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2018年9月28日金曜日

さようなら、『新潮45』

今日は外回りの仕事に出る。
仕事を終えて、小腹が空いたので、セブンイレブンでパンとコーラを買い、海を見ながら食べようかと思ったのだが、海へ出る道はことごとく工事中で通行止め。防潮堤を作っているらしい。車を停めて、ちょっとだけ海を見てきた。
震災はまだまだ終わっていないのだなあ。

 
 


前回「さようなら、『新潮45』」と書いた。個人的に、のつもりだったのだが、本当に「さようなら」になるとは思わなかった。
色々な意見を読んだけど、雑誌『創』の編集長、篠田博之氏のが、最も腑に落ちたかな。「生き残りを賭けてネトウヨ路線に転換した」という分析は納得のいくものだった。
それにしても、ああいうヘイトスピーチそのものの、振り切ったような言説が売り上げにつながるという現状には、絶望的な気分になる。事実、最終号となった今月号も、バカ売れしているらしい。(メルカリにも売りに出ているそうな。)
ただ、そういう言説に対し、大きな批判の声が上がったことには、世の中は案外まともだったんだなと思った。「(前号の記事に対し)バッシング一色に染まり、それはあたかも戦時中のようだった」みたいなことを、『新潮45』は言っていた(と新聞で読んだ)けど、戦時中の価値観から言えば、LGBTにこそバッシングは向かったんじゃないのか、と思う。
私としては、前回も言ったけど、炎上商法には乗らない。「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた」言説の売り上げになんぞ、加担したくはないのだ。

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