずつ上がる。高いかなと思ったが、歩いてみるとこれがけっこう良心的な値段だった。
すぐに中華街に向かう。ずいぶんな人出。中華街にはいるとすぐ、天津甘栗の売り子が次々と声を掛けてくる。試食した子どもたちが、どうしても欲しいと言うので、仕方なくいちばん小さいのを買う。1000円。決して安くない。ふと立て看板を見たら、「栗の押し売りにご注意下さい」と書いてあったぞ。
蒸かしたての肉まんを食べる。旨い。
食べ放題の店の客引きがしつこかったが、それを振り切って、保昌という店で昼食。チャーシュー麺、ねぎそば、五目焼きそば、五目チャーハン、それと海老ニラ焼き餃子を頼み、皆で分けて食べる。旨いなあ。中華街の店で外れたことがない。これだけ数があって潰れないで残っているのだから、古そうな店はどこも旨いんだろうな。
長男がどうしても見たいと駄々をこねて、やむなく「よしもと水族館」を見物。色々趣向を凝らしてあり、それなりに楽しめるだろうが、なぜここに水族館という釈然としない気持ちが残る。
お土産に肉まんと月餅を買い、山下公園へぶらぶら歩く。氷川丸を見学。子どもたちはスタンプラリーで大喜びだった。特別船室はさすがによかった。この時代の造りは品があるなあ。こういう部屋で船旅というのもいいよねえ。
そこから車で赤レンガ倉庫に移動。1時間ほどお店を見て回り、アイスを食べて帰る。
少々子どもたちに振り回された感があったが、楽しかったよ。横浜も案外思い立って行けるもんだ。また中華が食べたくなったら出掛けてみようね。

写真は保昌の五目焼きそば。ちょこっと見えるのが、子どもたちが食べているチャーシュー麺

2011年2月6日日曜日

夢之酒 冬の巻


私が愛読している『酒のほそ道』には、「夢之酒」という巻頭カラーのシリーズがある。そこでは四季折々の旨い酒のシチュエーションが妄想されるのだが、今回はそれを真似てみたい。
小唄の『初雪に』の文句が好き。「初雪に ふりこめられて向島 二人が中に置き炬燵 酒のきげんの爪弾きは 好いた同志の差し向かい 嘘が浮世か浮世が実か 誠くらべのむねと胸」というのだが、いいよねえ。
というわけで、季節は冬だ。
隅田川近くの二階の角部屋。ちょいと寝坊をした朝。やけに表は静か。窓を開けてみると、しんしんと降り積もる雪。
これじゃあ遠出はできないなあ。しょうがない、雪見酒といこう。
湯豆腐に燗酒。湯豆腐はごてごて具を入れちゃ駄目だぜ。鍋の底に昆布を一枚敷いて、その上に豆腐を賽の目に切って入れてくんな。たれはぽん酢じゃなくて、鰹節に生醤油。葱を刻んで入れてくれるとありがたい。
顔を洗って置き炬燵に座ると、酒肴が揃う。
すらりと背の高い白磁のお銚子と猪口。土鍋の中では湯豆腐がいい具合に温まっている。小鉢には鮪のぶつの醤油漬け。
燗は少し熱め。はふはふと豆腐を頬張る。鰹節醤油を、昆布のだしが出た湯豆腐のお湯でうすめる。温めると豆腐の味が濃い。口に含んだ純米酒の香りが、鼻腔の奥に立ち上る。鮪は赤身。醤油につけてあるので臭みはない。山葵をのせてぺろっといく。ねっとりとして旨い。
窓の外には東京の下町の雪景色。いつもは煤けたような街が、お化粧をしたように見える。
小一時間ほど飲み食いして、ごろりと横になる。
もうちょっとしたら、言問橋の辺りまで散歩してみようかねえ。

写真は次男の出産で妻が実家に帰っていた時にやった湯豆腐。こちらはけっこう侘びしいものでした。

2011年2月1日火曜日

芸名考 落研編その2

うちの落研では、初めての芸名を「茶話会」という新入生歓迎会でもらう。そこで芸名入りの会員証をもらって、自分の芸名を発表するのである。
芸名は一門の真打ちがつける。よくあるのは、セットでつけられる名前だ。
私の代の松竹亭一門は、悟空、八海、酒合丈(さごじょう)の西遊記トリオ。
私は楽家伝助という名前をもらったが、同じ松風亭一門は、他に赤兵衛、世之助。3つともビッグコミック系の漫画のキャラクターの名前だ。
我々の名前をつけてくれた3コ上の先輩(桂小文治さんの代です)が1年生の時の名前では、麻雀シリーズがあった。三色、ドラ八、ざんQ。時の真打ち(三代目金瓶梅さんの代だ)が、麻雀に興じながら考えたらしい。
私は4年の時、一門の新入生に、ちゃんちきちん、すけてんてん、てんどこどん、という名前をつけようとしたが、同輩の反対に遭い、やむなく、乱頭(らんとう)、牛車(うっしゃー)とつけた。プロレス漫画『1,2の三四郎』の三四郎の雄叫び「ウッシャー」と場外乱闘からとったのだ。
(ちなみにプロでもこの手のやつはあって、三遊亭歌之介の3人の弟子の名前は、ありがとう、ございます、しあわせ、という。)
判じ物みたいなのもあった。1コ下の松時(ショータイム)、小柳さんの前座名、亜留番(アバンチュール)。同輩で春”短(バルタン)というのもいた。でも、これが主流というわけではなかったよ。(現在の落研はこっちがほとんどみたい。)
印象的だったのは、当時のうちの落研は、入部時に短髪にしなきゃいけなかったのだが、後輩に見事に丸刈りにした奴がいて、これは、五里ん(ごりん)とつけられた。
夢三亭は下ネタが多い。2コ上の海太郎(かいたろう)さん、同輩の弥っ太(やった)、後輩では一発なんてのがいたなあ。(それぞれ「ゆめみてかいたろう」、「ゆめみてやった」「ゆめみていっぱつ」です。)
部員同士、芸名で呼ばれる人もいれば、本名で呼ばれる人もいる。先輩では、佐助さん、海太郎さんは芸名で呼ばれていた。(海太郎さんはそのままの名前で真打ちになった。)うちの代は、弥っ太、世之助。私も伝助と呼ばれていた。西遊記トリオは風貌的にはぴったりだったが、案外本名で呼ばれてたなあ。いや、八海だけは芸名で呼ばれてたか。
二つ目になると改名することができる。麻雀シリーズの代の先輩方は、ドラ八→梅吉、ざんQ→梅楽、亜留番→雀志となられた。1コ下の牛丼君は蘭丸に変えたっけ。
読みを変える人もいる。1コ上の先輩、風神さんは「ふうしん」から「ふうじん」に、私がつけた乱頭君は「らんず」にした。
私たちの代は、悟空、八海、酒合丈も世之助、弥っ太、伝助も、女子部員の夕姫、楓も、二つ目での改名はしなかった。(結局、残ったのは、この8人でした。)ということは、皆、自分の名前にそれぞれ愛着があったということだ。いい名前を頂いたんだな、と思います。ありがとうございました。