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2010年3月5日金曜日

長塚節『土』

郷土の名作、長塚節著『土』である。
郷土の名作ではあるが、この歳になるまで読んだことはなかった。実際、若い頃に読んでいたら、最後までたどり着けなかっただろう。
あの夏目漱石ですら激賞しながらも、読みづらいことを認めている。
方言による会話。(ネイティブである私でも、少々つらかった。)かなりの分量の自然描写。(写生派の歌人だった節にとっては省くことの出来ないものだったのだろう。)平板なストーリー。(寒村の農民の話だ。もともとドラマチックな話ではない。)確かに、読んで楽しい話ではない。しかし、100年残った小説なのである。この事実は重い。
舞台は明治の茨城県、鬼怒川のほとり。貧農の勘次一家の物語だ。
勘次の女房、お品は、この小説の冒頭、胎児を自分で掻爬した時の傷が元で破傷風に罹って死ぬ。残された勘次は男手ひとつで、おつぎと与吉の姉弟を育てる。苦労の末、何とか生活が出来るようになった頃、舅の卯吉が同居することになる。勘次と卯吉は折り合いが悪く、卯吉は庭に掘っ立て小屋を建てて別居するが、ある日与吉の火遊びで小屋が炎上、勘次の家はもちろん隣の主人の家も焼いてしまうという悲劇的な結末を迎える。
ここには、藤村や花袋が語る、ラブだのライフだのという小洒落た観念など出てこない。生きることだけで精一杯なのだ。生きるために、お品は胎児を殺し、勘次は盗みを働き年寄りを邪険にする。本能をむきだしにした人間の姿が淡々と描かれる。清く貧しく美しくなんてのは、どこにもない。
そして、この勘次という男が、本当に不器用で他人と上手くやっていくことが出来ないのだ。しかも盗癖があるものだから、周囲から浮きまくっている。娘おつぎを年頃になっても手元から手放さず、おつぎに近づく若い男をむきになって攻撃することから、近親相姦の疑いすらかけられてしまう。
救いは、最後になって勘次が酷い火傷を負った卯吉を哀れに思い、和解をするところだな。重たい曇天に、わずかに薄日が差した程度のものかもしれないが。
作者、長塚節は茨城県西部の豪農の家に生まれた。旧制水戸中学に進学したが、健康を害し中退。正岡子規に師事し歌人として世に出る。『土』を発表後、肺病を病み5年程療養生活を送り37歳で死んだ。明治の時代、旧制中学に進み、中退後は全国を旅行。上京し子規門下となる。となれば、かなりのお坊ちゃんだ。
それでも、『土』を読む限り、節は名もなき貧しい農民に寄り添っている。(そういえば、勘次の主人も勘次に対し、終始同情的だ。)恵まれた者が貧しい者を見下ろす感じが、ここにはない。その辺りが、この小説が今も生命を保っている所以かもしれない。
また、この巻末に載っている夏目漱石の文章がいいのよ。厳しくて優しい。大きい人だな。かなり偏屈な人だったというが、多くの門弟に慕われたのが分かるような気がします。

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